「はーい、注目注目ー! 今日からみんなの仲間になる、機械兵士のヴァルゼルドくんだよ、仲良くしてあげてねー?」
…………
『でかッ!!』
「ナイスツッコミであります、みなさん!」
砂浜にたむろっていた海賊一家とその客人一行、しばしの間をおいて一斉に叫んだ。
やってきた青い機械兵士は、がしゃこん、と腕を持ち上げると、親指を立てて爽やかに応じた。
――それが、ファーストコンタクトであった。
ああ、このことか、と、何人かは思った。
それは昨日の話。たしか、昼を少しまわった頃だった。
風雷の郷に向かったはずのが、ラトリクスに行ってたスカーレル、レックス、ヤードと共に帰ってきたとき、すっごく嬉しそうにしてたのだ。
何があったの、と訊いても、明日になったら判る、の一点張り。
スバルとミスミの件を見届けて帰ってきたアティだけは、レックスから事の次第をある程度聞いてたらしい。
やってきたヴァルゼルドを見て、
「ああ!」
と、手を打ち合わせてた。
そうそう、そのスバル。元服の儀とやらで、見事ミスミに力を示すことが出来、このたびめでたく戦いに出ることを許された。……とはいっても、こちらから仕掛けることは皆無に等しいので、いまのとこ実戦の機会には恵まれてないのが本当だろうが。
閑話休題。
今朝も今朝で、朝食を終えると同時にすたこらさっさとラトリクスへお出かけしていく背中を、彼らは見送ったのである。
「うん、微調整と点検も必要だから、昨日は一応ラトリクスで面倒みてもらったんだよね」
「そうなんですか」
「おお! いつぞの教官殿と船長殿ではありませんか。その節はお世話になりまして」
にこにことした笑顔を浮かべてヴァルゼルドを眺めていたアティは、がしゃん、と効果音つきの彼のお辞儀に、慌てて己も頭を下げた。
「あ、いいえ、こちらこそ。えーと、云い方が変ですけど、元気になって何よりです」
「あんときは、電力切れとかでぴーぴーだったのになあ」
もののついでとばかりに塗装しなおされ、ぴかぴかのボディを撫でつつカイル。
「すっげえ……本物の機械兵士だ」
なんだかこういうものに憧れがあったらしく、目を輝かせているのはナップだ。
ウィルも、やはり男の子だということなのか、努めて普通にしようとしてるけど、視線はちらちらヴァルゼルドへ。
残るふたり、ベルフラウとアリーゼはというと、ちょっと離れたところからおそるおそる見上げているだけ。そりゃ、こんなのが突然出たら驚くわな。
その長兄であるナップ、目を輝かせたままを振り返って云った。
「なあなあ、登っていい? いい?」
「ピ! プピーピピっ!」
はしゃぎまくるナップの隣で、アールも鳴いた。ヤキモチを焼いているわけではない、むしろ正反対。大喜びでヴァルゼルドの周りを飛び回っている。
ヴァルゼルドもまた、なんだか嬉しそうにアールを肩に持っていったりしてるし。
「こんなところにも同胞がいるとは……くう、生きててよかったであります」
「……昨日、率先して消えようとしてたのは、誰だったかしらねえ」
あまりの豹変っぷりがおかしいのか、スカーレルがくすくすと笑った。 その彼の横を突っ切って、ナップはとっととヴァルゼルド登りを開始している。
木登りと同じ要領で、器用にとっかかりを探してつかみ、足をかけ、あっという間に登りきってしまった。
「うわー! 高い高い!!」
もし足場が安定してたら、万歳ついでに飛び上がりそうだ。さすがに、そこまで我を忘れてはなさそうだけど。
そんな楽しそうな様子を見て、
「……僕も」
「ミャっ」
ローブめいた動きづらい服装など、なんのその。
照れ隠しのためか、いつになく固い仏頂面になって、ウィルもまた、わりとさっさとヴァルゼルドに登っていった。当然、テコもそのあとについていく。
「……」
「……」
そんな兄弟の行動を、ベルフラウとアリーゼは眺めてただけ。
でも、ちょっと羨ましいって思ってるの、傍で見ててもよく判る。
なので、レックスがヴァルゼルドを突っついた。
「ヴァルゼルド」
「はい?」
肩の上のふたりを落っことさないよう、用心しながらヴァルゼルドが振り返る。
「あの子たちも、乗せてやってくれないか?」
「え!?」
「わ、私は別に……!」
彼女たちからしてみれば唐突な提案に、ふたりはあわてたようにそう云った。
が、足が後ずさる様子はないし、何より、一時の驚きなど、過ぎてしまえばなんとやら。
「どうされるでありますか?」
と、穏やかに問いかける機械兵士を見上げ、姉妹は顔を見合わせる。
「……まあ、何事も経験ですわね」
「お……落ちないなら、乗ってみたいです……」
実にそれぞれの性格がよく出た発言の後、機械兵士の腕が、ゆっくりと彼女らを兄弟のもとへと運んだ。
