消化不良の気持ちを抱えて船に戻ってみたところ、夕食の席で、今日は実にコトの多い一日だったのだと判明した。
切り出したのは誰からだったか、とりあえず、時系列順に説明するならば、スカーレルに拉致されたカイルの話からだろうか。
どこぞと知れぬ海岸につれていかれたカイルだったが、どういう運命の悪戯か、スカーレルのお仕置きは受けずにすんだらしい。というのも、その海岸には、先刻別れたばかりのオウキーニと、その兄貴分であるジャキーニ、そして手下たちが先に陣取っていたからだ。
すわ戦闘かと身構えてはみたが、そんなふたりにジャキーニたちが示して見せたのが、ミスミ宅の蔵の掃除をさせられ、もとい、してたら出てきたという宝の地図。かっぱらってきたらしい。やること全然変わってないな、こいつら。
ともあれ、お宝のにおいとくればカイルもノる。ヒカリモノにはスカーレルだって目がない。
ってことで、地図の端っこに書かれている“呪いあれ”という文章も、それを気にするオウキーニも無視して、ふたり増えたその場の全員は、一名を覗いて砂浜の掘り返しに没頭。
「――で」
「出たんですのね」
「そ。デたわけよ」
ふ、と遠い目になるスカーレルの言どおり、掘り返すうちに出てきたわけだ。
宝箱が。それと、亡霊が。
眠りを妨げる者に呪いあれ。
それが、地図に書かれてた文章。そして、そのとおり、ざくざくと砂浜を掘り返したジャキーニ一家とカイルとスカーレルは、かつての海賊たちの亡霊と戦うことになっちまったのである。
「倒したんですか?」
「ああ。倒したぜ?」
それがどうかしたか? と、首を傾げるカイルに対するの説明は、もうちょっと後の話だ。
てんやわんやの後、宝箱から出てきたのは、幾つかの品と、血染めの海賊旗。
かつてこの島に流れ着き、海に戻れぬまま息絶えた者たちのなれの果てなのだろうということは、容易に推察できた。
「……これ?」
「そう」
壁の一角を彩る、昨日まではなかった“血染めの”海賊旗を指さすナップに、スカーレルが頷いてみせる。
「ジャキーニったらね、そいつらだって海に戻りたいはずだ、だからおまえらが持っていってやれ……ですって」
それで頷いて持ってくるほうも持ってくるほうだが。
一応、帰還前にヤッファに見せてみたところ、呪いのたぐいはかかってないということで、こうしてお持ち帰りとあいなったらしい。
ああそうそう、なんかかわいい獣人の子がオウキーニを探してたそうだ。春が来たのだろうか。
いや。いいけどね。旗のことも、いいけどね。
でもここ、食事する場所でもあるんだけどな。
そんな一部の微妙な表情はさておいて、次はレックスたちの話。
学校を終えて船に戻ってきた彼らが昼食を終えたころ、アルディラがレックスとアティを訪ねてやってきた。
用件は、クノンのこと。彼女の様子がおかしい(具体的には、口数が少なくなってアルディラを避けてる節があるとか)ので、以前彼女から何か相談を受けてたふたりに、何かなかったかと尋ねるために。
話を聞いたレックスとアティ、それならクノン自身に話を聞いてみるべきだ、と、三人でラトリクスにトンボ帰り。
蛇足だが、その少し前に、は手を洗うべく森に踏み込んでいた。
そうして、当のクノン。たしかにつっけんどんで、どこか拗ねてるようだったらしい。アルディラが話しかけてもけんもほろろ、すぐさま出て行こうとしたのだけれど、
「いきなり、変な声出して倒れちゃってね。俺たちもびっくりしたけど、アルディラが一番慌ててた」
「すごく取り乱してたんですよ。普段の彼女からは、想像出来ないくらいだったんです」
ふうん、と、一部から感心とも感嘆ともつかぬ声が漏れる。
そんなふうに慌てたということは、やはり、アルディラにとってクノンは大事な存在なのだということだから。
ともあれ、処置室に寝かせて彼女の修復について、レックスたちは話し合っていたのだけれど、そこで事態が急転直下。
クノンが、自分を処分しようと、スクラップ置場に向かったのだ。
「――それもこれも、判ってしまえば、なんてことなかったんだけどね」
あのときは、本当に焦っちゃったな。
照れたように笑うレックスを、アティが微笑ましく見守って、云った。
「クノンはですね、アルディラに“うれしい”って思ってほしかったんです」
「スクラップ置場で?」
