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【親と子】

- しあわせの証明 -



 とりあえず、云ってみることは云ってみた。
「あれって遺跡の方向でしたよね、もしかして島の結界が解けたりしてるんじゃないかなーと浅慮してみるんですが」
 だけど、あっさり却下された。
「本当にそうならありがたいけどよ、船直ってねえし」
「第一、今の状態放り出して出てけるわけないじゃん?」
 ――そりゃそうだ。
 もまた、あっさりと引き下がった。
 アズリアたちを退けた……というか、うやむやのうちに向こうが退いてくれた、その夜だ。
 さすがに、あんな天変地異じみた現象が起きたあとに戦闘を再開する気力など、両者ともに残っているはずがない。半ば痛み分けのような形になったものの、とりあえず、船の周囲には静寂が戻っている。
 えーと、なんだっけ。
 地震来た、雷来た、ついでに雨はざばざば降り出して外は嵐だし、火事も親父も来てないけど、妙な光の柱も出た……
「ですが、あれは何らかの形で遺跡と関係がありそうですね」
「……でしょうね。護人のコたちの顔見た? すごく険しかったわよ」
 さすがスカーレル、観察眼ばっちりだ。
 ひとまず、これ以上の騒動はもうないだろう、と、各々の集落へと戻っていった護人たちの表情なら、も見た。何か考えているような、ひどく嫌な予感をかかえているような。
 そうそう、これまたどう思えばいいのか迷うところだが、帝国軍とあの異変のおかげで、の出す光に関しての話は自然とお流れになってしまった。
 あの紅の光は、そんなものふっ飛ばしてあまりある衝撃であり、のそれなんぞさておいて優先した対処を考えねばならぬものであろうと――護人たちだけでなく、こちら側一行にとっても共通した認識だ。
 ま、こっちの説明はそのうちまた、する機会を見つけることにしましょ。
 それに、問題はもうひとつ。
 しっかりかっちり封印して、遺跡にほったらかしてきたはずの碧の賢帝が、何故かレックスとアティのところに戻ってきたというものだ。
「いやー……なんかあれだ、“怪奇! 捨てても戻る剣!”って番組が作れそうです」
「……って、見るポイントがどこか違いますね」
 そもそも番組って何ですか?
「それ、こないだヤードさんにも云われました」
「あははは……」
 それまで黙っていたアティがつぶやき、レックスが、力ないながらも笑みを浮かべた。
「あの、先生」
「剣の声って、今も聞こえるんですか?」
 そろそろおねむの時間だろうに、立ち去り難いものを感じて留まっていた子供たちのなか、アリーゼとウィルがそう云った。
 話しかけられたアティは、「うーん」と指先を顎に当てて宙を見る。
 レックスは、そんな姉を少し心配そうに注視していたけれど、
「……今は、聞こえないですね」
 アティがそう返答したためか、ほ、と小さく息をついた。
「あの光の柱が出て起こった異変っていえば、シャルトスが戻ってきちゃったくらいですし……遺跡自体は、実はまだ眠ってたりするんじゃないでしょうか」
「それは、ちょっと希望的観測に過ぎるわよ、センセ」
 ため息混じりにアティを諭すのは、スカーレル。
「実はあのときは狸寝入りして、アタシらみんな騙された、って云われたほうがよほど納得出来るわ。個人的には、明日にでも遺跡に是非を確かめに行きたいところだわね」
 勿論、センセたちは抜きでね。
 付け加えられたそれを聞いて、レックスが、がたんと席を立つ。
「な――」
「だな。先生たちが来たら、余計危険になりそうだよ」
「そうですわ。狸寝入りなのだとしたら、近づいてまたあのときの二の舞になりかねませんもの。それはごめんです」
「――う」
 紡ごうとした反論をナップとベルフラウに封じられ、レックスはもごもごと口を動かすばかり。
 まあ、反論出来ないと判っているだけ、まだマシというか。
 やりこめられてしまったレックスを、同じ男性としてだろうか、ちょっぴり情けない眼差しで見やったカイルが、一度だけ手のひらを打ち合わせる。
「……とにかく、今日はこれまでにしよう。疲れたままあれこれ話し合っても、いい案は浮かびっこねえしな」
 誰もそれに反対する者はおらず、そうして、その場もまたお開きになった。



