そうして夜が明けた。
なんか、フレイズとファリエルをめぐって一戦やってきたらしい(というと非常に語弊があるが、まあある意味事実だし)レックスだけが、部屋でずれ込んだ睡眠を取り直している間、船の外では日課の朝食準備が進められていた。
「へー、それじゃ何。ファルゼン、じゃなくてファリエルが無色の派閥の召喚師。戦いで死んだファリエルを島にゲットさせたくなくて、護衛獣だったフレイズが、それを阻んで今や堕天使?」
「ファリエルがこの世に留まる理由ってのが兄さんのため、それを諦めかけてるようだったから、フレイズ、彼女が消えちゃうんじゃないかって大慌て?」
「はあ……それで、原因になったレックスさんに、これ以上ファリエルさんを戦いに連れていくな、惑わすな、と勝負を挑んだんですか?」
「でも、ファリエルさんが留まる理由はそのお兄さまのことだけじゃなくて島のことも比重大きくなってたから、消えたりしないって説得されましたのね?」
「……それで和解してきた、と?」
――――説明的な会話をありがとう、みんな。
ちなみに、今日の朝食メニューはユクレス村名産果物と、同じく名産小麦でつくったパン、そのへんで釣り上げた魚、その他少々。
晴れ渡った青空の下、かまどの煙を避けて風上にまわったナップが、「なんだよそれ」と、実に呆れた声を出した。
「フレイズの兄ちゃんて、わりと考え浅くないか? 先に本人に云えよ、そういうの」
「ハハハハ、云エリャ苦労センノジャヨ。アレモナカナカ短絡ナトコロガアルカラナ」
「云えてるわね。思い込みが激しそうだもの、ああいうコは」
「へー、そういうもんかね?」
「ソウイウモンジャ」
「……あの、ところで」
和気あいあいと続いていた会話を打ち切ったのは、ウィルだった。
テコに見守られながら野菜を切っていた彼は、手にした包丁でとある方向を指し示す。
「それ……マネマネ師匠ですよね?」
包丁向ケテクレルナヨ、若人。
青い髪のレックスが、へらっと笑ってそう云った。
「おお!? いつの間に!?」
「ぷっぷー!?」
「アハハハ、のりガイイノウ、ハ。ダカラ好キジャー」
つつーっと移動してきた青レックスことマネマネ師匠は、頭の上のプニムともどもを抱きしめた。一網打尽。
「朝っぱらから元気だね、師匠」
その元気、レックス先生にも分けてやってよ。からからと笑いながら、ソノラが云った。
他の面々も、ちょっと目を丸くして一瞬注目したくらいで、すぐ、何事もなかったかように各々の作業に舞い戻る。
なんというか、なじみすぎです、師匠。
そして師匠はというと、「ム」と渋い顔になってソノラを振り返った。
「ソウイウコトハ、出来ンノジャ」
「いや、最初から期待してねえから気にすんなって」
取れなかった睡眠は、自分で取り直すしかねえんだからよ。どこか的外れなことを云うのはカイル。
だが、マネマネ師匠は、それを聞いてかぶりを振った。
「ダッテ、本人起コシテキタラ、ワシノ分ノ御飯ガナクナッテシマウジャナイカ」
「……朝食目当てかよ」
がっくりと肩を落としたカイルにこそ、師匠は元気を分けるべきだと思った。そんな朝のひととき。
「おはようございます」
それに一石を投じたのは、こんな時間にこんな場所にいるはずのない人物の声だった。
島の奥手に繋がる林のほうからかけられた声に、一同、くるりと視線を転じる。
ちょっと気まずい顔になった者が数名いたが、それはあちらも同じこと。それに、そんな表情すぐに消えたのも、両方同時。
「おす。早いな、キュウマ」
しゅた、と片手をあげてカイルが応じた。
他のみんなも、それぞれに、それぞれの挨拶。
それに一々律儀に応じて、キュウマはこちらにやってきた。逢うのは昨日の騒動以来になるが、なんというか、やけにすっきりとした表情。わりと無表情であるように務めてるひとなんだけれど、彼の場合それが実ってない……とか云ったら斬られるかな。
とにかく、周囲の雰囲気が一転、昨日までが曇天なら、今日は晴天。それこそ今のお天気のよう。
「どうしたのよ、こんな朝早くから?」
スカーレルの問いに、キュウマは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
「……それが……その。スバル様が、こちらにいらっしゃっておりませんか?」
『は?』
一同、“は”の大合唱。
それで尋ね人の不在を悟ったのだろうキュウマが、「そうですか」と僅かに肩を落とす。
パンをつまんで「行儀悪いですよ」とアリーゼに怒られていたは、それから逃避するために立ち上がり、彼の前に移動した。
もふもふ、口の中のパンを飲み込んでから、問いかける。
「どうしたんですか? スバルくんが何か?」
常のキュウマならば、アリーゼと同じく行儀の悪さを指摘するところだろうが、さすがに今はそんな余裕もないらしい。
ため息ひとつついて、をはじめ、一同を見渡した。
「郷の問題を持ち込むようで申し訳ないのですが――、スバル様が、ミスミ様と諍いを起こし、家出をされたのです」
『……はあ!?』
ミスミとスバル。
普段の仲睦まじい親子っぷりをよくよく知っている一行は、またしても“は”の大合唱になってしまった。
ことが起こったのは、今朝の朝食のときだったらしい。
