「!?」
誰かの制止の声も聞かず、駆け出した。
幸い、戦いの場は、まだ甲板全面に広がっているわけじゃない。
むしろ、これから広がろうとしているところらしい。
接舷された箇所を中心に展開されていた戦いの場で、倒れ伏す水夫の姿が幾つか。海賊と思しき姿も……少ないけれど、数人。
そんな只中に、は飛び込んだ。
足を踏み出そうとしていたさっきの声の主が、ぎょっ、と動きを止めるのがわかった。
そうして。
舞い上がった赤い髪が落ち、視界を明瞭にしたときには、もまた、そこにいる相手をしっかり視界におさめて。
「カイルさん! 何やってんですかあなたは!?」
「!? なんでおまえがここにいるんだよっ!?」
互いが互いを指さして、そう、叫んでいたのであった。
カイル。そう、海賊カイル一家のお頭さん。
ほんのたかだか一日ちょっと前、がさんざんお世話になった人である。
その人が、今、目の前にいる。
帝国軍に奪われた、ヤードの持っていた剣を取り返すべく海に戻ったはずの人が――
「なんでこんなところにいるんですかー!!」
「それはオレのセリフだ!!」
再び怒鳴りあい。
している間に、の背中に気配が複数駆け寄ってくる。
確認しなくてもわかった。大人の足音ふたつ、子どもの足音4つ。
リーチの差か、真っ先に駆け寄ったレックスが、最大の疑問だろうそれをやはり真っ先に投げかける。
「、知り合いなのか!?」
「……先日、とおりすがりのご縁がありまして、船であの港まで送ってもらいました……」
「おまえ、聖王都に行くはずじゃなかったのかよ!? なんでこの船に乗ってんだ!?」
まさか云うにことかいて、船間違えましたとか云うなよ?
まだパニックから脱出しきれてないらしいカイルの叫びに、ちらり。マルティーニ家兄弟が、長男に視線を向けた。
ナップはというと、
「うるせー! いろいろ事情があるんだよ! 海賊のくせに細かいこと気にすんなっ!!」
と、向けようのない憤りを、よりによってカイルに向ける始末。
「バカ!」
べしっ、と、ウィルがナップの口をふさぐ。
「敵にくってかかるなんて、何考えてますのっ!!」
音高く、ベルフラウがその頭を引っぱたく。
だが幸い、カイルは海の男である。子供の叫びに、いちいち腹立てるよーな肝っ玉のちっちゃい人ではないのだ。
ちらりとナップを見、周囲の子供たちを見、アティとレックスを見、最後にに視線を戻した。
「……おまえの子供か?」
「そんなわけないでしょうがー!」
あたしはまだ、一応花も恥らう十代だー!
がなるの前に、つとレックスが進み出る。
「の知り合いなら……ここは退いてくれないか。行きずりだって云っても、顔見知りの相手と戦いたくないだろ?」
「おいおい、何云ってんだ?」
だが、カイルはにやりと笑うと、足を半歩、後ろに移動させる。
「こっちにゃ面子ってものがあるんでね。目当てのものを手に入れるまで、知り合いですかそうですかって、手を抜くわけにはいかねえんだよ」
すとんと降ろされた手に力が入っているようには見受けられないが、モーリンやらジンガやらを見ていたにはなんとなく、あれが構えのひとつであることが見てとれた。
レックスの腕は知らないが、カイルは少なくとも、あのふたりほどの実力があるだろうことは判る。
徒手空拳で戦う人間は、総じてその体捌きが尋常ではないこともあるし――
念のため、手をいつでも動かせるようにして、はふと、疑問をカイルに投げかけた。
「目当てのもの……ってことは、じゃあ」
「そういうことだ。アレは、この船に積み込まれてんだ」
でなきゃ、こんな実入りのなさそうな船、わざわざオレたちが襲うかってんだ。
「…………うっわぁ」
予想どおりのお答えに、は思わず頭を抱えた。
袖すりあうもなんとやらなどとは云うが、いったい何なんだ、このめぐり合わせは。
そこに再び、カイルの声。
「だからだ。オレたちは別に、それさえ手に入れば他に用はないんだよ」
おとなしく通しておくほうが、どっちにとっても無難だとは思わねえか?
……実はちょっぴり、心が揺れ動いたりして。
が、それはだけ。
カイルと初対面であり、おまけに攻めた側と攻め込まれた側という、一種最悪の状況で顔を合わせたレックスたちはそうはいかない。
「それは出来ない」
腰に佩いていた長剣を抜き、レックスがさらに前に出た。
同じように剣を手にしたアティが、こちらは子供たちを下がらせながら、彼らを守るように立ちはだかる。
応えて、カイルの重心が心持ち落ちる。
「……だろうな」
見たとこ、あんたらはそこらで寝てる奴と違って腕がたちそうだ。
「は下がってて」
「は、はい」
さすがに、世話になった人に剣は向けにくい。
そのあたりを察してくれたのか、レックスは、も後ろに下げた。
カイル対レックス。1対1の構図が出来上がる。
呼吸ひとつ。
するかしないかの間に、ふたりの足が床を離れる。
「行くぞ!」
「おおっ!!」
――――ズガアアァァッ!
「おぅわ!?」
「うわあっ!?」
肉迫しようとしていたふたりの、ちょうど中央。
狙ったわけでもなかろうに、まるで狙ったかのように、稲妻が一条、尾をひいて突き立った。
「か、雷!?」
こんないい天気なのになんで――
そう、空を振り仰ぎ、は、もう何度目か判らなくなった瞠目に見舞われた。
曇天。
そんな生易しいものじゃない。
どこまでも青かった空は、どこまでも暗く。
降り注いでいた太陽の光の代わりに、大粒の雨が断続的に降り始めていた。
そうして風。
最初はさわりと、頬をなでる程度。
だけど次の瞬間。
――轟ッ、と。
殴りつけるような暴風が吹き荒れはじめ、風呂釜でもひっくり返したかのような豪雨が、その場を見舞ったのである。