集合場所は、集いの泉。名前まんまの利用っぷりだな。
そして、全員揃ったところで喚起の門――その内部、遺跡の中央へと場所を移動。
「……」
前回訪れた折の名残が、ところどころに残っている。
ほんのり焦げた壁、ちょっぴり抉れた床。
あれだけの大騒動だったというのに、なんでこの程度ですんでるんだろう。そんな、やるせない憤りを感じつつ、一行は装置の前へと歩みを進めた。
「ほー」
先日、レックスとアティが剣を突っ込んでいる光景しか見たことのなかっただが、このたび改めて観察する機会に恵まれたわけである。
……まあ、光ってたりしてないってだけで、外見自体、そう大した変化があるようには見えないんだけど。
それでもつい、感嘆は零れてしまう。
なにしろ、誓約者級の魔力発生装置。
これがあれば、作動させちゃえば、もしかして帰れるかなー、と。そんな期待がにじみ出てしまったのだろうか。
ひょい、と、ヤッファがの首根っこを掴んで持ち上げる。
「あんまり近づくな、危ないからよ」
ていうか、今何か変なこと考えてなかったか?
「いいえ全然」
朗らかに云って、は素直に装置から距離をとった。
聞けば聞くほど、見れば見たほど、この遺跡、門から受ける印象は悪くなるばかり。仮に我侭ぶっこいて発動させたとしても、デメリットが大きすぎる。
そう思って、ちらりと見るのは、碧の賢帝を手に握るレックスとアティ。
魔剣のみを取り出したあと――どういう理屈でだろう、白い姿ではなくて、いつもどおりの彼らの色彩。
蒼い眼……赤い髪。
――遠い、赤いあの日。
壊れかけた彼らの心を、見たのだから。
もし、またあんなことがあったら、確実にトドメ。……冗談ではない。
自分はたしかに遠い明日の存在だけれど、今の彼らの幸せを願う権利くらい、あるはずだ。
そしてそれを、自分が還ること以下として扱う気などない。
「じゃ、さくさく封印しちゃお。あんまり長居したくないしさ」
うんうん、と、幾人かの同意を受けつつソノラが云った。
正直な彼女のセリフに、レックスとアティが笑う。相変わらず二本に分かたれたままの剣を手に、装置へと一歩進み出た。
「……しかし、本来は碧の賢帝と紅の暴君で封印したものを、その片割れだけで封じることが出来るのでしょうか?」
「さあな。正直難しいだろうが……」
「紅の暴君の行方が知れない今、なりふりかまってもいられません」
後ろ頭に手をやるヤッファと、そう云いつつも不安を隠せないでいるファリエル。
不安なのは誰も同じだ。
だけど、これ以上放置しておくことも出来ない。待っているからって、紅の暴君が天から降ってきてくれるわけじゃないんだし。
「……やるのなら、早くしましょう。こちらも準備は出来ているから」
嫌な記憶がよみがえるのだろうか、心なし顔色の悪いアルディラが、気遣う素振りを見せたヤードを退け、そう云った。
そのことばに背中を押されるように、レックスとアティが、また一歩、装置へと近寄る。
そうしながら、ふと、ふたりは、各々の手にした剣へと視線を落としていた。
「……今まで力を貸してくれて、ありがとう」
「俺たちは、もう、だいじょうぶだから」
力を貸すどころか危険なこともあったんじゃなかろーか、そう思っただったが、これが最後ならあえて文句を云う必要もなかろうと、事態を静観する。
レックスとアティが、そしてまた、前へ、
「……ぷぅ」
プニムが小さく鳴いた。
一歩、
疼く。
一歩、
右腕が。
一歩、
この心が。
一歩、
「ぷ……」
足元にしがみつく、小さなぬくもり。――プニム。
何かに怯えてる。
違うと。
ひとつの鍵だけでは足りないと。
一歩、
――裏切りものめ……!
