正直に云うならば、何がどうなって封印が施されたのかよく判らない。
ただ、ひとしきり待機していた一行を振り返ったレックスたちが「封印出来たよ」と云ったから、それが事実で間違いないんだろう。
さんざやきもきさせられた護人たち、彼らの表情もそれを裏付けていた。
当初のソノラのことばどおり、長居は無用と遺跡を退散し、一同はようやく船への帰途につく。
はず、だったのだが。
「……え? あたし、そんなこと云いました?」
「この期に及んでとぼけんな。あぁ?」
にゃははは、とメイメイさん笑いで迫る手をひょいひょい躱すに、凄みのある笑みを浮かべたヤッファが詰め寄っていた。その背後から迫る子供たちの体当たりを、彼女はやっぱりひらりと避ける。
一反木綿かこいつは。
「。今さら言い逃れが出来ると思ってるの?」
ため息混じりにアルディラが云う。彼女は無駄な追いかけっこをする気がないのか、腕を組んで騒動を見守っていた。
その腕を片方持ち上げ、指をひとつ折った。
「風雷の郷で出した光」
捕獲を諦めたヤッファが、さりげなく扉への進路を塞ぐ位置に移動しつつ、指をふたつ立てた。
「ジルコーダが出たときもだ」
さすがに引け目があるのだろう、静観していたキュウマがぽつり、
「――自分を捕獲した折もですね」
云い、続けられたそれこそが、トドメ。
「触れていたからでしょうか、声が聞こえましたよ。これは自分が砕く、おまえは遺跡に走れと――今だから思いますが、あれは剣の声――島の意志では? あのときは、貴女の制御を離れたのでしょう? だからあんなに驚いていた」
つまり、碧の焔はレックスたちのそれと同じ。
「……ッ!?」
だがそれは、にとってのものではなく、レックスとアティにとっての起爆剤になってしまった。
「な……なんだって!?」
「っ!? どういうことなんです!?」
それまで、まだ少し疲れた顔で子供たちに気遣われていたふたりだったが、キュウマのことばを皮切りに、ずあっとへ詰め寄りにかかる。
その逼迫したふたりの表情、それに、元々レックスたちにはどこか甘いは、とうとうそこで逃避をやめた。
壁際に追い詰められた赤い髪の少女は、追い詰めた赤い髪のふたりを見上げ、一分のごまかしも見逃してなるかと見守る一行を見やり――「はあ」と、でっかいため息をついたのである。
そこへ、ファリエルが包囲の間をくぐり抜けてこう云った。
「私の秘密、もう全部ばれてるんですよ?」
ちょっとだけ気まずい表情で、彼女は、後ろにいる三人の護人たちを振り返る。
苦笑しているアルディラはさておき、キュウマとヤッファはファルゼンの正体を知らなかったわけなのだが――こちらも、判断に迷ったような表情でかぶりを振っただけ。そして、そこに敵意も怒りもない。
それを見て、ファリエルは、気まずさのうち六割を笑みに変えて、へ視線を戻した。
「だから、さんも。ね?」
「私も是非伺いたいのですが。……召喚に応えたときから、その力は使えていたのですか?」
この機を逃しはしないとばかりに、ヤードが追い打ち。
うんうん、と、大きく頷く海賊一家に子供たち。
そうして別方向には、むーっとを睨みつけているプニム。
は、
「……」
肩を落として持ち直し、両手を挙げた。降参の合図。
「判った判りました。話します」
――粘ったわりに、随分あっさりとしたそれを聞いて、数人がちょっぴり脱力していた。
半ばヤケクソめいてそう云ったことを、だけど、は後悔していない。
さすがに遺跡のなかでの長話をためらったらしい一行は、「話は船に戻ってから」というの主張を素直に受け入れてくれ、全員、一路、海賊船への道を辿っていた。
封印が成った開放感からか、世間話も時折出てる。
そう賑やかというわけでもないが、沈黙に押しつぶされるわけでもない快い雰囲気のなか、妙なものといえば、時々思い出したように、に物問いたげな視線が向けられるくらい。
例によって頭の上に乗ったプニムも、今は何も云わずに(鳴かずに)、ゆらゆらと揺れているようだ。
……それにしても。
ちろり、自分を包囲するように展開している一同を見てとり、はぽりぽりとこめかみをかいた。
そんなに信用ないかな、あたし。
別に信用がないというわけではないのだが、彼女が本気で逃げ出そうとした場合にはこれくらいしとかねば対応できない、というところだろう。
そのへんの微妙な思惑も相俟って、誰もに話しかけないのも、妙といえば妙かもしれない。
が、それはそれで大助かり。
話すべきこと話せないこと、今のうちに考えておく時間がとれるというものだ。
一番強烈な物問いたさオーラを発しているレックスやアティの視線もさらりと流し、はつらつらと考え込んだ。
まず、自分には世界に通じる道がある。というか、道があることを識っている。
これは生まれつきのものではなくて、とある人(これは黙秘権)と一緒にいるうちに感化されて、類似品を作れるようになったという程度。本家には及ぶべくもない。
最初は振り回されていたけれど、最近、割と自由に使えるようになった。でも、ほいほい使えるようなものじゃないし使おうとも思わない。
……前置きは、こんなところか。
そうそう、それに、現出する焔の色は白いってこと、ちゃんと話さないといけないな。後が続かない。
島に来てから、何度か、窮地のときや感情が昂ぶったときにそれを使った。
白い焔を引っ張り出してる、つもりだった。
