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【機械兵士】

- 暴走 -



 最初のうちこそ無機質に思えたラトリクスだが、いざ足を踏み入れるようになってしばらく経ったせいだろうか、最近では第一印象より遥かに、親しみを覚えるようになった。
 街のそこかしこで動く機械たちにさえ、
「やってるねー、元気?」
 なんて、声をかけてしまうくらいだ。当然返事なんてないけど。
 それはアルディラと逢ったせいかもしれないし、クノンと話したせいかもしれないし、ヴァルゼルドにきっかけをもらったせいかもしれない。
 ともあれ、は晴れやかな足取りで、舗装された道の上を歩き、金属でつくられた建物の間を抜けて、目的地に辿り着いた。
 ――スクラップ置場。
 今日も瓦礫に埋もれているのか、はたまたどうにか無事で日光浴をしていたりするのか。
 なんとなく前者のような気がして思わず吹き出したを、通りすがりの飛空機械が無関心に、眼球とおぼしきガラス球に映して行った。
「…………」
 いっそ、奇異な目で見てかれた方が、恥ずかしくてもマシだったかもしれない。
 云いようのない気恥ずかしさに襲われて、はこそこそとスクラップ置場に足を踏み入れた。いつもより雑に瓦礫を蹴りつつ歩けば――ほら、すぐにその姿は見える。
 予想は大外れ、ヴァルゼルドはさんさんと降り注ぐ陽光を浴びて、しん、とそこに鎮座していた。
「ヴァルゼルド」
 呼びかけて、その関節部分が視認出来るほどにまで近づく。
 ボディがあたたまっているのか、ヴァルゼルドのほうから吹いてくる風が、わずかに熱を孕んでいた。
「ヴァールーゼールードー?」
 まだ修理途中ですかー?
 どうせ回路切ってるんだから無駄だろう、なんて思いながらも、ぱたぱたと手を振ってみる。
 無反応。
「……外部探知ぐらい起こしとかないと、熊とか来たときかじられるよ?」
 そもそもラトリクス(というかこの島)に熊はいるのか。
 実にしょうもない自問がふと浮かんだものの、はあっさり黙殺した。この島に来てから、熊鍋を食べたことはない。それが答えといえば答えだし。
 ――誰か、アバウトだとかワイルドにも程があるだろうとかツッコミ入れてやってください。とかいう天の声は、それこそ誰に聞こえるはずもない。
「……まだ修復中かな?」
 結局ぴくりとも動かぬ機械兵士を見上げて、それを最後にすることにした。
 また来るね、と、口の動きだけでつぶやき、くるりと身を翻す。
「――」
 その耳に聞こえたのは、撃鉄を跳ね上げるような金属音だった。

「ッ!?」

 振り返るより速く足が動いた。
 着地体勢も考えず瓦礫を蹴り飛ばし、大きく横に飛ぶ。一拍、一瞬……刹那もあったかどうか。
 ――パン!
 風船の破裂するような音。
 ――ガヅッ!
 銃弾が、金属塊を抉る音。
 もし動くのが遅れていたら、後の音は、肉を貫く音にすりかわっていたはずだった。
「ヴァルゼルド……!?」
 両足と片方の手のひらを瓦礫について、どうにか転倒を回避した体勢のまま、は、信じられない気持ちで音の出所を振り返る。
 ――腕に装着されたライフルから、発砲の証でもある白煙が、風に攫われているところだった。
「な……何考えてんのよ!? 冗談にしたって性質が――」
 悪い、とまで、続けられなかった。
 これまでに聞いたこともない無機質な――けれど機械兵士としてはそれこそが当然と思われる――声が、ヴァルゼルドから発される。
「照準誤差、修正」「ヴァル「次弾――装填」ゼルド!?」
 呼びかけには、何の反応もない。
 僅かに位置を変えた銃口は、真っ直ぐに、を中心として狙いを定めていた。

