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【遺跡破壊工作】

- いけいけぼくらの護人ーズ -



 絶対に、来るな。
 何が何でも、来るな。
 来たら人生の終わりだと思え。

 と、そりゃもうこの上なくしつこくくどく念を押されて、ついでに子供たちの監視つきで、先生たちは今日も青空学校へ向かった。
 そして念を押した側こと海賊一家は、今日も船の修繕に。
 残る客人こととヤード(とプニムとヴァルゼルド)は、集いの泉にやってきた。
 何のために?
 そりゃあ勿論、先日奇怪な現象を起こした、遺跡の調査に赴くためである。
 すでに通いなれた道を抜けて来てみれば、そこにはすでに、護人たちが勢揃いしていた。
「おや、皆さんもう揃っていますね」
 少し遅れてしまいましたか、と、ヤードがごちる横、
「お待たせしましたー!」
 ぶんぶん、手を振って挨拶したらば、気づいた四人がそれぞれに応えを返してくれた。
 そのなかのひとりを見て、「あ」との目は丸くなる。
「ファリエルさん?」
「……はい」
 いつもの鎧姿ではない、楚々とした少女。狭間の領域の護人が立つ場所にいたのは、ファルゼンではなくてファリエルだった。
 の疑問に答えるように、彼女は小さく首を傾げる。はにかんだ笑みは照れているようでもあり、僅か自省を感じているようでもあり。
「もう、私のこと、ばれちゃいましたから……鎧姿で居続けるのも、逆に悪いかなって……」
「……義妹にそんなことさせたとあっては、あの人に叱られるわ」
 ファリエルのことばにつづけて、アルディラが云った。
 そのあたりの内情には蚊帳の外であったはずのヤッファとキュウマも頷いている。――と、考えてみれば、彼らはハイネルを通じて最低限、顔見知りレベルではあったはずだ。
 ハイネルの妹、恋人、親友、もうひとりの親友の部下。
 ……その糸で四人は繋がっていたのだ。
「ま、たしかに仰天したな」
「ええ……まさかあのような姿で、ずっと目の前にいらっしゃったとは」
 そんな心境を明かす男性ふたりに、ファリエルは、「もう云わないでくださいよ……」と、頬を染めて抗議。
 一応嘘をついていた形だったはずなのだが、すでに彼らの間では決着がついているらしい。そうでなければ、こんな和気藹々した雰囲気など望めまい。
 となれば、一々突っつきなおして薮蛇になるのも無粋な話。
 うん、集いの泉に護人四人。
 最初に見たときの光景とは、若干、姿や雰囲気が違うけれど、こちらのほうがずっといい。
 と、軽く息をついていると、アルディラがを手招いた。
「はい?」
「ヴァルゼルドの調子はどう? 出来る限りのメンテナンスをしたはずだけど……長距離の移動は、初めてだったでしょう?」
「は! 調子は良好、島を五十周ほど余裕であります!」
 そんな会話が聞こえたか、泉の中央にある浮島への通路を踏み抜くまい、と、縁に佇んだままだったヴァルゼルドが、が何か云うより先に元気な返事をかましてくれた。
 今日はヴァルゼルドを土台にトーテムポールしていたプニムが、その弾みでぽーんとはねて、また着地。うむ、愉快。
「ああ、あれか。噂の……」
 全然機械らしくねえな、と、至極当然の意見をのたまったヤッファが、手でひさしをつくってそう云った。
 うん。実に同感。
「では、そろそろ参りましょうか」
 しみじみと頷こうとしたの肩を、ぽん、と叩いてキュウマが云った。
 ……お。と、、思わずキュウマを見上げる。
 こんな気安げな仕草、今までだったら果たして、してくれていたかどうか。そう思ったからだ。
 などというこちらの思惑を知らぬ鬼忍は、軽く首をかたげただけだったが。



