TOP


【親と子】

- 親 -



 不思議な娘だ。
 微動だにせずを見ながら、ミスミは、ふとそう思った。
 性別も違う、年齢も違う、そう、あらゆるものが違いながら……かつてのリクト、そして、スバルが成長したらと描いた姿が、その少女に重なって見えたのだ。
 それも幻影、それもゆめ。
 だけど、けっしてこの手から、零れ落ちさせたくはないもの。
「……」
 零れる呼気の熱を、ミスミは自覚した。
 彼女は風邪をひいたことなどなかったが、熱を出して寝込むというのはこんな感じなのかもしれないと思うほど、己の内を熱いと感じた。
 ただ、それは病ではない。
 それは、わきおこる、何かの念だ。何かの感情だ。
 ――きっといつか。幾多の年月を越えて、スバルも同じように、今のそれを感じさせてくれるのだろう――
 だから、
「……勿体無い」
 ミスミは、ため息をついて少女を見た。
 口の端を僅かに持ち上げて、肩をすくめてみせる。
「今の言、そなたの養い親殿に伝うべきものを――わらわが受けてしもうた」
「……いや。本人に今さら云うのも恥ずかしいですし」
 心なし遠い目になるに、おかしさがこみあげる。
「面白いのう、そなた。わらわに云うのは恥ずかしくなくて、当の相手に云うのは恥ずかしいのか」
「そういうもんですってば」
「そうか。そういうものか」
 くすくす、ミスミは笑う。
「子供というのは難しいのじゃな。まだまだ幼いと思っておったら、親が知らぬうちに、親を守ろうとしてくれるのか」
 その手がどんなに小さくとも。
 その心がどんなにとうといか。
 ……ああ、そのとうといものを、危うく潰すところであった。
 クス、と最後にもう一度だけ笑って、ミスミは箸を取り上げた。
「さて……腹が減っては戦も出来ぬ。そうであろ?」
「そうですね」
 応じつつ、も再び食事をはじめる。
 とっくに膳を空にしていた男性ふたりが見守る前で、女性ふたりは、会話の前よりも早いペースで、話の間にすっかり冷めていた朝食を口に運び出した。
 あっという間に、すべての膳が空になる。
 食後のお茶もさくさく片付け、ミスミは、庭に目を向ける。
 つられるように他の三人も同じ方向を向いたとき、ふたり分の足音が、こちらに向かって歩いてくるのが聞こえた。――否、うちのひとつは小走りに、もうひとつを引っ張るようにしてやってくる。
 足音の主は誰か、詮索するまでもない。
「ははうえっ!!」
 前につんのめり、あわや転びそうになりながら、駆け込んできたのはスバルだった。その後ろからやってくるのは、アティだ。
 ふたりは、あれ? と、に目を移して首を傾げるが、今はそれどころではないとばかり、すぐさまミスミに向き直る。そうして、縁側に勢いよく乗り上げたスバルは、母をひっしと見上げた。
「母上! おいら、本気だよ。遊び半分じゃない、父上や母上の真似をしたいんじゃない!」
 ――そんなことは判っている。
 だからこそ、反対せざるを得なかった。
 ミスミは何も云わず、先を促す。
「おいら、試してみたい。自分のしたいこと、出来ること……何が出来るか見つけるために、今のおいらに出来ることを、出来るようになりたいんだ!」
 まだまだかわいらしいと思っていた丸い瞳が、真摯な光をたたえてミスミを貫いた。
 ――信じて。――託して。――従ではなく、対として認めて。
 幼くとも、いや、幼いからこそ、激しく強く、零れる思いを。スバルの目は、たしかにミスミに伝えたのだ。
 母の答えを待つ双眸は、期待と不安に乱れている。
 そうして、ミスミは、無言のまま立ち上がる。
「ははう……」
 戸惑いの混じった呼びかけは、だが、途中で途切れた。――彼女が、笑みかけたことにより。そして、その奥にある強い光を見たことにより。

「着いてきやれ、スバル」

 だから、ミスミはただそれだけを告げて、歩き出すだけでよかった。

 何をするのか悟ったキュウマ、そして見届け役のつもりだろう、ゲンジも立ち上がる。その老体に促され、スバルに少し遅れてやってきたアティもまた、立ち止まった足を動かしだした。
「……?」
「いってらっしゃい」
 ひらひら、笑って手を振っている少女を、怪訝そうにアティは見返した。
 ミスミとスバル、そしてキュウマとゲンジは早々と庭を抜けようとしている。走らねば追いつけない。
 が、はそもそもついていく気さえなさそうに、靴を履き終えたあとそのままの姿勢で、見送る素振りを見せていた。
「来ないんですか?」
 それでも、一応訊いてみる。
「はい」
 予想どおりの答えを返し、は、さらににこりと笑みを深めた。

 なんとなく、どんな結果が出るか判りますから――と、付け加えて。



 轟と唸る剛剣。赤紫の髪。
 響き渡る銃声。黒い機体。
 しなやかに翻る槍。金の髪。

 戦場でいつも、傍に見ていた大切なひとたち。
 離れてなお、こんなにも記憶は鮮やかだ。
 いや、離れたからこそ、望郷の念が募って、こんなに鮮やかに思い出してしまうのかもしれない。
 ――ともあれ。
 は、その記憶に突き動かされるようにして、風雷の郷を後にした。
 ミスミとスバルの行方がどうなるか、なんて、過去の自分と養い親に照らし合わせて予想がついている。それに、あれ以上見届け役が増えるのも、ふたりの妨げになるのではなかろうか。

 だから、は歩く。
 もしかしたら、もうそろそろ、目覚めているかもしれないと期待して、歩を進めた。

 ――ラトリクス。スクラップ置場に眠る、青い機械兵士のもとへと。


←前 - TOP - 次→