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【秘められていたもの】

- 護人特攻作戦会議 -



 なんとも微妙な遭遇を終えて、頭をひねりつつ船に戻る道を歩いていた、今度は目を丸くする羽目になった。
 木立ちの向こうに、何やらとっても気合い入ってます! 的空気を振り撒いてずんずか歩いている赤い髪のふたりを見かけたせいである。
「あ! !」
 今朝方まで、どこかぎこちなかったレックスが、こちらに気づくや否や、晴れやかな笑顔を浮かべて手を挙げた。
「おかえりなさい! ちょうどよかった!」
 あまつさえ、アティがそのまま抱きつきそうな勢いで、下草蹴散らし走ってきて……本当に抱きついてきた。
「むぎぅ。」
「あれ?」
 瞬間的な呼吸困難に陥った、あわや生命の危機か――と思われたものの、幸いにして、アティは即座に身体を離し、代わりとばかりにをぐぐっと覗き込む。
! 肩、どうしたんですか!?」
 巻かれた布、そこににじんだ赤いものを認め、彼女が叫ぶ。
「あ」忘れてた。「いやその……はぐれに遭いまして。撃退しましたけど」
 はは、と笑って付け加える。
「もう痛みもないですから、だいじょうぶですよ」
「よくないよ。――ピコリット、お願いしていいかな」
 会話の間に召喚術を行使したレックスが、現れた小天使に、の傷を指差して問うた。ピコリットは一度頷くと、やわらかな治癒の光を降らせて消える。
「……うーん。改めて思うんですけど、便利ですよね」
 むしろ、便利すぎて怖い。
 ちらりとそんなことを思って、腕を振り回す。痛みも、ひきつれたような感覚もなく、腕は普段どおりに戻っていた。服はしょうがないが、念を入れて洗えばどうにかなるだろう。
 と、改めてアティが問いかけてきた。
「あの……、今から暇ですか?」
「へ? 暇……じゃないって云えば嘘になりますけど」
「そっか! よかった! これで三ヶ所攻められるな!」
 唐突な質問に答えるや否や、アティはぱあっと破顔し、レックスが手のひらを打ち合わせて、やけに物騒な発言をなさる。
 なんなんだ、このハイテンションぶりは。
 そして、どういう心境の変化で攻撃の相談なんかしてるんだ。
「あ」
 が目を白黒させていることに、そこでようやくふたりも気づいた。
「ごめんごめん。驚かせちゃったみたいだな」
「そりゃもう。……で、どこか攻め落とすんですか?」
 ははは、と、レックスとアティが笑い出す。
「違いますよ。攻めるのは軍隊とかじゃなくって、護人のみなさんです」
「は? そっとしとくんじゃなかったでしたっけ?」
「うん、そのつもりだったんだけどね。今日の授業が終わったあと、ナップたちに怒られちゃったんだ。それって逃げてるだけじゃないのかって」
「……ほお」
「それで目が覚めました。――向こうの皆さんが動かないなら、わたしたちのほうから動けばいいんです!」
「……どっちが先生かわかりませんね」
「ええ、本当に」
「知らないうちに、みんなたくましくなるんだもんなあ」
「……その感想は微笑ましいですが、何かどこかが激しく間違ってるような…………いえいいです、幸せなら」
 両目にお星様をまたたかせるレックスとアティを正視できなくなったは、遠くあさってを見つめてつぶやいた。
 まあ要するに、あれか。
 いつまでもうだうだやってるくらいなら、こっちから突っ込んでしまえ、と、子供たちに喝入れられたということだ。
 たぶん明日くらいにはもその境地に達したような気はするが、さすが子供たち。思い立ったが吉日というか、行動が早いというか、思い切りがいいというか……って。
「で、そのナップくんたちは?」
「ああ、授業でアールたちとの協力攻撃を編み出したんだ。午後はいっぱい、そのへんで練習をしてるはずだよ」
「……」
 云われて耳を澄ましてみれば、木々の向こうから、『ちゅどーん』とか『どかーん』とか、おおよそレックスの微笑ましい笑みと語りからは程遠い爆音が木霊しているような。
 あえてそこには突っ込まないことにして、は「それはおめでたいですね」と、無難な感想をひとつ述べるだけに留めておいた。
 それから、話を元に戻す。
「そういうことならお手伝いします。……けど、カイルさんたちには云ってかなくていいんですか?」
 改めてふたりの姿を見てみれば、例によってと云っていいものか、授業で使った道具入りの袋を抱えた大荷物付き。おそらく、授業後子供たちに喝入れられて、そのまま飛び出してきたに違いない。
 カイルたちは授業が午前中で終わると知っているのだから、午後になっても一行が戻らねば、心配されるだろう。
 と思ったのだが、レックスもアティも笑顔のままかぶりを振った。
「それはだいじょうぶ。ナップくんたちは、お昼になったら船に戻ることになってますから。そのついでに、お話してくれるはずです」
「なるほど」
は? 昼までに帰るって云って来た?」
「いいえ。適当にぶらついて帰るから、お昼は準備要らないって云ってます」
 幸い、この島には自然の恵みが目一杯ありますしね。
 話をしているちょうど頭上、たわわに実った何かの実を指差して云うと、レックスもアティも「そうだね」と、笑って頷いた。
 そのとき三人が三人とも、島に流れ着いた初日、魚を釣って食べたり木の実で喉の渇きを癒したことを思い出していたことは――とりあえず、確認するまでもない。

