……思考をかき乱す奔流に、翻弄されていたのはどれくらいの時間だっただろうか。
まばたきで何かが切り替わったわけでもあるまいが、まあ、閉ざして持ち上げた瞼の奥にある眼がそのとき映したのは、青いやわらかな生き物だった。
「ぷ……」
なんだか泣き出しそうな顔で、プニムはを見下ろしている。
ああ、地面に張り付いちゃってるからか、と、滅多に拝めない視点の理由を、のんびりと考えた。
「ぷーぃ……」
「……ん」
あと一歩返事が遅ければ、プニムの眼に溜まった涙はぼたぼたと零れ落ちていたかもしれない。
だが、かすかにつぶやいたの声と、緩慢ながら伸ばされた手に、プニムの表情が輝いた。
「ぷ!」
「ごめん……だいじょうぶだから」
「ぷい、ぷ」
鉛でも詰め込んだような重さを感じながら、頭を、上半身を持ち上げる。ほどけたままの赤い髪が、肩を撫でて背に流れた。
血が一気に流れ出すのを感じる。
くらり、傾いだ身体を、片手をつくことでどうにか支えた。
「ぷ」
「うん、平気」
おまじないのつもりだろうか。小さな手で足を撫でてくれるプニムの頭を、空いた片手の――甲で優しくたたく。
それから、目を閉じて頭を数度左右に振った。
また、ちょっとくらっとしたけれど、それで血の流れは正常に戻る。
「……」
土と、赤い汚れのこびりついた手のひら。
それを見つめるの膝を、プニムが、呼びかけの意を込めてたたいた。
「なに?」
「ぷ」
毎度思うのだが、プニムはどこにそんなものをしまっているのだろう。普段なら真面目に考え込むところなのだが、今はそんな精神的な余裕もない。
見守るの前に、そうしてかざされたのは、サイコロ程度の大きさの機械だった。
「ぷ、ぷーぷ」
ぎこちない手つきで、プニムは機械をさぐり――かちり、音がした。何かのスイッチを入れたらしい。
『』
そのとたん流れ出した声に、は目を見開いた。
だが、勿論声の主はそんなこと知る由もない。早口に、その用件だけを告げていく。
『喚起の門で何かが起こったわ。他の護人も気づいていると思う、私は今から遺跡へ向かうけれど――もし、貴女さえよければ。来てちょうだい』
小さな機械は、再生を兼ねた録音機なのだろうか。そう思ったとき、アルディラのことばが途切れた。
ここで終わりか、と。立ち上がろうとするを、だが、プニムがかぶりを振って止める。それと同時に、『それから』と、逡巡の間を置いたらしいアルディラの声が、続きだした。
『……レックスたち……特にアティには決して知られないで。彼女たちを遺跡に近づけさせてはならない、そうでないと』
今度の逡巡は、もっと長かった。
だが、それだけ重いことだったのだろう。聞いたも、そう思ったのだから。
『そうでないと――喪われるわ』
ブンッ、と、音がして、声が途切れた。
自動停止の機能もついているのか、小さな機械はかすかにたてていた駆動音を消し、ただの金属の塊も同然。
「――――」
何が。
誰が。
そう問うまでもない。問う相手も、ここにはいない。
はプニムの手から機械を取り上げると、それを懐に押し込んだ。それから立ち上がる。
すでに境内の入り口めがけて走り出していたプニムを追いかけ、足を踏み出した。誰かが掃除しているのだろう、普段はきれいに整えられている砂利や砂が、の一蹴りで乱雑に舞い上がる――いや、キュウマが姿を消す前からその場はいいように荒らされてはいたのだが。
数秒もたたぬうちに人気のなくなった境内に、空しく風が吹く。
風は、ざわざわと周囲の竹を揺らし、何事もなかったかのように吹き過ぎて行った。