その力、至源より生じ、あまねく世界に向けて通ずるものなり
彼の者の声、すなわち四界の声なり
彼の者の力、すなわち四界の力なり
四界の意志をたずさえ、悠久に楽園の守護者となるべき者
誓約者――エルゴの王
「これは、エルゴの王を謳う伝承やおとぎ話の冒頭に、必ずと云っていいほど加えられる一節です」
「無色の派閥にも、そんなの伝わってたんですか」
「……たまに思うんですが、さん、どうも目をつけるポイントが人と違いますね」
感心しきりののことばに、ヤードは苦笑して「仮にも召喚師の集団ですから」と、問いを肯定した。
喚起の門に突入し、くんずほぐれつというか事態を余計絡まらせたんじゃないかという一件を起こした、その翌朝である。
会話は単発、仕草はぎこちない、だのに誰も何も突っ込まない、というなんとも気の重い朝食を終えた後、はヤードを誘って、船の甲板で潮風に吹かれていた。
青空をバックに佇む黒ずくめヤードは、わりと目立つ。色だけ指摘するなら怪しいことこのうえないが、浮かべた穏やかな表情で相殺、どころか補って余りあるほどだ。
実際、もその癒し的効果の恩恵に預かりたくて彼を連れ出した――というわけではない。
本命は、昨日の顛末。
自分が風雷の郷、プニムがラトリクスへ、それぞれの護人たちの様子見と足止めに出ていた間、遺跡で何が起こっていたのかを問うためだった。
そこでどうして誓約者の話が出たかというと、遺跡の内部がそういう仕組みだったからだとか。
なんでも、がアタックかました遺跡にあったあの装置、四界の力とか技術とかを結集させて造られたものらしく、それこそ誓約者レベルの魔力を引き出せるんだとかなんだとかうんぬんかんぬん――
実は、ヤードは召喚師的な専門用語を用いて説明してくれたのだが、まあ、噛み砕けばそういうこと。
要するに、とんでもないモノが、あのなかにはあったのだ。
「私も、詳しく把握しているわけではありませんが」
そう前置きして、ヤードは当時の様子を語る。
装置を動かすために、レックスとアティが抜剣変身したこと。
剣を装置に接続――というか挿入?――したとたん、ふたりが苦しみだしたこと。意味不明の叫びを発し、それが“書き換え”の始まりだったのだろうということ。そのときに、彼らを覆っていた魔力障壁が出現したということ。
どうにか破ろうとしている最中に、まず、キュウマが姿を見せ――
「……あとは、さんも見たとおりですよ」
「……うーん」
ヤッファの云っていた“書き換え”。
フレイズの云っていた“魂の消滅”。
状況とそれらを照らし合わせて考えて、出てくる答えは、
「自我の消滅と、乗っ取り……でしょうか」
のことばを聞いて、ヤードは少し目を丸くする。それから、頷いた。
「ええ……おそらく、そうだと思います。それにしても、よく、すぐにその結論が出てきましたね?」
「……ちょっと、昔、似たようなモンでえらい目に遭ったことがありまして」
云うまでもない。
禁忌の森の奥深く、封印されていた遺跡。
クレスメントとライルの遺産、召喚獣の自我を消し、機械魔として生み出すおぞましい装置――今はまだ、かの一族の末裔を待ち、眠りつづけているだろうその代物のために起こった騒動。思い出すのは容易なことだ。……積極的に思い出したいものではないが。
「苦労、されたのですね」
視線を海に向けたに、何を見たのか。ヤードが、どことなし労わるようにつぶやいた。
「いえ。終わったことですし」
それより、と口にしかければ、彼もまた、心得た様子で頭を上下させる。
「そうですね。――今は、この島の……」
「喚起の門とあのなかの装置。あと、魔剣、護人のひとたちのしがらみ」
「……もう少し、派閥の文献を漁っておけばよかったと、今、後悔していますよ」
目の届く範囲だけではなく、導師級の者しか閲覧を許されぬ禁書にも、手を伸ばしてみるべきだった、と。
苦笑して、ヤードは云った。
も、苦笑いして軽く頷いた。
数日が過ぎた。
島の日々は、いつもと変わらない。
朝を迎え、食事をとり、授業をして、解散し、船に帰り……
喚起の門に突入したあの日以前のそれと、レックスたちの暮らしは表面上、何も変わっていないように思えた。
だが、スバルを迎えに風雷の郷に行っても、キュウマはいない。ミスミも心配しているというのに。
パナシェとマルルゥにそれとなく様子を訊いてみても、ヤッファは庵に篭っている、という返事しかもらえない。
毎日ラトリクスに行ってるプニムは、そのたびにクノンに門前払いされて早々と帰ってくる。
狭間の領域で伏しているというファリエルへ、一度見舞いに行こうとしたら、これもフレイズに門前払いされた。
……彼らは云う。
逢わずとも、口にせずとも。
代わりの誰かが、その行動が。
そっとしておいてくれ、と、云っていた。
……も云う。
「そっとしといてくれません?」
今、わりと取り込んでたりするんですけど。
ビジュは云う。
「そりゃ、そっちの都合だろうがァ?」
あるーひ、もりのっなっか♪
びじゅさーんにっ、であーったっ♪
……えんどれす。