叫んだ。
「レックス! アティッ!!」
ビクリ、と、ふたりはその場に縫い付けられた。
それが果たして、の発した怒鳴り声のせいだったかどうかは、判らない。
だってふたりは、直後、頭を押さえて蹲ってしまったから――
「先生っ!?」
子供たちが叫んだ。
駆け寄ろうとする彼らを、レックスが手で制する。
「だ……だいじょ……fアjhaof……ッ!?」
安心させようとすることばは、役に立たないばかりじゃない。つい先日見たばかりの彼らの危機を髣髴とさせ、不安を煽る。
それどころか、
「ッ――!?」
瞬時に、白く。赤が、侵蝕された。
必要なのは、剣。白い変貌など、誰も、望みはしていないのに。――何故。
「……当然といえば、当然でしたね」
キュウマが、茫洋とした表情でつぶやく。驚いているのか、それを待っていたのか。どこかぼんやりとした今の彼からは、真意が読めない。
「キュウマ……?」
危機感を覚えたらしいアルディラの呼びかけに、彼はそちらを振り返る。
「この遺跡は元来、二本の剣で支えられていた……やはり、片割れだけで封印を試みることなど無謀だったのですよ」
云うだけ云って不安を煽りながら、キュウマは佇んだままだ。
そのことばが半ばを過ぎようかというころ、事態を悟った一行は――キュウマを除いて――レックスたちへと走り出した。
「レックスさん! アティさん!!」
「チッ!!」
一歩めが速かったか、ファリエルとヤッファが先んじてふたりへと辿り着く。
――いや、
「ヤッファ!?」
ファリエルは無事にレックスたちのもとへと走り抜けたが、途中でヤッファが膝をついていた。
――それは声だった。
場所が場所だからなのか、それともそれがあるせいか。
彼の意識をねじりあげ、引きちぎり、粉々にせんとする声が聞こえた。
後続は、そんな彼につまずく形になってそこへ立ち止まる羽目になる。
先行したファリエルは、後ろを一瞬だけ振り返ったものの、眼前のふたりのほうにより余裕がないと判断したのだろう、手のひらにあえかな光を浮かべ、今にもレックスとアティを覆おうとしていた魔力障壁、それの閉じきっていない隙間からねじ込んだ。
「……ッ!」
――それは、相当の負荷であるはずだった。
肉体を持つほかの者ならともかく、精神生命体であるファリエルには、直接触れるだけで存在が危うくなるほどの衝撃だったはずだ。
蒼白い彼女の周囲を、碧に凝った燐光が……いや、雷が蹂躙していく。
「ファリエルっ!」
苦痛に歪んだ彼女の表情を見、アルディラが止めていた足を踏み出す。数歩も歩けば、ファリエルへ助力することが出来る位置から。
その間も惜しいのか、アルディラは、一歩目を踏み出した時点で呪を唱える。彼女なりに云うならばスクリプト――ファリエルと同じように、魔力を起こすための、その第一声の時点で、
「……ッ!?」
何故か、彼女はその場に立ち尽くした。
――声が聞こえた。
場所が場所だからなのか、辿る道を持っているからか。
優しく甘く、彼女をいざなう声だった。
そして。
――止まれ。
と、にも何かの声が囁く。
眼前の喧騒をかき消して、いや、耳と眼から届く情報を遮断しようとしながら、その声は、脳裏に直接、うわんうわんと反響する。
――止まれ。
――止まれ。
――継承の邪魔はさせぬ……!
「……っ」
それは、ヤッファに向けられたものと同じ声だ。
そして、アルディラに語りかける声と同じ源だ。
……いつか、二重に重なっていたものとは、根本的に違う。あれは、同じ声ながらもふたつの意志。だがこれは、その片方の意志のみが。片や責苦を、片や甘言を、護人たちにもたらしている。
それは。
いつか、白を碧へ、碧を影へ、変質させた声――
「……いや……っ」
頭を抑えて、アルディラが泣いている。
「しつ……っこい、んだよ……この野郎……ッ」
両膝と片手を床につきながら、ヤッファが苦悶する。
「――――ッ、――――!!」
未だ雷光を受けるファリエルの輪郭が、ぼんやりと霞み始めた。
「――――」
「――――」
レックスとアティは、云うまでもない。
ファリエルのこじ開けた隙間から差し伸べられた子供たちの手と、呼びかける声が、なんとか正気を保たせているようだけれど、それもいつまで続くか。
カイルたちも、どうにか剣を引き剥がそうと苦心しているようだが、効果の程は前回と同じ。……なんとも嫌な既視感。
そして、
「……どう、したのです?」
少しばかり呆気にとられた声が、の傍らで発された。
「――――」
まだ床に膝をつくまでには至らないけれど、とて頭痛に苛まれていた。こめかみに押し当てた手のひら、その指の隙間から、佇む鬼忍を仰ぎ見る。
その反応に気づいたか、キュウマは場にそぐわない、ゆっくりとした仕草で首を傾げてを見た。
