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【秘められていたもの】

- ハイネル・コープス -



 驚いたのは、説得第一弾の対象になってなかったヤッファがそこにいたことだ。
 レックスとファリエル、アティとアルディラ、とキュウマという組み合わせに関してはそう驚かずにすんだ赤髪三人は、海賊一家と子供たち、ヤッファという一番の大所帯に目を丸くしてしまった。
「ヤッファさん……どうして」
 ぽかんとした顔で、レックスがそうつぶやいた。
 応えたのは問われたヤッファではなく、少し後ろに佇んでいたカイル。
「ま、オレらなりに考えて動いてみたってことか」
「この子たちが帰るなり、喝を入れられちゃってね」
 スカーレルに示された子供たちは、どことなく照れくさがっている様子で顔を見合わせる。
 だが、その動作と沈黙ではすべての説明にならぬと判断したのだろう、誰が促したわけでもないけれど、アリーゼが前に出た。
「いつも先生たちに任せてばかりだから……」
「僕たちにも、何か出来ることがあるんじゃないかって考えたんです」
「――だから……」
 アリーゼ、そして後を続ける兄弟を見るレックスとアティの眼が、ゆっくりと細められた。驚きが、嬉しさに取って代わられる。
「……そっか」
「ありがとう、みんな」
 それを聞いた子供たち、ますます微妙な表情になって大人たちの後ろに隠れるように動いてしまった。アリーゼだけならともかく、ナップやウィル、ベルフラウのそんな仕草に、自然と空気が和む。
 だが、いつまでもそう気を抜いてもいられない。
 どうやら同じようなことを話しながらやってきたらしい一行のうち、ヤードがヤッファに問いかけた。
「ですが、施設が使えないというだけなら、それを廃棄していくだけでよかったのでは? ……過去起きた戦いがそれに端を発するというのなら、何故戦いは起きたのですか?」
 それに応える前に、ヤッファは他の護人を見渡した。
 軽く頷く者、彼を見返す者、そっと微笑む者。
 三者の反応をたしかめて、彼もまた頷いた。

「――いたからだよ。ひとりだけ……“核識”となりえた召喚師がな」

 その召喚師の名、それこそがハイネル。
 ハイネル・コープス。
 ファリエルの兄であり、アルディラのマスターであり、ヤッファ、そしてキュウマの主であるリクトの親友だったひと――


 限られた時間であれば、ハイネル・コープスは“核識”として完全な力を行使することが出来た。
 故に、派閥の幹部はそれを恐れた。島と、彼を恐れた。
「だから、全てを抹消しようとしたんです。兄の命共々……」
 ありえそうな話です、と、苦い顔でヤードが頷いた。無色の派閥がなんたるかを、彼は誰よりもよく知っているから。
「戦うしかなかった。あの人は、この島の全てを愛していたから……それを守るため、ためらいもせずに自分に出来ることをしたの」
 まさか、それは。
 話を聞いていた全員が、そう思ったのを見計らったかのように、
「そうだ。奴は“核識”となり、この島そのものを武器として抵抗する道を選びやがった」
 島そのもの。
 思わず、誰となく足元を――自らの立つ島を見下ろした。
「島を、召喚獣たちを守るために、他の方法などありませんでした。限界を超えてしまえば自分の命が潰えると知りながら、あの方は……」
 そんな、と。
 つぶやいたのは、誰だっただろう。

 確実に死ぬと判っていて、ハイネル・コープスはその道を選んだのだ。
 そう聞いて、動揺しない者がその場にいたろうか。
「……後は、以前話したとおり。“碧の賢帝”、そして“紅の暴君”という二本の魔剣によって“核識”は力を封じられ、この島の者たちは敗北した」

 ――――そして、ハイネル・コープスもまた、目覚めることのない眠りについたという。

 アルディラは云う。
「……遺跡を復活させれば、封じられた彼の意識も復活するかもしれない。それが、私の願いだった」
 その迷いが、私を破壊した。

 ファリエルは云う。
「兄さんに逢いたい。――それでも、私は、過去を知らずに生きるみんなの暮らしを守りたいんです」
 だから遺跡の復活は願えない。

 ヤッファは云う。
「ハイネルは夢見てた。召喚獣の楽園をな。……今のこの島は、まさに奴の夢そのものだ」
 それに、オレは、ヤツをこのまま休ませていてやりたい。

 キュウマは――
「……」
 何も云わずに、目を伏せていた。
 その佇まいは周囲を拒絶しているようであり、ことばを探して逡巡しているようであり……そんな彼にどう話しかけるか、その場の誰もが迷ったときだ。
 は、何も云わずに手を持ち上げ――

 どすッ、と、キュウマの背中目掛けて垂直に手刀をお見舞いしてみた。

「ぐっ……!? な、何をするんですか!?」
「いや、なんかこう硬直状態が続きそうだったので」

 背中を押さえて振り返るキュウマ、そんな彼にしれっと返答する。以上のやりとりの間に、周囲にいた面々の目は点になり、会話が終わると同時に全員、その場に見事腰砕け。どどどっ。
「…………あんた、本当に肝据わりすぎ……」
 よろりら、身を起こしたソノラのことばに、は「てへ」とメイメイさん笑い。
 頭の上でプニムも以下略、もとい以下同文。
 別に、ね。――は思う。
 うん、別にいいんだけど。キュウマさんがなんで喚起の門復活にこだわるか、それ、前にヤッファさんたちと話したしね。予想、ついちゃってるんだけどね。そのこと、話してもいいんだけどさ。
 ……でも。やっぱり、本人が云わなくちゃ意味がないんだよ、こういうの。
 だから、ヤッファもファリエルも、何も云わずにいるのだろう。
 改めて一同の視線を受けたキュウマは、ついーっと目を逸らすを――無言の抗議を込めた視線で――一瞥し、僅かに肩を上下させた。
「自分の望みはただひとつです。ミスミ様とスバル様をシルターンへと還す、そのために喚起の門を復活させ、あの方を復活させること」
 召喚獣を元の世界へ還すことが出来るのは、召喚した者のみ。
「そっか……それで……」
 何かを考えるようにして、レックスが応じた。いつか、喚起の門へ連れていかれたときのことを思い出しているのだろうか。
「――さて、センセ、どうするの? これじゃ、全員の願いをいっぺんに叶えるなんて無理よ」
 そんなレックスに、そしてアティに、スカーレルが告げた。
 腕を組んだ彼の視線は、ゆっくりと護人たちを一巡し、最後に、魔剣の継承者たるふたりへと戻る。
 一同の視線もそれを追って、自然、ふたりに集中した。
 が、その間を縫うように、アルディラがつぶやく。
「願いなんて……私は、もういいのよ。壊れてしまった以上、私は何も決めることが出来ない。すべて、あなたたちに委ねるわ」
 ことばの陰に、それは見え隠れする。
 壊れてしまいたい――殺してほしい。
 そんなふうに投げやりな彼女を見て、レックスが、アティが、何かを云おうとしたけれど。
 それよりも先に、ヤッファがつづけた。
「そのとおりだ。決めるのはオレたちじゃねえ」
「おい! あんたまで――」
 カイルが声を荒げる。
 けれど、護人たちは、静かに一行を、いや、レックスとアティを見つめていた。
「解放されつつある力を完全に解き放つのも、再び封印するのも……剣の継承者にしか出来ないことです」
「だから、あなたたちが決めてください」

 ――自分たちは、それに従うから。

 真っ直ぐに見つめる四対の瞳。
 四人の護人からそう告げられた、ふたりの継承者。

 彼らは、僅かの間瞼を伏せて……ゆっくりと、かぶりを振った。


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