「一斉掃射――開始!」

「ヴァルゼルド!!」「危ない!」

 ふたりの声が重なる。
 え? と思う暇もなく、は、視界の端から伸びてきた何かに身体を突き飛ばされた。
「わあ!?」
 予測し得ぬそれに、さっきの不意打ちにさえあげなかった悲鳴と共に、は、瓦礫へしたたか身体を打ちつけた。――連続して響く銃声を聞きながら。
 放たれた無数の銃弾は、突き飛ばされなければ大半がこの身を貫いていただろう。容赦なく。情けもなく。
 目標が検索範囲から消えたせいか、ヴァルゼルドの動きが停止する。
 いや、停止したのはが範囲から逃れたためだけではない。
「誘引電磁波で混乱させられるのも僅かです。早く、今のうちにこちらへ」
 強引にを引っ張り、さらにヴァルゼルドから距離をとらせたクノン。彼女が、ヴァルゼルドの探査機能を一時的に遮断したらしい。
 トリスに似た外見を持つ、だけど別個人である彼女を、はのろのろと見上げた。
「――クノン」
 どうして、ここに。
 ことばにしようとして出来なかった部分を、クノンはちゃんと察したのだろう。申し訳なさそうに、頭を下げた。
「アルディラ様の云いつけで、監視をしていました」
「監視……?」
「ラトリクスのいずこも、管理施設の目の届かない場所はありません。――たとえただ廃棄される場所とはいえ、こことて例外ではないのです」
 云いつつ、クノンは耳に手を当て、何かの操作をし始める。――と、その手を途中で止め、を見下ろしてまなじりを下げた。
「……やはり、機械兵士は破壊兵器。あのように暴走してしまうのならば、いえ、そうでなくても、復活させるべきではなかった」
「クノン!」
 呆然としていた頭に、それで喝が入った。
 怒鳴りつけるようにして彼女の名を呼び、立ち上がる。
「ヴァルゼルドは―― 「増援確認」 ……っ!?」
 何を云おうとしたのだろう、自分でさえも判らぬことばは、背後からの無機質な声で遮られた。
 振り返る。
 ……輝くふたつの光が、何の感情もなく、とクノンに向けられていた。
 クノンの表情が険しくなる。己の手が当てられた耳に目を戻し、唇の動きで何かを囁いたようだった。終わると同時、指先でまた何かの動作。
 それに重ねて、ヴァルゼルドが動く。
「支援システム、一斉起動!」
「ヴァルゼルド!」
『DEEDDEEEE! DEEEEEEEEEE!!』
 途端、耳障りな音が響いた。
 思わず耳をかばっただったが、すぐに音は鳴り止む。残滓がまだ残っているうちに、今度は、そこかしこから何かの這い出す音。
「――隊長機としての機能も持っていましたか。信号の届くものたちを遠隔操作しているようです」
 廃棄されているとはいえ、短時間であれば稼動できる、攻撃機能を備えた機械も多々存在していますから。
「増援の要請はしました。――到着まで、どうにか私たちで持ちこたえましょう。一気に機体を破壊しなければ、被害は拡大するばかりです」
 そう云うクノンの声も、あまり耳に入らない。
 音のせいじゃない。ただ、驚愕のためだった。
「……」
 だけど、驚愕は訪れたときと同じほどの速さで退いていく。――潮が退くように、とは、まさにこのこと。
「持ちこたえる?」
「ええ。私は本来、戦場での医療行為のために作られました。己の身を守る心得もございます」
「そうか、従軍とか云ってたっけ。……オールラウンド対応型?」
様、そんなのんきな……」
 手を打ち鳴らして感心するをクノンが諌める間にも、現れた攻撃機体たちは、ふたりを包囲しようと動いていた。
 隊長機と称されたヴァルゼルドは、一息では縮められぬ距離をおいて、展開される布陣を見やっている――ように見える。今、彼の電子頭脳では、どうすればいかに効率よく標的二体を抹消できるか、計算が行われていることだろう。
 戦うためだけに生み出された機械兵士。その当初の存在意義を、余すことなく発揮して。
 だが。
「暴走って云ったよね?」
「はい。今のあれは、すべてのリミットを外した戦闘状態……私は、そうみなします。すなわち、ただ、目の前の存在すべてを敵と見なして排除するだけです」
「つまり、通常の状態じゃないってことよね?」
「……そうなりますが……」
 緊張感を持続させてはいるものの、口の端を持ち上げたに、一抹の不安――というか何かを感じたクノンが云いよどむ。
 それを横目に、足を踏み出した。
「援護よろしくっ!」

様! 持ちこたえるというのは、増援が来るまで彼らを外に出さぬようにという意味であって……」
 クノンが叫ぶ。
「戦力が圧倒的に不足しているというのに、無闇に特攻しろという意味ではありません――!」

 背中にぶつけられる彼女の声は、ひとつ足を踏み出すたびに遠くなる。
 はっはっは、ごめんクノン。
 そもそもあたし、ヴァルゼルドを破壊する気なんて皆無だし?
 様! と、非難ごうごうっぽい呼びかけを無視し、とっくの昔に完成していた包囲の一点へとは向かう。
 勿論、ヴァルゼルドへの最短距離がとれる点。
 逆に云えば、もっとも壁が厚いところだ。
 視界の端に、銃口が見えた。見えた瞬間身をかがめる。足の動きは止めない。走り抜けた一瞬後、乾いた音が連続して響き、そのあたりにあった瓦礫が次々と撃ち抜かれていた。
 そして、背中側から響く鈍い音。金属が金属を貫いた音だ。
「?」
 振り返った一瞬。
 視界に入り込んだのは、後を追ってきてくれたクノンが、背後からを打ち抜こうとしていた攻撃機体を破壊している光景だった。
 しかも、彼女、それだけではない。
 腕を目いっぱい伸ばし、丈夫な物干し竿とか云ったらきっとお注射されそうな状態にしたそれを、円を描くように振り回したのだ。近づこうとしていた機体たちは、その一撃で吹っ飛ばされたり機能不全に陥ったり。
「……うわ」
 こちらに殴りかかってきた機体に蹴りを入れながら、目を丸くしたに、クノンが叫んだ。
様! 貴方の思考回路は一度徹底的に精査されることをお勧めします!!」
「勘弁して」
 その、とても冗談では済まなさそうな彼女のことばに、は生ぬるい笑みを返して逃げ出し。……もとい、駆け出した。
 ヴァルゼルドまでの距離は、まだ遠い。
 そして、なお壁を分厚くしようというのか、瓦礫を跳ね除けて出現する新手。
 さすがにこれは、正面から走り抜けて突破するというわけにもいくまい。切り結ぶ覚悟とともに、腰の剣を抜き放つ。
 あの白い剣があれば――一瞬でも思わなかったといえば嘘になる。が、今のこれが自分の力。なににも依らぬ己の全力。
 それをもって戦う、このことにいかほどの不満があろうか。
「後方は私が!」
 追いついたクノンがに背を向けて、そう云った。見えるかどうか判らぬまま頷きを返し、は、改めて、剣の握りを確かめた――


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