 そうして、林を歩くことしばらく。
 さしたる障害にも出遭わずに、一行は喚起の門へと辿り着いた。
「ほほお、これが噂の……」
 先刻のヤッファの台詞を思い出させるようなつぶやきを、ヴァルゼルドが零す。
「ぷ」
 すっかり仲良しになったプニムが、それに頷いてみせた。
 相変わらずの異様を醸しだし、喚起の門は、青空をバックに佇んでいる。それは先日訪れたときそのままの姿であり、あの赤い光の名残さえ、今は無い。
 が、それで内部に変化が無い、という結論が出るわけでもない。というか出ちゃ困る。
「……扉は、開いていますね」
 まだもう少し歩いた先にある入口をすがめ見て、ヤードがつぶやいた。
 彼の云うとおり、最初に訪れた折には魔剣を用いて開けなければならなかった扉は、今、ぽっかりと口を開けている。数メートルほどの部分なら日の光で壁の文様もまだ見えるが、その先になると、すでに暗闇。
 今さらだが、訪れる者を飲み込もうと待ち構えているように見えなくもない。
「あの日は、もう閉じる方法もありませんでしたしね」
 そう。
 あの封印ののち、剣を内部に置いてきたのだから、当然、扉を閉じる方法など一行は持ち合わせていなかった。無用心にも開け放しのまま戻る形になったのは、当然、帝国軍には秘密だぞ。
 ……まあ、それ以前に、ここはラトリクスによる監視が強化されたから、不審者が近づこうものならすぐ判る……らしい。
 こないだ赤い柱が出たときに、それが出来ていれば。
 そう思わなくもないが、さすがに無理があろうってものだ。何しろ封印直後、殆ど間をおかずに帝国軍とドンパチやってたんだから。
「亡霊も、今は大人しいみたいです」
 周囲を見渡していたファリエルが、そう云って一行を促した。
 遺跡見物、というわけでもないのだが、立ち止まっていた足が、それで再び動き出す。
 一行は順調に入口へと進み、一歩足を踏み入れる。
「――」
 感じる威圧、威容は変わらない。
 ただ、どことなく感じる空虚な感覚は、初めてのものだった。
「なんか、調子が狂うな?」
 同じものを感じてるんだろう、ヤッファが首を傾げている。
「そう、ですね……」
「何かが足りない、そんな感じだわ」
 キュウマが応じ、アルディラが通路を見渡した。
さんたちは何か感じますか?」
 ファリエルの問いに、とヤードは顔を見合わせる。
「……なんか拍子抜けはしますね」
「ええ。この間は、もっと空気が重かった気がします」
「ぷいっぷー」
 と、そこまで返答があった後、
「ここに立ち入られたのは、皆様方が最後でありましたか?」
 黙ってついてきていたヴァルゼルドが、目の光を不規則に点滅させながら問うた。
「え?」
 唐突なそれに、全員が顔を見合わせ、それからヴァルゼルドへ視線が集まる。
「何かいるの?」
「いえ、今、この一帯に存在するのは我々だけであります。それは確かであります」
 緊迫さえ孕んだアルディラの問いに、ヴァルゼルドは心なし慌てた様子で補足した。
 真っ先に肩の力を抜いたヤッファが、後ろ頭に手のひらを押し当てる。
「脅かすなよ。じゃあ、なんだって急にそんなこと云い出したんだ?」
「詳しい説明は省きますが、本機のサーチによりますと、何者かが単独で侵入した痕跡が残っているのであります」
「……それはいつごろです!?」
 思わず身を固くした一行のなか、キュウマが早口に問いかけた。
「二、三日前であろうと思われます。ですが、その……皆さんが入り込まれた痕跡と、あまり時間差がないように見えまして……故にですな、皆さんのうちの誰かが遅れて出られたのであれば、それも単独の痕跡になるとかそういうレベルの相違なのであります」
「えっと……つまり、勘違いの可能性もあるかもしれないってこと?」
「かいつまめば、そうなります」
「……でも、何者かが何かをしたからこそ、あの柱が出たわけだし……」
 そう考えると、ヴァルゼルドのサーチが間違ってるとは云えないわ。つぶやいて、アルディラが傍の壁を手のひらでなでた。
 つられて同じ動作をしたの手に、ひんやりとした感触が伝わる。
 ただ冷たいだけじゃない、それは、触れる者を拒んでいるかのような感じを与えていた。
 その感覚に押されるようにして、手を離す。
 次第に戻っていく体温に、ほっと息をついたを、歩き出していたヤッファが振り返って呼んだ。
「何してんだ、早く来い」
「はーい!」
 嫌な感じをかき消すように、一際大きな声で応じて、は彼らの後を追い――そうして歩くこと、またしばらく。
 程なくして辿り着いたのは、遺跡の中枢。
 ヤード云うところの“誓約者にさえ匹敵する魔力を生み出す”装置が設置された大きな広間である。