おうむ返しにつぶやいたナップに、「そんなわけないだろ」と、呆れたウィルのツッコミが入る。
むくれる兄をさておいて、彼は軽く目を伏せた。
「機械人形なんですよね、クノンは。だから、“うれしい”定義が見つけられずに悩んでたんじゃないですか?」
「ええ。それで、アルディラを笑わせることの出来るわたしたちが憎い、って怒られちゃいました」
「……怒られた、ってレベルなの?」
ところどころ微妙に焦げてるアティの髪を一瞥し、ソノラ。
だが、家庭教師ふたりは「あはは」と笑うばかりで、誰が迫ってもそのあたりは教えてくれなかった。
「でももうだいじょうぶ。クノンも、アルディラも、きっとね」
自信満々告げられたことば――それもあるが、まあ、ふたりの顔に残る切り傷とかコゲコゲの跡に免じて、それ以上の追及をする者はいなかったけれど。
……で。
時系列的には最後になる、の話だ。
今までの、どこかあたたかみのある話とは一線を隔したの体験に、室内の空気はみるみるうちに重さを増していく。あ、決して血染め海賊旗のせいじゃないぞ。
ちなみに、ファルゼン=ファリエルのことは、どうにかぼかした。レックスたちも怪訝な顔ひとつせず聞いていたから、それで正解だったのだと思う。
「じゃあ、あいつらも……?」
「ええ。たぶん」
ちら、と血染めの海賊旗を見やるカイルに、頷いてみせる。彼の話のとき、が不安に思ったのがそれだ。
いくら宝に執着があったとしても、亡霊という形で残っているのは、やはり、この島の特性ゆえなのではなかろうかと。……幸い、彼らは自分の意志で眠っているようだから、下手に起こさねばだいじょうぶだろう。
だが、問題は、すべての原因であると思われる遺跡周辺の亡霊だ。
「つまり――倒しても倒しても、ただ実体化する力を失うだけ。魔力が蓄積されれば、また出てくる……?」
「そういうことらしいです」
「……ひどい、そんなの……」
誰も彼もが、顔色をなくしていた。アリーゼやベルフラウが一際ひどく、座っていたのでなければそのまま倒れてさえしまいそう。
「あの遺跡、いったい何なんですの……!?」
少女の疑問に答えられる者は、いない。
ただ、ヤードが、苦しそうに息をついた。
体験を話す前に、はレックスとアティに了承をとって、これまで得た、魔剣や遺跡に関する情報を一行に開示している。足りない部分は当のレックスとアティ、そしてヤードが補った。
無色の派閥だったとはいえ、今こんなときにヤードを責める者はいないが、彼が自責を感じる分までを止めることは出来ない。
「――なんていうか、思ってたより厄介な代物だってことか」
腕を組んで、カイルがぼやく。
「…………あのさ」
しばらく黙っていたレックスが、ふと顔を持ち上げた。一行を見渡す。
「明日か――無理なら近いうちに。俺たちだけで、遺跡を調べに行かないか?」
「へ?」
「ファルゼンさんもそうだけど……誰かが辛い思いをしてるなら、俺たちで出来る限りどうにかしたいんだ」
素っ頓狂な声をあげるソノラに小さく頷いてみせて、レックスはことばをつづけた。
「もそのつもりで遺跡に行ったんだろ? でも、結局そのまま帰ってきちゃったみたいだし」
「あ――うん、そうですね。何も調べてこなかったな、そういえば」
ぽり、と頭をかいてはうなずく。
意気込みは空回り。ちえっ。
そんなを眺めていたアティが、大きく頷いた。
「そうですね。今の時点、わたしたちは何も知らないに等しいんですもの。剣のことだって遺跡のことだって……島との関係だって」
断片的な情報が、ちらほら目の前に翻ってる。さながらジグソーパズルのピースだ。
けど、それをはめ込んでいく枠がない。
大局が見えない、とはこのことなのだと云いたげに。
「幸い、しばらくは亡霊も出てこないって話だし……みんなは、どうかな?」
「どうもこうもねえだろ。先生たちが行くってんなら付き合うぜ」
一同を見渡したレックスのことばに、カイルがにやりと笑って答えた。
「そうね。危険だって止めても、どうせ行っちゃうし」
「だったら、ついてって加勢したほうがマシだよね」
スカーレルとソノラ。
ヤードも、思い詰めたような表情を少し和らがせて頷いた。
子供たちは云うに及ばず、も頭を上下。
そうして、はじまりは比較的(タコを除いて)のどかだったその一日は、実に大わらわな印象を残して終わったのであった。