「きゃああぁぁぁっ!?」
「げげっ!」
「いやーっ!!」
「おぉーっ!?」
「おー!」
悲鳴、絶叫、驚愕、歓喜。
実に色とりどりの声が上がるが、多数を占めたのは悲鳴系。
それを発した大勢が一気に後ずさったものだから、足元の砂がもうもう巻き上げられて、オウキーニは慌てて鍋に蓋をした。
「ちょ、ちょっと! 食べられなくなるやないですか!」
そんな抗議の声も、退いた一行は聞いちゃいない。
「た、食べるんですか!? 今の!?」
「う……動いてたけどッ!?」
悲鳴じみた問いかけに、オウキーニはちょっとだけ気の抜けた顔をする。
「そりゃまあ……そういう料理なんですから、当然ですやん」
「か細いですが、生命反応がありますな」
覗き込むヴァルゼルドを見上げ、「お」と、オウキーニ、破顔。
「なかったら活け造りやあらしまへん。機械のニイさんもおひとつ……は、無理でっか」
「申し訳ないであります、本機のエネルギー源は太陽光であり、それ以外の摂取は構造上不可能なのであります」
「へえ、活け造りねえ」
砂煙がおさまったのを見てとって、カイルが横から手を伸ばした。金属の擦れる小さな音をたてて、再び、鍋のなかの物体が衆目にさらされる。
『……ッ!!!!』
遥かに距離をおいてこちらを見つめていた一行が、見えるわけもなかろうに、揃いも揃って息を飲んだ。
それをちらりと見て、カイルがため息ひとつ。
「あのなあ、何もこいつにとって食われるわけじゃねえだろうが」
「だ、だって! 動いてますよ!?」
「そりゃ、とれたて新鮮タコを使ったタコ刺しでっから」
「タコ刺し……ってことは、お刺身?」
「そうそう。はんはイケる口でっか?」
「ぴくぴくしてるんだけど!!」
「ですから、それが活け造りですって……」
カイルやの発言をかき消しかねない勢いで吹き荒れるブーイングに、オウキーニは、がっくりと肩を落とす。
「はあ……今回も駄目でっか。自信あったんやけどなあ」
しょうがありまへん、カイルのニイさん、どうぞ。
「おう、サンキュ」
「う……受け取ってるし……!」
砂の向こうから聞こえる呻きを訊かなかったことにして、カイルは鍋の蓋を閉め――る前に、親指と人差し指を器用に空けて、タコ刺しをひとつ、つまみあげた。
薄切りにされた、淡い桃色の肉が、陽光に照らされて僅か輝いているようだ。……ぴくぴくと。
そして。つまみあげたからには当然、タコ刺しの行方は決まっている。
「いただきます、と」
「た、食べ……っ!?」
避難者たちの声はさておき、口に放り込んだそれを、カイルは数度咀嚼。その間も満足そうに小さく頷いていたが、飲み込んだ後、最後に大きく首を上下させた。
「――うん、うまい。塩加減の中に微妙な甘味があって、またイケる」
「タコ本来の味や。素材の風味をうまいとこ生かすのが、シルターンの料理なんですわ」
「あたしもあたしもー」
自らに差し出されるより先に、もタコをつまんで口へ。
「あわわわわ……!」
どこかで悲鳴が聞こえるが、彼女もやっぱりそれを無視。
「んー、やわらかいけどしゃっきり。軽く湯通ししてますね?」
「おおっ、よく判らはりましたな、そのとおりでっせ!」
微妙な点を判ってもらえたのが嬉しいのだろう、喜ぶオウキーニの横から、ソノラが手を伸ばした。
兄が美味しそうに食べてるのを見て、興味がわいたらしい。そういえば彼女、こないだのタコ騒動にはいなかったな。
「――――ああ、うん。これおいしいよ。でも、あたしはやっぱ海老が一番かも」
「……そんなにおいしいんですの?」
「ビ」
「ベルフラウ……っ!?」
いつの間に、避難組から抜けてきたのか。
赤い帽子をふかふかさせて、ベルフラウがオウキーニの手元を覗き込んでいた。兄弟たちの悲鳴などどっちらけ。
「おひとつどないでっか? 味は保証しまっせ」
「ええ。いただきますわ」
笑顔で手渡されるタコふたつを、ベルフラウは両手で受け取った。ひとつをオニビに渡し、特に気後れする様子もなく、口に持っていく。
反応は、ま、云うまでもなかろう。彼女は「あら」とつぶやいて、満足そうに微笑んだ。
そんな極一部ではあるけれど、好意的な感想を得たオウキーニ、いまだ遠巻きにこちらを眺める残りの人間へと向き直る。
「どないです? これで味の保証もついたとちがいますか?」
「そ、それは……」
口ごもり気味の応答に、駄目押しとばかりに付け加え。
「それに、これ、高級料理のひとつなんでっせ。この味・色合いを引き出すには、相当修練積まなあきませんのや」
「……そ、それは認めるけど、俺たちが云ってるのって、それ以前の問題なんだよ……」
「そうですよ、見た目が問題って云ったことがちっとも解決されてないですし……」
「そうでっか? ぴくぴく動くのが新鮮な証拠で、食欲そそると思うたんですけどなあ」
実に意外な回答をもらった、とばかり、怪訝な顔で鍋を覗き込むオウキーニを見て、レックスとアティの肩が落ちる。
周囲にいた一同には、「ズレてる……」「食べ物に関する感覚が、全然違います……」とかいうつぶやきともぼやきともとれぬ小さな声が聞こえたとかなんとか。
そんな姉弟を苦笑して見ていたヤードが(彼も逃走組ではあったのだが)、とりなすようにこう云った。
「とにかく、それを食べるという習慣自体が一般的ではないんですよ。そこから考えていかないと、先入観を消すのは難しいでしょうね」
「…………負けまへんで」
「は?」
今度は、オウキーニの周囲にいた人間だけ、それを聞き取ることが出来た。
ヤードの台詞の途中から、徐々に徐々に俯いていたオウキーニ。その彼がこぼした小さな声は、やけに気合いが入っていた。
それを証明するかのように、ぐ、と、その拳が握られ――
「負けまへんでぇッ! こ――なったら、もはや意地や!!」
ぐわぁっ、と勢いよく反り返ったオウキーニを覗き込んでいたカイルたちは、慌てて身を躱し、顎殴打の危機を切り抜けた。
そんなこと知らぬげに、オウキーニは絶叫。
「そうや、意地や! 一料理人としての誇りにかけて……ッ、そう! 誰もが喜んで食べる究極のタコ料理を作ってみせますわ!!」
虐げられ続けてきたタコたちのために!!
砂浜に響き渡る決意の叫びに、乾いた笑いを零す者、期待の眼差しを向ける者……各々の反応のなか、ひとり、が首を傾げていた。
「タコ料理……たこ、タコ、蛸の先入観ねえ……?」
そういうの打ち消して美味しいのって、なんか、どっかにあったような気がするんだけどなあ――
喉につかえた魚の骨めいた、思考のひっかかり。
それを解決すべく、周囲の騒ぎもなんのその、腕を組んで考えてはみるのだが、脳裏に浮かぶのは、何故か、いつかファナンで見た花火ばかり。
「やりまっせえぇぇぇぇ〜〜〜〜!!」
オウキーニの雄叫びと、飛び散る火の粉に阻まれて、結局答えは出なかったのであった。