――それはまだ、夜が白み始めてもいないころ。
砂浜に停泊している海賊船から、ぞろぞろと、人影が連れ立って出てきた。影を数えれば、それは、船で普段寝泊りしている全員分に等しい。
こんな時間から誰かがいるはずもないのだが、彼らは人目を憚るように、船の陰へと移動する。
マフラーを巻いた青年と思しき人影が、念のためとばかりに周囲を見渡して、出来るかぎり顰めた声で一行に告げた。
「……よし。誰もいないみたいだな」
「いるわけないじゃん」
と、欠伸混じりの少女の声が云った。
がっくり肩を落とす青年の影を、マッシュルームを連想させる人影が、ぽんぽんと叩いてやっている。
「じゃあ、おまえら。手はずはいいな?」
上着を羽織った人影が、一行を見渡すようにして云う。
幾つかの影が、頷いて応えた。
「何が出るか判らねえからな、踏み込むのは日が昇ってからだ。だいたい、それを目安にしてくれ」
「はーい」
長い髪を頭の上部でくくった人影が、軽く手をあげた。その足元、ぷにっとした印象の影が、同じ様な動作をしている。
「何もなけりゃ昼までには戻る。何かあったら……ま、そんときはそんときか」
実にアバウトなことこの上ないが、一行は真面目に頷いた。
それから、マッシュルームの人影が僅かに首を傾げる。
「でも、本当にアルディラさんとキュウマさんだけでいいんでしょうか? ファルゼンさんは本調子じゃないかもしれないけど、ヤッファさんは……」
「ああ、それならたぶん問題ないわ」
そう答えたのは、何やらもこもこしたものを身に巻いてる人影。
「昨日お酒を付き合ったついでにね、探りを入れてみたの。彼、普段はたいてい、日が中天近くなるまで庵から出ることってないんですって」
「……怠け者の庵、ってか」
ははは、と、四つ並んだ小さな影のひとつが、乾いた笑いをこぼした。
その隣では円筒形の帽子をかぶった影とミニマッシュルームの影が、嘆息めいた動きで肩だか頭だかを上下させる。ツインテールの影が、ちょっぴりぎこちない動きで首を傾げた。
じゃあ、と、最初に声を発したマフラーの人影が、ポニーテールの影とその足元の影を振り返る。
「アルディラさんとキュウマさんの時間稼ぎ、お願いするよ。でも、無理はしないでくれ」
「……ボロが出そうになったら逃げます」
「プニムは、楽しいからいいものねえ?」
ポニーテールの人影が頷き、もこもこの人影がそう云って、
「ぷいっぷぷー」
と、足元の影が肯定するように伸び、縮む。
その影を抱き上げて、ポニーテールの影が一行を促した。
「まあ、一応策もないことはないですから。中船に乗ったつもりで、いってらっしゃい」
「嘘でもいいから、大船くらい云ってよね」
欠伸混じりだった少女の声がそう応じ、人影一行は二手に分かれて歩き出す。人数が少ないほうの一方は、しばらく進んだところで、さらに別の方向へと別れた。
そうしてものの数分もしないうち、その場から人の気配は完全に消えた。
……と、思いきや。
がさごそ。
「にゃふ」
茂みを揺らして、人影がひとつ戻って――きたわけではないようだ。先ほどの一行のなかには見られなかった、お団子にツノの生えたような髪型のシルエット。
その人影は、足取りも軽く船に近づき、さして意味もないのだろうがくるりと回転、手のひらを額にかざして周囲を見渡した。
「おややや……こう来ちゃうワケかあ」
自分以外、ひとっこひとり存在しない砂浜で、所在なく佇んで。
人影は、「うーむ」と腕を組む。
「碧と紅、元気だわねえ」
判じ物めいたことをつぶやいて、今度は、ゆっくりと視線をめぐらせた。
海。
砂。
空。
木。
存在するモノたちを通し、別のものを見ようというのか。ゆっくりと、しんしんと。周囲にある大気さえ、その人影の動作で揺らぐことはないほど。
「――観るの? 私」
遥か、夢幻の最奥。
「――……観るわよね。そのためにだけ在るんだし」
眠りつづける、
「……なんだかなぁ」、
一度だけ小さくかぶりを振って、人影は、誰かへとも自分へともつかぬ語りかけを止めた。
「ま、いいけど。結局、傍観者でしかないわけだしね?」
ほんの少しの自嘲とともにつぶやいて、人影は止めていた足を動かすと、船の傍へと近寄った。
いつぞやも腰かけた樽に腰かけ、「んー」と欠伸ひとつ。
「よし。下僕は下僕らしく、云われなくてもお船の番をしてあげまっしょー♪」
腰に下げた酒瓶を手に、しごくご機嫌に告げたそれは、誰に届くこともなく。
……そのころには、朝陽がゆるゆると昇り、島を照らし始めていて。
夜の闇に眠っていた島が目覚め、少しずつ活動を開始しようとしていた。
そんな息吹に混じって、別のモノもまた、目を覚まそうとしていることを――果たして、このときの誰が知っていただろう。
……来い、適格者よ
紫に染まる空の端を一瞥したメイメイの眼は、幾分、不快な感情を宿して細められていた。