 ――それが、だいたい二、三時間ほど前の話だ。
「あー、眠りが浅いわ」
「ぷい〜」
 近頃とみに、夜半に目を覚ますことが多くなったような。そんなことを考えながら、は飲み水を求めて薄暗い廊下を歩いていた。
 何故か同じタイミングで目を覚ましたプニムも一緒だ。バイオリズムが一緒なのか、誓約してるからそのへんも影響しあってるのか、それは謎。
 なるべく足音をたてぬよう目的地に向かう途中、はふと足を止めた。
「あれ、レックス――さん」
 真っ直ぐ歩けば水ゲット、右に曲がれば船の出口。
 そんな場所に、人影を発見したからだ。
「え、?」
 人影ことレックスは、薄明かりでも判る外出支度を整えた姿で、声をかけたの方を振り返った。
「何してるんですか、夜中に」
 人のことは云えないだが、それでも今は云ってもいいと思う。
 寝間着でのそのそ船内闊歩する奴と、外出着でこそこそ船外に出ようとする奴と――怪しさで云えば、……ごめん甲乙つけがたいね。
 そうしてレックスは、の問いに、ちょっと気まずい笑みを浮かべた。
「明け方までには戻るからさ、内緒にしておいてくれないか?」
 と、こちらが何か云う前から、手を合わせて拝んでくる。
「……みんなに心配かけないですむ自信があるなら、別にいいですが」
「ああ、それはだいじょうぶだよ。だってフレイズさんに呼ばれただけだし」
「あー……フレイズさんですか」
 朗らかに告げるレックスのことばを聞いて、は微妙な気分になった。
 別れるときのファリエルが、かなり消耗しきった姿だったことを思い出す。それを見たフレイズの怒りっぷりが、なんだか想像出来そうだ。
 付き添おうかと云ったこちらの面々を、やんわりと断ったのはファリエル自身なのだけれど、さすがに副官としては、彼女をそんな目に遭わせたことで一言云いたい気分ではあるのかもしれない。
 なら、こんな時間に呼び出されても……いささか相手の体調を慮ってない部分はあるけれど、夜中が活動時間である彼らにしてみれば、当然といえば当然だ。それに合わせちゃうレックスも、たいがいに人が好いんだろうが。
「……レックスさんだけですか?」
「うん。とりあえずどっちかでいいって。だから俺が行ってくるよ」
 じゃあ、と身を翻そうとしたレックスは、だが、半身動いたところでそれを止め、を振り返った。
「そうだ。もしよかったらさ」
「はい?」
「アティを迎えに行ってやってくれないか? ――実は、眠れなくて散歩してたら、フレイズさんに捕まっちゃったんだよね」
 で、レックスは狭間の集落へ行く準備のために急ぎ船へと駆け戻り、アティはそのまま、ゆっくり歩きながら戻ってくるということで、別れてきたらしい。
 ……なんて大雑把なんですか、あんたらは。
 ともあれ、そうと聞いては放ってもおけまい。