急に手狭になった感のあるヴァルゼルドの上は、それでも、子供たち全員が乗るに支障はない。左右の肩にふたり、頭の上に寝るようにしてひとり、ちょっと危なっかしいと思ったのか、アリーゼだけは腕に抱かれるようにして、なるたけ高い位置におかれている。
そんな微笑ましい光景を横に、つとヤードが首を傾げた。
「……しかし、この船に、彼が寝泊りできる場所がありましたっけ?」
夜。船の外、風に吹かれて佇むヴァルゼルド――、と、そんな光景を想像したかどうかはわからないが、が「あはは」と笑い出す。
「それは無理ですよ。ヴァルゼルドの重さじゃ、床ブチ抜きますって」
「やめてー、せっかく直してる途中なのに〜」
最近とんとご無沙汰だった、船の修理。
そろそろ再開すべきではないかという声が出ていることを証明するように、工具を抱えたソノラが悲鳴をあげた。
「だから、船には乗せられないってば。ヴァルゼルドは、ラトリクスで暮らすの」
あそこなら、何かあってもすぐメンテナンスしてもらえるし、何より彼の故郷であるロレイラルに属する場所だ。慣れ親しんだ場所の方が、住むにも何かと気楽なはず。
アルディラもクノンも、それには賛成してくれているそうな。
そう。意外だったのがクノンだとか。
機械兵士なんて、と、反対するかと思ったけれど、アルディラがヴァルゼルドの所在案を告げたときには、一も二もなく頷いていた。
……機械兵士ながら流暢な感情を持つということが、クノンの興味をかきたてたらしい。うん、お互い良い感じに影響しあっていければ、いいんじゃないかろうか。
そんなこんなの経緯を、当のヴァルゼルドや交えて、わいわいととりかわしていたときだ。
「でかッ!!」
二番煎じのツッコミが、どこからともなく湧いて出た。
――いや、正確には、一行からはヴァルゼルドの陰で死角になってしまってる、砂浜の向こうの方からだ。
「あ、オウキーニさん」
ひょっこり、ヴァルゼルドの向こうを覗き込んだレックスが、声の主を呼ばわった。
「オウキーニ!?」
先日のタコダメージがまだ残ってるのか、ずざっ、と数名が後ずさる。
止めてたらしい足を再び動かしてやってきたオウキーニ、それを見て、
「なんでっか、その反応は」
と、ちょっぴり寂しげに、空いた片手で裏拳を繰り出す。
……空いた片手。
そう、彼は空いてない片手に、先日よりも大きな鍋を携えていた。
「お」
他の面々が退き気味であるなか、カイルだけが、それに目を止めて顔を輝かせた。
「あ」
訂正。カイルとが、目を輝かせた。
そういえば、あのふたりだけ、こないだ平気でタコ食べてたな……と、思い出したのが数名。
先日の騒動を知らない数名は、きょとん、と、そんな展開を眺めている。
「どしたの?」
そのひとり、ソノラが、傍にいたをつっついた。
「あー……なんていうか、ちょっと、こないだね」
応えてがちらりと見るは、そのこないだ、大混乱を見せてくれたスカーレルだった。
視線を追ったソノラも、それで、気がついたらしい。
「あぁ! こないだアニキがスカーレルからボコにされかけたっていう、茹でダコ事件!」
「うわ。あんまりなネーミングや……」
せっかく料理を持ってきたのに事件にされては、料理人として泣けてくるというものだろう。オウキーニの場合、料理人以前に海賊であるわけだが。
……つくづく似合わないなあ、海賊。
と、まじまじと見つめる視線に促されたのか。落ち込みかけたオウキーニは、「いや! 今日の料理は自信作でっせ!」と叫んで気を取り直す。
「自信作?」
数名が唱和する。異口同音ではあるが、それぞれのイントネーションはまちまちだ。
純粋に疑問として云った者、
心から期待している者、
うさんくさそうにつぶやいた者、
あからさまに疑っている者、
そうして、好奇心満開でそれを云った代表格、アティとレックスが、とことことオウキーニの手元を覗き込むためにやってきた。生徒たちも、ヴァルゼルドから滑り降りてやってくる。
自由になったヴァルゼルド、がしょ、と、また頭を下げた。
「お初にお目にかかります。本機は型式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-XE-LD。ヴァルゼルドと申します」
「これはご丁寧に。ウチはオウキーニ云います、しがない海賊家業ですわ」
「海賊殿でありますか、調理師殿ではないのですか?」
「ははあ、たしかにウチは料理もしますけど、本業は海賊でっせ。そこ間違えたらあかん」
ちちちっ、と、指を左右に振るオウキーニ。やはり、そこらへんにはこだわりがあるのだろう。
おそらくそのこだわりが、今回、彼をしてリベンジに駆り立てた……って、あれ。どっちのこだわりだよ、おい。
ともあれ、期待と好奇心、そして懸念と不安が渦巻くなかで、オウキーニの手が蓋にかかった。
「……これですわ!」
イッツ・オープン。
…………
時が止まった。