そうして、はここにいる。
夜も更けたころ、こっそり船を抜け出して――やってきたのは、いつか帝国軍に人質にとられた岩場。それより新しい記憶としては、イスラとふたりでやってきたこの場所だった。
「……」
肌寒さを覚悟してはいたが、今日の風はさほど冷たくもない。
背を預けた岩の奪う体温はそう多くはなく、はその姿勢のままで、あの後の、そしてこうして船を出てくるまでの出来事を頭の中に描いていた。
――あのあと。
敵陣に殴りこみかけるなんて無茶すぎる、と、カイル一家に散々怒られたあと。
長居は無用と誰かが云い、それに背中を押されるようにして、全員で遺跡を後にした。
誰も何も云わぬまま。
誰も視線を合わせぬまま。
黙々と足を動かし、入口を出、とっくに夕暮れに染まりだした森を歩き……別れて。
戻った先、船にメイメイがいたのにはちょっと驚いた。なんでも、訪ねてきたら無人状態だったので、それじゃ危ないと見張りをしててくれたらしい。今度お酒を持ってお礼に行くから、と、帰ってゆく彼女にひとまず感謝。
それから船にあがり、灯した明かりを見て、ようやっと、息をつけた。
でも、それはカイルや子供たちの話。
レックスとアティは疲労もあって、そのまま自室に引っ込んだし、残された一同だって気を抜いたら抜いたで身体も心も重くて……やっぱり、誰もがことば少なにそれぞれの部屋へと別れていった。
ああ、ソノラとは同室だから少し話した。
とはいえ、今日の出来事にはさして触れず、おなかが空いてないかとか、就寝の挨拶とか、そんな程度だったけど……そうそう、プニムがいつの間にかいなくなってたことも、話題にのぼった。
たぶんラトリクスに――アルディラのところに行ったのだろう、と、は云い、ソノラもそれに納得したから、これもそう長い話にはならなかった。
もっとも、そうしているうちに、意気消沈したプニムが戻ってきたのだけど。
駆使されるジェスチャーを解いてみた結果、アルディラは一室に篭ってしまっていて、誰にも逢いたくないと云っている、と、クノンに追い返されてきたらしい。
それを聞いて、とソノラは、やはり重い気分で顔を見合わせたものだ。
どちらからとなく潜りこんだベッドに、プニムものそのそとやってきた。
就寝には早過ぎる時間ではあったものの、おそらく、そう間も置かずに睡魔へと身を委ねたはずだ。
しかも、相当深い眠りだったと思われる。――何しろ、ほんの数時間眠った程度だというのに、指定された時間間近に目を覚ましたとき、眠る前の疲労が嘘のように消え去っていたのだから。
デグレア軍の行軍のときも、たまにそんなことがあった。
短時間で深く眠れば、睡眠に時間を割かれずに済む、と、教えてくれたのはルヴァイド。彼はそれに慣れていたんだろうが、あの頃の自分にはまだまだ難しく、短く深くと念じる分だけ眠れずに困ったこともあった。……何回かに一回は、ま、成功したことだってあるけども。
「……よっぽど疲れてたんだろーなぁ」
そんな体調の不思議さと、起きてベッドを抜け出すに気づきもしないで熟睡してたプニムとソノラとを思い出し、ひとり、ごちる。
発したことばはすぐに夜風にさらわれ、かき消える。
「だろうね」
はずだった、けれど。
まるで最初からそこにいたかのように、世間話の相槌のように。頷きながらやってきたのは、イスラだった。
「……やあ」