 ……そこもまた、しん、と静まり返っていた。

 今の状態だけを見れば、先日起こった大騒動が夢だといわれても、信じてしまうかもしれない。だが、そうでないことは、この場にいる全員が知っている。
 中央に鎮座ます遺跡を遠巻きに眺める一行の目は、とても友好的とは云えなかった。
 何しろ、あれがすべての原因。
 レックスとアティを取り込もうとし、ヤッファとアルディラを支配下に置こうとし――キュウマを惑わしたという、遺跡の意志。その象徴。
「特に変わった様子はないですね」
 ファリエルの云うとおり、室内も、これまでの場所と同じように、先日訪れたときのままだった。
 多少焦げたり抉れたりしているが、それは理由がはっきりしているため、不問。
 少なくとも、あの日遺跡を後にする直前に見た光景と、何ら変わってはいない――外から見る分だけには。
「さて、どうする?」
 舞い下りた沈黙を打ち破るように、ヤッファが云った。軽く腕組みをし、尻尾を一度だけ上下させて。
「アレに触れるのだけは、避けたいところです」
「そうね。狸寝入りなのだとしたら、ファリエルもだけれど、私たちでさえどうなるか判らないもの」
 ファリエルが断固として告げ、アルディラも、それに同意する。
「では、やはり……」
「やはり?」
 つと背中の刀に手をかけてつぶやくキュウマに不穏なものを感じ、はちょっぴり後ずさった。
「貴方たちが来る前にね、一応話し合ってはいたのよ」
 怖がる必要などないのだと微笑みながら、アルディラがを宥めた。でも、その説明だけじゃちょっとことば不足。
 そう思ったのが伝わったわけでもないのだろうが、ファリエルが勇ましく握りこぶしを作って付け加えた。
「要するにですね、稼動しそうな場所をボコボコにしちゃえば、狸寝入りだろうがなんだろうが機能できなくなるんじゃないかってことです」
 ……仕草どころか、仰ることまで勇ましい。
「つまり……叩き潰そうということですか」
「そういうことです」
 淡々と問いかけるヤードに、やはり淡々と応じるキュウマ。
 そんななか、はちょっぴり困っていた。
 いや、だってさ。
 帰るための大量の魔力。やっと、都合つける方法が――つまりこの遺跡が――見つかったっていうのにさ。
 そのうち、どうにか穏やかな方法で掠め取れないかなー、なんて思ってたりするのにさ。
 封印ならまだしも、壊したりなんかしたら……その魔力、霧散しちゃって水の泡になるんじゃなかろうか。ていうかなるだろう。
「……む」
 でも、
「よし。壊しましょう!」
 禍根は断てるときに断て。以前の騒動で、それはよーく学ばされたことでもあるし。
 うん、諦めなければそのうち方法も見つかるさ!
 ――そんな気持ちで振り上げたの拳は、他の誰より勢いがあった。
 そうして、「ははあ」と、成り行きを見守っていたヴァルゼルドも納得した声をあげる。
「それで、本機を連れてこられたのでありますな?」
「そういうことよ。貴方の初仕事になるわね?」
 悪戯っぽく笑うアルディラの云うとおり、ヴァルゼルドを海賊船のみんなに顔見せした後、泉での待ち合わせにも連れてきてくれと要請したのは彼女自身。
 なるほど、そのときから装置破壊がすでに頭にあったわけですか。
「その武器なんかも……せっかく調整したのだから、いい結果を見たいわ」
 クスクス笑うアルディラを見て、その他全員一斉に後ずさった。
 ちょっぴり――ほんのちょっぴり、マッドサイエンティスト風味の笑みだったからだ。怖。
 ところが、とうの本人とヴァルゼルドはそれに気づかない。
 がしょ、と、重たげな音をたてて、ヴァルゼルドは装備していた大型のライフルを手にとった。
 の首など軽くねじ切れそうなごつい指で、細かい作業を何事か。合間に響く硬質な音は、作業の進行を示しているのだろうか。
 音が途切れたと同時、ヴァルゼルドは大きく頷いた。
「セッティング完了であります。いつでもかかれるであります」
「そう。――では、みんな。準備はいいかしら?」
 どうしてだろう。
 アルディラさんの笑みはあんなに爽やかなのに、どうして、こんなに背筋が寒くなっちゃうんだろう。
 と思ったのは、ちらりと横目で互いを見た、とヤードだけだったらしい。
 ……というか。
 他の全員、アルディラさんと似たり寄ったりな目つきで各々の獲物を取り出してるんだから、思ったりするはずないってことなんですね……!
「じゃあ……あたし、見届役で。」
「私も、同じく。」
「ぷいぷー?」
 耳をぐるんぐるん振り回していたプニムが、しれっと部屋の隅に退がるふたりを見て、不思議そうに首を傾げた。
「だって、あたしの剣じゃ傷つけられそうにないし」
 今剣帯におさめられているのは、ごく普通の短剣だ。あの白い剣は、相変わらずイスラに持っていかれたまま。
「ここは皆さんにお任せします」
 その気になれば強力召喚術でもぶっ放せるだろうヤードも、に追随するようにそう云った。彼の場合は獲物がないというよりは、単に、護人の皆に遠慮してるだけなんだろう。
 何しろ、すべての因縁が繋がるこの遺跡。
 壊すなら、やはり彼ら以外の誰にさせるわけにもいかなかろうし。
「じゃあ、そこで見ていてくださいね。がんばります!」
 いつの間にか鎧姿にチェンジしていたファリエルが、肩のところで拳を握ってそう云った。相変わらずシュールな光景だ。

 ――それから、一刻ほどの間。
 遺跡の奥から響く爆音に、通りかかった鳥や獣が怯えていたのは、誰の知るところではない。


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