「何が……起こっているのですか」
「前回気づいてなかったんですかい」
あまりにも間抜けなそのセリフに、思わず脳天唐竹割りをお見舞いしてやろうかと思った一瞬だった。
ジャンプする余力もないので実行はしなかったが、そのうち日を改めて行われたかどうかはまた別の話だ。
そんなのツッコミに重ねて、キュウマの声が聞こえたらしいヤッファがこちらを振り返る。
「……ッ――単なる、頭痛だよ」
「どこがですか。誤魔化すなっつーんです」
にもそれがきてなけりゃ、チョップでもかましたところだが。
頭の痛みとわからずや軍団のおかげで、はすでに半眼、ご機嫌斜めどころか急降下の表情のまま手を退かし、キュウマを見上げた。
「声。遺跡の声です。……ヤッファさんもアルディラさんも、それに襲われてる」
ついでにあたしも、と、心中でつぶやいたときだ。
驚いた顔でを見たヤッファが、のろのろと立ち上がる。
「いちいち云うんじゃねえ。――召喚主様の意志に逆らや、こうなるのは目に見えてたんだよ。それに、これはオレが選んだこった」
「……何故、そこまでして」
呆然としたキュウマのことばに、ユクレス村の護人は、苦しいなか、笑みを浮かべ、何かを云おうとした。
けれど、そこで響いたのは彼の声ではなく、必死にかぶりを振っていたアルディラの叫び。
「――――もう……やめて! 私は私の意志で動く! ……幻影でしかないのなら、これ以上私を縛らないで……!」
「――」
そうして、最後に一度だけ大きく首を振り。
乱れた髪もそのままに、アルディラは走り出していた。霞みかけたファリエルの肩に手をかけ、彼女をレックスたちからひきはがす。
「義姉、さ……」
「スクリプト・オン!」
朦朧としたファリエルの呼びかけを余所に、アルディラは叫んだ。かろうじて保たれていた障壁の隙間が、それでいっそうこじ開けられる。
「――――」
「……そういうこった、な」
「え……?」
目を丸くしたそのままで、キュウマは、視線をヤッファに戻した。
「誰かのことばに縛られたまま生きるってのは、性に合わねえ。――たく、煩ぇ。これ以上、ちょっかいかけるなってんだ……!」
後半はおそらく、遺跡からの声に対してだろう。
その叫びを最後に、ヤッファもまた、走り出す。アルディラの横に並び、このとき出せるすべての魔力を、障壁へと叩き込んでいた。
――そして。
キュウマの顔から、表情が消えていた。
そこに何を思っているのか見上げるが、虚空にも似たその目から、何を読み取れる由もない。
「……」
彼の腕を軽く叩くと、キュウマは、身を震わせてこちらを見下ろした。
「ミスミ様たちと話したんでしょ。あのひとたちが望んでること、聞いたんでしょ。それが嘘じゃないってこと、知ってるんでしょ」
ですが、と、キュウマの口が動いた。
声は出ない。零れた呼気は、騒然とした場の空気にかき消された。
「“頼む”って云われたんでしょ。それは、あのひとたちを泣かすことなんですか」
「――――」
遠い、黒い背中を思って、泣いた。何度か。何度も。
そんなことさせようなんて、彼が思ってなかったのは判ってる。だけど、止められるわけもなく、零れつづけたたくさんの涙。
そんなことを、他の誰に経験させたくなどない。
キュウマが無理をして遺跡を復活させれば、レックスとアティがその意志の消去と引き替えに封印をしたりすれば、きっと、あのふたりは――誰もは、のそれに似た涙を流すのだろうから。
「どうすればあのひとたちが笑ってくれるか、それ、あなたが一番知ってるはずじゃないんですか」
後を追おうと、ちらとも思わなかったなんて、嘘はつけない。
でも、そうしたら、あの背中の意味を自分は見失う。
だから、
「知ってるなら――それは充分、生きる理由のはずでしょう!?」
あたしは、あたしの出来ることをやる。
――邪魔を、
「してやる……ッ!」
道はここに。
剣に依らぬ道がここに。
碧を喚び込む、道がここに、もうひとつ。
ならば、あそこで荒れ狂う力をこちらに喚び込むことだって出来よう。いや、してみせようというのだ――!
「ぷぅ! ぷぷー!」
しがみついた……否、引きとめようとしたんだろうプニムを、そのまま宙へ放り出して、もまた、床を蹴る。
叩きつけるような声を最後に、赤い髪の少女は走り出していた。
ヤッファとアルディラの制止も聞かず、隙間から手をねじ込んで、いつかも見せた碧の焔を生み出し、叩き込む。
……いや。
叩き込んだのではない。
「来い!」
その場全員の目が、驚愕に見開かれた。
狂気……狂喜に染まろうとしていた、二対の碧も。
「来い! あたしがあんたの力、持っていく!」
それは、叩き込んだのではなく……いざないだった。