――――腹が立つことに、島に騙されてたわけだが。
ん。
これを話すとなると、島が閉ざされてるってことも云っておいたほうがいい。声が聞こえたこと、“閉ざされてる”と云われたこと、何度か勧誘されたこと。
潜ったことは、黙っておこう。感覚をことばにすりかえて説明するのは、面倒だし。
それになんとなく、閉ざしてるモノの正体は判る。
考えているうちに、思い出した。
島に流れ着いた最初の日、優しいほうの声が云っていた。
“共界線が、島と外界を隔てている”
“この島は、この世界に在りながらこの世界とは隔離されている”
今にして思えば、キュウマを逃がされたときのそれとまったく同じことを云われていたのだ。しかも、事態の随分初めに。
つまり、共界線があの網で、そこから伸びて絡んでた糸は……それこそ何か、島の意志になって眠らされちゃったハイネルさんの残滓か何かか? ていうか何故、あんなあくどいんだ剣の方。
――じゃなくて。
今はそっちの疑問じゃなくて、みんなの疑問を解消せねばですよ。つまるとこ、あたしの謎を。
要するに、島に着いてからも世界にラブアタックしてるつもりだったはずが、島の陰謀で島にラブアタックしていたと。気づかずに。
それで出しちゃってたのが、島の力。
レックスとアティのそれと、同じ色なのは当然だ。源が同じなのだから。
で、気づいたのは先述のとおり、キュウマを逃がされたとき。というか、その後日。
それがヤバイものであるのは感じてるけど、それでも――さっきレックスたちを解放するために、我慢できずに使っちゃいました、と。
うん、こんなところか。
よしよし、筋書きは出来たぞ――忘れないようにともう一度、頭のなかで復唱しようとして、
「……ん?」
不意に目の前に出現した大きな壁にぶつかりかけ、すんでのところで足を止めた。
いや、壁というかもこもこというか。
の進路を塞ぐようにして立ち止まったのは、スカーレルだった。もこもこ。
けれど、立ち止まったのは彼だけではない。見やれば、周囲の誰もが足を止めて、いぶかしげに前方を――もう木立ちの向こうに見えるだろう船を、すがめ見ている。
「……?」
なんだなんだ、船が神隠しにでも遭ったか。
ひょっこりと、もこもこ、もといスカーレルの背中から顔を出し、もまたそちらを見晴るかした。
「……うは」
で、絶句。
ああ、いや。船は神隠しにも遭わず、今日も、青い空と青い海の間に浮かんでおいでだ。今朝出て行ったときの、そのまま。
それはいいのだが、問題は、その手前の砂浜だった。
黒々とした集団が、船を取り囲むようにして待機していたのだ。
待機――うん、待機で間違いないだろう。もうちょっとぶっちゃけちゃえば、待ち伏せ。
ていうか、やってきたら留守で、肩透かしくらっちゃったんだろうなあ。それは判るしちょっと申し訳ないけど、なんというか――律儀にこちらの帰りを待つあたり、軍人的にどうなんですかアズリアさん、それって。
白い空気の流れるこちらに、風に乗って、こんな会話が聞こえてきた。
「ヒヒッ」、うわ、どこかで聞いた笑い声ですな。「隊長殿、こんなボロ船、火でもつけちまえば一発じゃないですかねぇ?」
そうすりゃあ、どこにいようが、奴等だって気づくでしょう。
今にもそうしかねない部下のことばに応じる隊長殿の声音は、硬いうえに苛立っていた。
「よせ、ビジュ。我々は栄えある帝国軍だ、そのような卑怯な手段に訴えるつもりはない」
「ですが、これ以上待っていてもねェ……?」
「いいかげんにしろ、ビジュ!」
気色悪い猫なで声に、嫌悪も露に応じるのは副隊長だった。に云わせりゃエドスさん二号。誰も判ってくれないけど。
さて、別に待ち合わせをしてたわけでもないし、出て行く義理などこちらにはない。放っておいて夕方にでもなれば、さすがに帰ってくれるだろう。……夕陽を浴びて、待ちぼうけの末に立ち去る帝国軍。うわ、すごく哀愁漂う後ろ姿。
と、そんなバルレルめいたことを考えてみただったが、それを誰かに提案するより早く、当事者ふたりが動いていた。
「アズリア!」
片やマフラー翻し、片やマントを翻し。
誰が何を云う間もなく、当然止めさせるような隙も見せず、レックスとアティは、とっとと駆け出している。
「……ま、こうなるとは思ってけどよ」
「それが先生たちだよな」
ちょっぴりため息混じりにぼやいて、子供たち、カイルたちがその後を追う。
同じく苦笑した護人たちが、それに続いた。
「……」
遠ざかる幾つもの背中を見送り、、ちょっと考え込む。
これに乗じて逃げ出せば、説明の義務から逃げられるなー、と。まあ、それは考えるだけなんだけど。実行したら、スカーレルのお仕置きが炸裂しそうだし。それ以前に信用ガタ落ちだし。
うん、一度覚悟決めたんだから、ちゃんと話そうね、自分。
「ぷ?」
などと要らぬ思惑をめぐらせたことに、気づいたわけでもないのだろう。単に、だけ動かぬことが不思議だったに違いない。
プニムが、小さく鳴いて頭上から飛び下りた。視線をこちらと合わせるべく、目一杯首を傾けて、つぶらな目で見上げてくる。
どうかしたの? と、が行くことを微塵と疑ってないそれを、裏切るつもりは毛頭なかった。
「ごめん、ちょっと意識飛んでた」
「ぷーぅ?」
「うん、平気。ごめん、行こうか」
「ぷ!」
プニムが、一声鳴いて走り出す。もまた、それを追いかけて足を踏み出した。