 そしてそのまま、その場で昼食。
 腹が減っては戦は出来ぬ。もとい、説得は出来ぬ。
 の指差した果物は実に甘くて美味しくて、傍の崖で釣り上げた魚もいい感じに油がのっており云うことなしの身のしまり。
「……でも、三ヶ所攻めて、残り一ヶ所は?」
「ああ、それならだいじょうぶ」
 焼きたての魚をほくほくと口に運びつつ交わされるのは、決意と現状のわりに、結構のどかな会話。
「うん。わたしがアルディラさん、レックスがファリエルさんのつもりで……このふたりのあとに、キュウマさんとヤッファさんに行く予定だったから」
 だから、残りひとりは誰かが終わり次第向かうってことで。
「四人全員、ふたりで説得かける予定だったんですか!?」
「ああ」
「ええ」
「…………せめて誰か引っ張ってきましょうよ」
 なんでこう、このひとたちって、自分らばっかり頑張ろうとするかなあ。
 ちょっぴし複雑な思いで、はレックスとアティを順繰りに眺め、考える。
 かなり骨の折れること、仕事量と人間量の対比が2:1どころか3:1はありそうなことをやろうとしながら、実にあっけらかんと、何の気負いもない彼らの表情。
 誰だったっけ。先生たちは頼りになる、と、誰かがふと零してた日常の一幕を思い出す。
 その根拠の一端は、今みたいな彼らの表情が担っているということに、間違いはないのだろうけど。実際、レックスもアティも、それを大した負担ととってないからこそ、そんな表情が出来るんだろう……けど、それってどうなのかな。
 なんて考えてしまった、つい、それを口にした。
「も少し、みんなを頼ってみてもいいんじゃないですか?」

 ――――突っ走った奴が何を云う。

 ここに聖王都の仲間がいれば、即座にそんなツッコミが入りそうな一言だった。
 だが、ここは遥か時の彼方。
 遠い明日に手をとる仲間たちは、まだ生を受けていないか、受けていても幼い時代。
 そして、レックスとアティはその事実を知らない。
「でも」、
 だからふたりは笑って云った。
「俺たちでどうにか出来るところまでは、がんばりたいよ」
「そうですよ。みんなの負担が少しでも減るなら、それでいいじゃないですか」
「――――」
 ああ。
 またしても何かが引っかかる。
 それが違和感ということは判るのに、違和感を感じる理由だけが判らない。
 それが不自然だということは判るのに、何がどう不自然なのかが判らない。
 だってふたりは笑うから。
 とてもやわらかな、あたたかい笑顔をつくるから。

 ……笑顔の奥を、見せぬまま、ふたりは微笑みつづけているから。



「…………」

 考える、必要がありそうだ。
 昼食を終え、組み分けしたそれぞれの集落へと別れて歩きながら、そう思った。
 考えなくちゃ、いけなさそうだ。
 自分の突っ走りを棚にあげているつもりはないし、ふたりを蔑視しているわけでもない。
 だというのに、レックスとアティが、彼らだけで頑張ろうとしている姿を目の当たりにしたときだけに、覚える違和感の正体を――考えろ。そして突き止めろ。
 そのために、あの遠い明日、駆け抜けた戦いの日々を思い出せ。
「……」
 遠ざかる、黒い背中を思い出し、
「――だいじょうぶだよ、ゼルフィルド」

 あたしはほら、こうして歩きつづけてる。

 ……みんなで幸せになるために

 遠い、遠い時の果て。
 ただひとつ、祈りつづけて走りつづけた。
 あの日々を思い出すことに、今はもう、抵抗を感じることはないから――


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