 寝間着といっても、ベルトやらなんやらを外して呼吸しやすくした程度で、つくり自体はそう普段着と変わらないものである。
 それを翻して、(とプニム)は、レックスと並んで船を出た。
 別の場所で待っているというフレイズのところに走る背中を見送って、彼らが散歩していたという海岸のほうへと、よーい、どん。……さすがに寝ぼけ眼で全力疾走するほど体力バカではないので、気分的なものである。以上注釈。
 そうして走ることしばらくもなく、は目的の人物を夜の砂浜に発見した。
 月明かりのなかに浮かび上がる赤い髪。ぱっと見、とても軍人出身とは思えない女性的な身体の線。ふわふわとした足取りで、そのひとは、砂浜をこちらに向かって歩いていた。
「アティさん!」
 呼びかけて、そこへと走る。
 接近に気づいていたらしいアティは、立ち止まって、が来るのを待っていた。
「あ、。どうしたんですか?」
「水飲みに起きたら、狭間の領域に行こうとしてたレックスさんから、迎えに行ってくれって頼まれました」
「あらら……ひとりでだいじょうぶだったのに。レックスってば心配性なんだから」
 でも、ありがとうございます。
 そう云って、アティはふわりと笑った。
 いつも被ってる、白いぽわふかマッシュルーム帽子がないからだろうか。なんとなく、普段と印象が違う。
 目を離したら消えてしまいそうな、そんな儚いものが、今のアティにはあった。……いや、もとから、あったのかもしれない。そしてそれは、レックスにも。
「……アティ、さん」
「はい?」
 海を横手に見ながら、赤い髪のふたりは向かい合う。足元には、青い小さな生き物。
 そのプニムは、いつものように簡易トーテムポールをつくろうとはせず、ただじっとふたりを見つめていた。
「唐突に単刀直入ですけど――しあわせってなんだと思いますか?」
「……そ……それは、難しい質問ですね」
 目に見えてうろたえるアティは、授業中、生徒から難解な質問をされたときのようだ。
 彼女はことばを探すように、しばし視線を彷徨わせ、「そうですねえ――」と、ゆっくりことばを紡ぎだした。
「みんなが笑っているなら……それがしあわせなのじゃないかなって、思います」
「あなたは?」
「……え?」
「アティさんのしあわせは、何ですか?」
 きょとん、と、アティの目が丸くなる。
「ですから……みんなが笑っていることですよ?」
「――っ、そういうんじゃなくて……!」
 しあわせは、金でも地位でも名誉でもない。そんなことは知っている。判っている。
 それでも、そのうちのどれかを挙げてもらったほうが、まだどれほどましだったろう。
 ことばもなく、は俯いた。
 それがアティの本心だから。
 レックスもきっと、同じことを云うだろうから。