いつものように、ミスミとスバル、そして珍しくキュウマと、ゲンジもが同席したその場において、それは始まったという。
「スバル様は、自分も戦いに参加したいと仰られたのです」
その発言自体は、実は、以前から頻出していたものだった。
普段なら、それはミスミが一笑して終わりになっていた。
「けれど、今日に限ってスバル様が一歩もお引きにならず……」
「……それでミスミ様も、気が昂ぶられたのでしょうか?」
「そうです」
幼い頃から、父であるリクトの武勇伝を聞いて育ったスバルの云い分は、父上だって自分と同じくらいの年から戦に出ていた、ならば自分だって出来るはず、というもの。
対してミスミは、それはリクトだからこそ出来たこと、しかも勝手に戦に潜り込むようなことなど他の者に真似出来るはずがない、というもの。
この時点で、遠い目になったひとが約一名。
その一名は、即座に挙手してこう問うた。
「……そのときのリクトさん、スバルくんと同じくらいの年齢だったってことは、つまり?」
「十になるかならずかの頃だった、と、聞き及んでおりますが」
さいですか。
思わず、遠い明日、養い親の背中にへばっついて戦場へ赴いた思い出がよみがえった誰かさんであった。
閑話休題。
ミスミの云い分にカチンときたらしいスバル、それなら何がなんでも結果を出して、自分の強さを認めさせる! と息巻いたそうな。さすがにここまで粘られるとは思っていなかったミスミ、そこでとうとう手が出てしまったらしい。
「それで……スバルの奴、出て行っちゃったわけか」
「ええ。とりあえず、ミスミ様を落ち着かせてから出てきたのですが……子供の足とはいえ手がかりもありませんし、見知った場所に来てはいないかとこちらへお邪魔したのです」
「学校には行ってみたんですか?」
「はい。こちらの前に。ですが、向かわれた形跡はありませんでした」
学校も駄目、船も駄目。
パナシェのいるユクレス村は、さすがに見つけ易すぎる。
と、なると。
「……心当たり、もうひとつありませんか?」
いつの間にか立ち上がり、さっさと帽子をかぶったアティが、気落ちしたキュウマにそう云った。
「え?」
光明を見出したような顔で見返す彼に、アティはにっこり笑ってみせる。
「オバケ蓮の池です。あそこは、めったに誰もこない秘密の遊び場なんでしょう?」
「――あ!」
手のひらを打ち鳴らしそうな勢いで、キュウマも大きく頷いた。が、直後、まなじりを下げる。
「ですが……自分が向かったとして、果たして素直に戻ってくださるか」
追いかけるのに懸命で、そこまで頭がまわらなかったらしい。
「それでしたら、心配しないでください。わたしが、スバルくんと話してきます」
「アティ殿が?」
「ええ。スバルくん、前にわたしたちに話してくれたことがあるんです。――だいじょうぶ、もう一度ミスミ様と向かい合ってくれるよう、ちゃんとお話してきます」
キュウマは、少しだけ考えるような間をおいたけれど、
「……お世話をおかけします」
深々と、頭を下げてそう云った。
その横から、にゅっ、とカイルの手が伸びる。
「ほれ、先生の飯だ。坊主の分も入れておいたから、一緒に食ってこいよ」
「あ、ありがとうございます、カイルさん」
朝食の途中で駆け出したことを、海賊一家の頭領は見逃さなかったらしい。
ありがたく包みを押し頂いて、アティは「それじゃ行ってきます」と、小走りに砂浜を後にした。
その背中を見送るキュウマを、は、ちょんちょんとつつく。
「ミスミ様の様子はどうなんですか?」
「……それが……一応落ち着きはされたのですが、スバル様に戦いは早すぎるの一点張りで……」
「そうですか……」
「なあ、キュウマさんはどう思ってるの?」
後頭部に手をやり、考え込むの横から、ナップがひょっこり顔を出した。
「自分ですか?」
「ええ。彼が戦いに出ることに、あなたはどう返したんですか?」
兄の隣に並んだウィルが、後をつづけた。
ことばを受けて、キュウマは小さく苦笑する。
「――忌憚なきところを申し上げましたよ。今の力量であれば、けして足手まといにはならないでしょう、と」
「それがまた、火に油を注いだ……ってとこかしら」
しょうがないわね、と云いたげに、スカーレルも苦笑。そして、すたすた歩き出そうとしているを見て首を傾げた。
「?」
呼びかけに、はくるりと振り返る。
「ちょっとミスミ様と話してみます。――スバルくんの気持ち、あたしも判る部分があるから」
「殿……」
まさかふたりも動くとは思わなかったのだろう、さすがにそれは申し訳ないと思うのか、キュウマが幾分制止の意を込めて呼びかける。
だが、続けられるはずだった彼のことばを、は、首を横に振ることで留めた。
ビッ、と、親指を立てて笑顔をつくる。
「最近、風雷の郷のご飯もご無沙汰ですし!」
とたんキュウマは虚ろな目になり、は、
「「「風刃で吹っ飛ばされてこい!!」」」
他ご一同様から、力の限りのツッコミを授けられたのであった。
「アハハハハハハハハ!」
唯一爆笑してくれたのは、青いレックスだけであったことを注記しておこう。
ちなみに、の分の朝ご飯は、彼(?)の胃袋におさまることになったとかなんとか。