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【旧王国VS帝国?】

- 薄闇の記憶 -



 ――記憶は、薄暗い。
 ――記憶は、激痛と辛苦。

 石畳の牢。遥か高い位置にあった、明り取りの窓。
 繋がれた腕。鉄の輪の食い込んだ手首の肉は、擦れて剥け、肉が剥き出しになって膨れ上がっていた。
 焼き鏝を押し付けられた左右の頬は、醜く爛れているのだろう。己の目では、ぐずぐずになった部分がちらと見えるだけだが。
 垂れ流しの汚物。臭いは今も、鼻の奥から消えない。
 塞がらない傷。何度もつけられる傷に、自然治癒は追いつかない。
 周囲にいた、同じ軍であったモノ。すでに肉塊。
 呼吸をしていたのは、覚えている。ただ、生きていたのは自分だけ。
 ああ、オレもそうなるのか、と。
 ぼんやりと、それらを眺めていた。

 ……扉が開く。
 金属の軋む音を立て、重い、重い、扉が開く。
 入ってくるのは、鞭を手に持った男。
 人間味を消して恐怖を与えるためだろうか、黒一色の服に、頭からすっぽりとかぶった頭巾。

「――――」

 鞭が揮われる。

「――――!」

 皮膚が裂けた。
 血が吹きだした。
 一晩をおいて鈍ろうとしていた痛みが、またしても全身を駆け巡る。

 男が何を云っていたのか。
 自分が何を叫んだのか。

 今となっては、単語さえも覚えてはいないのだけれど。

 ……ただ、薄暗さと、痛み。
 ……肉塊になった同胞。
 ……なり損ねた自分。

 なろうと思えばなったはずだった。
 ならなかったのは、どうしてか。

 ――――簡単だ。
 繰り返される責苦が、止まったからだ。

「――――」
「――――!」

 叫ぶ者が変わる日まで生き延びた、ただそれだけに過ぎない。
 牢へ侵入した帝国兵が、それをなした。
 黒ずくめの男が肉塊に加わり、肉塊にならずにいた彼が連れ出された。

 その叫びを最後に、彼は、薄暗い場所から逃れたのだ。

 ……彼だけが、そこから逃れた。
 ……薄暗い部屋に、多くの肉塊を置いて。
 それ以上に多くのものを、置いて。

 置いてきた代わりに得たものは、旧王国への憎悪。そして、――


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