 このひとたちは、どこまでも、自分を勘定に入れてない――

 俯いたをどう思ったのだろう、アティの手が、そっとその肩に触れた。
 優しくあたたかな、こちらが慰められているようなそれに、思わず顔を跳ね上げる。
 ――うっすらと、優しく細められた蒼い双眸が、眼前にあった。
「だから、わたしはしあわせなんですよ?」
「…………っ」
「みんなが笑っていると、わたしも嬉しいです。だから、しあわせ。――それ以上を望むなんて、分不相応なんですよ」
「そんなこと――!」
「だってね、わたしは、もう、たくさん、しあわせを貰いすぎました」
 を見ていた視線は、どこか遠くへと。
 そうしてアティは、笑った。
 ほんとうに、ほんとうに、しあわせそうに。

「おかあさんに、逢えましたから」

 ……ここが、いつもの船室で。
 もし、手に湯飲みを持っていて。かつ、口をつけたところだったら。
 自分はきっと、お茶噴出し新記録を達成して、船室中を地獄絵図にしていたのではなかろうか。あまつさえ、飾られた血染め海賊旗にまでそれを直撃させて、くだんの呪いを再発生させちゃったかもしれない。
 つまり、それほどの衝撃だった。
 ビキッ! と身体を硬直させるを見て、アティは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「――、――え、と。その」
「ふふ、変な
 しどもどな返答に笑うアティを見て、それで、は少し落ち着いた。――というか頭を冷やした。
 だって、彼女の仕草は今までどおり。何も変わらない。
 レックスのように、どこか遠くを見ているわけでもなく、確りとを見て笑んでいる。
「……とりあえず、戻りましょうか」
 そう云う彼女に促されて、ふたり、並んで歩き出す。
 潮風はそう冷たくなくて、月明かりも足元に不自由しないほどにある。散歩には悪くない環境だった。
 ゆっくりと足を進めながら、話をする。
「小さいときに、わたしたち、ほんとうの両親を亡くしているんです」
「……それ、レックスさんから聞きました」
「そっか。それじゃあ、そのときわたしたちを助けてくれたひとがいたっていうのも?」
「はい」
 そのひとがね、さっき云った“おかあさん”なんです。――が頷き終えるのを待って、アティはそう云った。
「わたしたち、そのひとに救われました。まだ現実を認めきれなくて、閉じこもってた我侭な子供のゆめに、そのひとが付き合ってくれたから。おかあさん、って、呼ばせてくれたから」
 その呼びかけを拒否されていたら、子供たちの、外界との接点はすべて断たれていたことになる。また歩き出すのにも、ずっとずっと長い時間を要しただろう。
「それが、しあわせだったんです」
 淡々と、だけど、云い表しようのない笑みを浮かべて、アティは云った。
「そのときもらったしあわせなゆめ、今も大事に持ってます。だからこれ以上は、きっと、わたしには勿体無さすぎるって思うんです」
 なにより、とアティは云う。
がそのおかあさんにそっくりだから、なんだか、前よりずっと、ゆめのこと鮮明に思い出せて……そう、それも今しあわせのひとつかな」
「――」
 いいのか。それで。
 それは、満足しているということなのか。
 汲めど尽きせぬと称されるひとの欲求が、たかだかそんな程度のことで――満たされてしまっていると、いうのか。
「だから、誰もが傷つくことなく、笑ってるなら、それはわたしのしあわせです。……ゆめに似た、あたたかい気持ちになれるから」
「でも」、
「でもね」
 のそれと重なったことに、アティは気づかない。口ごもったこちらを改めて見やることもせず、その続きをつぶやいていた。
「レックスは……たぶん、ちょっと違うんです」
 いつか、弟が姉をそう称したように。
 姉もまた、弟をそう称した。

「……レックスは、きっと、ゆめじゃないおかあさんを探してると思うんです」

 ゆめじゃないよと。
 もういないんだよと。
 ゆめの話をするたびに、ずっと、そう云っていたレックス。
 まるで、おかあさんが現実にいたんだって云いたげに。

 ――ねえ、でもね。
 おかあさんでいてくれたそのひとは、ほんとうは、おかあさんじゃないんだよ。

 だから、おかあさんは、ゆめでだけ。
 ゆめの話なんだから、そんなに否定しなくたっていいのに。
 ……だけど、そうやっているときのレックスは、あまりにも切ない目をしてた。

 ああ、レックスは逢いたいのね。
 おかあさんをしてくれた、やさしい、とおい背中のあのひとに、逢いたいのね。

 でも。――でもね、レックス。

 そのひとがくれた優しいゆめを、どうしてそんなに終わらせたがるの?
 現実に探して、逢って、終わりをもらって……そうしたら、大事にしてきたこのゆめが、変わってしまうかもしれないのに。


 ゆめでいいの。
 ゆめじゃだめ。

 覚めなくていいの。
 覚めなくちゃだめ。

 だって、おかあさんが大好きだから。
 だって、おかあさんが大好きだから。

 終わらなかったゆめ。
 終わらせたくないゆめ。
 終わらせてしまいたいゆめ。


 ――……くく、と、何かが深遠で笑った。

 ――選択の瞬間はもうすぐだ――



 足を動かしていれば、当然、動かしている本人は場所を移動する。そのペースがどんなにゆっくりであれ、いつかはどこかに辿り着く。
 そうして、アティとはまさに、それを証明していた。
 砂浜に黒々と停泊している海賊船に、帰り着いたのである。
、ほら。着きましたよ?」
 さっきから何か考え込んでいる少女の肩を、アティはそっと叩いてやった。
 ゆめの話をしてからこっち、ここまでずっとこんな調子だったのだ。
 気難しい顔して、腕を組んで、右に左に頭をひねり、たまに「うー」とか唸っちゃったりして。……主に後半部分、きっと本人自覚してないんでしょうねえ。
 小さな苦笑を零して、もう一度の肩を叩いた。
「あ、はい?」
 一瞬身を震わせて、少女はアティを見上げる。翠色の双眸は、きちんと彼女を映してた。
 そのことに安心して、アティは、目の前の船を指さしてみせる。
「着きましたよ。早く入って寝ちゃいましょう?」
 レックスも、夜明けまでには戻ってくるはずですから。
 云うと、は「あ」と、今初めて船の存在に気づいたようだった。それを見て、申し訳ないと思ったけれど、また笑ってしまう。
 そうして、
「もう、アティさん笑い上戸ー」
 しょうがないなあ、って。翠の眼が、そんなふうに柔らかく笑ったことに、気がついた。
 好きだ、と思う。
 のそういった表情を、とても好きだと思うのだ。
 あたたかく。
 やさしく。
 見守られているような、いつでもどうぞと手をのべてくれているような。……そう、ゆめのおかあさんみたいに。
「……
「ひえ!?」
 衝動のままに少女の身体へ腕をまわすと、素っ頓狂な悲鳴があがった。
 身長差があるから、その肩へ顎を乗せるためには、頬ずりするためには、少し膝を曲げなければいけない。アティは、寸たりとも間をおかずそれを実行した。
 自分たちと似た色、だけど感触の違う赤い髪。ちょっとくすぐったい。
 腕のなかの体温は、触れていてとても気持ちがいい。
「わたし……に逢えて、とても嬉しいです」
「……アティさん?」
 驚きは、最初の少しだけ。
 その後はじっとしてくれていた少女にそう云うと、頬に当たっていた髪がかすかに揺れた。首を傾げたのだろう。
 ふふ、と、アティは小さく笑う。
 呼気がくすぐったかったらしく、の身体がまた揺れた。
「えっと?」
「うん、つまりね。わたしもレックスも、この島と、みんなが、大好きだってことです」
「――あ、なるほど」
「で、ちょっと考えました」
「というと?」
 互いの耳元に届ける声、響く声の、なんと心地のよいことか。
 レックスとそうすることはあったが、血の繋がらぬ誰かにそうすることは初めてのように思う。それでも、ちっとも違和感なんてない。むしろ、ずっとこうしていたい安心感。
「前は、剣を返せばアズリアたちは退いてくれると思ってました。でも、今はそんなこと出来ないです。島のことや、みんなのこと、知ったから……この島は、ほかの誰に踏み入らせていい場所じゃないと思うんです」
「……そうですね」
 うん、とは頷いた。あたしも、そう思います――と。
「だからがんばります。うん、がんばっちゃいます。……でもね、やっぱり、戦うことは選べないんです」
「…………」
 遠い、遠い、赤い記憶。
 多くの力によって奪われた、あたたかなふたつ。
 それ以上の多くを力によって奪った、赤い背中。……泣いていた、翠色の眼。
 そして、思い返せばよみがえる、手のひらの感触。重い重い包丁を持ち上げ、そして――――
「……」
 貫いた瞬間伝わったそれを、きっと、自分たちは忘れない。
 あんなことを、ほかの誰に、経験させたくはないのだ。
 奪われることも、奪うことも。
 この涙も、あの涙も。
「呆れてます?」
「呆れてます」
 応じるの声に、だけど咎める響きはなかった。
 それに力をもらった気がして、アティは続ける。
「――たくさん、ジタバタしちゃうと思うんです。でも、きっと、わたしたちはわたしたちの納得のいく方法で決着をつけたいと思う。ううん……つけてみせます」
 だから、と。
 なお続けようとして、アティは口を閉ざした。
 ただ抱かれるがままになっていたの腕が、ゆっくりと背にまわされて、アティをあやすように叩いたからだ。
 ……それが、どれほどのぬくもりをくれるか。は、判っているんだろうか。
「オッケイりょーかい。うん、突っ走ってみてください」
 そんな太鼓判をくれた後、ただし、とは付け加えた。
「あたしにも辿り着きたい明日の希望ってもんがあります。もし、それが阻まれそうなら、遠慮なく叩いて潰して蹴っ飛ばします」
 そのへん、どうぞよろしく。
 ぱ、と身体を離して、にぱっと笑う
 そんな彼女に、アティは再度抱きついた。

「勿論ですっ!」

 ――痛そうだから、けっしてそんなことにならないようにしよう、と心に誓いつつ。

 蛇足。
 アティの胸に顔をうずめる羽目になったが、あわや窒息しかけたのは後日の笑い話になる。――かどうかは、誰も知らない。


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