そうして、舞い戻ったスクラップ置場。
の持参した電子頭脳を見て、ヴァルゼルドは諸手を上げて喜んだ。
「おお、それであります! ではさっそく、まずはメインの電子頭脳からお願いいたします! そして、次にサブを……」
「え?」
立て板に水の調子で続くことばを、は疑問符で遮った。
「なんで? サブの電子頭脳までいるの?」
そりゃあ、持ってきたことは持ってきたけど、アルディラの弁では、ヴァルゼルドはサブユニットの機能で動いてるってことだった。
それならば、今不都合がないのだし、わざわざ取り替えずともよさそうなものなのだが。
けれど、ヴァルゼルドは首を左右に振って問いを否定する。
「いえ、恥ずかしながら、サブの電子頭脳は紛失しているのであります」
ほら……と開けられたハッチの中を覗くため、身をかがめる。かろうじて漏れ入る陽光が、おぼろげに内部を照らし出していた。
ざっと内部を見渡して、構造はゼルフィルドとだいたい似てるな、と把握。そうして視線を動かしているうちに、不自然な空間を見つける。
「あ、ほんとだ。このへんにあったの?」
「そうであります」
内部センサーをオンにしてるらしく、がつっついて確認すると同時にヴァルゼルドが頷いた。
突っ込んだ腕を引き抜き姿勢を戻してから、「あれ?」とはまたしても首を傾げる。
「ちょっと待ってよ。メインが要交換の損壊でサブが紛失? それじゃ、ヴァルゼルド、今どうやって動いてるわけ?」
「……それは……その、軍事機密であります」
数秒の間をおいて、ヴァルゼルドはそう云った。心なし、声のトーンを落として。
「軍事機密〜?」
「であります。これ以上はお教えできないであります」
胡乱げに見下ろすの視線を受け、今度は断固とした調子で彼は告げる。
その語調の強さに圧されて、は、不精不精ではあるけれど頷いた。
「……まあ、そういうことなら……」
しょうがないけど、とつぶやいて、プニムに預けていたメインユニットを取り上げる。
「じゃ、これ取り付ければいいのよね?」
「はい。お願いするであります。取り付け方をご説明しましょうか?」
「ううん、だいじょうぶ。変な配線したら云ってね、判るでしょ?」
「……はい」
頷いて、ヴァルゼルドは内部センサーと発声機能以外を遮断する。――何せ通常稼動のままだと、作業する側が感電しかねない。
は、それを確認したあと、ボディのなかに頭から突っ込んだ。
ウン十万時間ほったらかされてたというわりに、錆のひとつもない部品に手を触れる。馴染んだ感触、それを懐かしいと思う感覚に、少しだけ苦笑した。
メインユニットを探り当て、複数ある配線を、ひとつひとつ外していく。
作業の合間に聞こえる「はう」とか「うあ」とかいう、意味不明の声が、ちょっと気になって問いかけた。
「どうしたの?」
「く、くすぐったいであります……はう〜」
「……あっそ」
ぷぷー、と、外で作業を見守ってるプニムの笑い声。
それを耳にしながら、配線を二本残して取り外しは完了。手にしてた交換用のほうを、そこで持ち上げた。さっきと逆の順序で、配線を繋げていく。
最後に残ったのは、メインに繋がったままの二本。うち片方が主力の電線、片方が予備の電線だ。
まず主力線を外して、交換先へ。
一分ほど間をおいて、今度は予備線を付け替える。
「……どう?」
「は! 完璧であります!」
嬉しそうなヴァルゼルドのことばのあと、最後にもう一度配線を確認して、はボディから抜け出した。
「――ぷは」
「お疲れ様であります。では、本機はこれより新たな電子頭脳の適応作業へと入ります」
「作業か……どれくらいかかるの?」
気をつけてはいたものの、手のひらのところどころにグリスがやっぱりついてしまった。それが当たらないよう注意して、落ちてきた髪をどかしながら訊いてみる。
快く応じてくれたヴァルゼルドの答えを聞いて、
「そっか。じゃあ、またそのころに様子見にくるね? 調子が良かったら、サブユニット付けよう」
「はい! お待ちしているであります!」
「ぷ」
「はいはい、プニムもね」
グリス汚れがイヤなのか、登ろうとしないプニムを眺めてそう云うと、彼も満足そうに頷いた。
ふわふわ漂う、和やかな空気。
感じるのは、懐かしさ。それから、ちょっとした寂寥感。
懐にあるお守りを、そっと手の甲で触れた。――触れて、また問いが生まれる。
「あ。ちょっと待って。ひとつ訊いていい?」
稼動停止しようとしていたヴァルゼルドは、あわてて回線遮断を中断していた。
「はい? 何でありますか?」
「……えっとね。ヴァルゼルドも、コアってついてる?」
「コア、でありますか。――うむむ、実はそれも紛失しておりまして……」
――そうくるか。
「なら、さっき云ってくれればよかったのに。今からもらってこようか」
「あ、いえ。おそらくそればかりは調達できないと思われます」
ですので先ほど、お願いしなかったという次第でありまして。
大きな身体を小さく縮めるようにして答える機械兵士はかわいいが、それはいったいどういう意味なのだろうか。
疑問を投げるより先に、ヴァルゼルドがことばを続けた。
「コアは、我々機械兵士の部品のなかで、もっとも貴重で繊細なのであります。材料自体ロレイラルでも入手しづらく、予備などとてもとても……まして、こちらの世界にはまず存在しないと思って良いのであります」
「……へえ」
「まあ、基本的な戦術は電子頭脳から派生されますし。より高度で応用的な実戦を要求される場合には、コアへ蓄積されたデータが役立つのでありますが……単純に記憶のみであれば、思考ルーチンの領域を一部開放してそこへ貯めておくことも出来ます。本機もこれを利用しているわけですな。しかしこの場合、五年ほどで古いデータから上書きがなされるため、適宜、予備電子頭脳に領域を確保してバックアップをとる必要が」
「わ、わかったわかった。ありがとう」
放っておけば、それこそ機械兵士の指先マニピュレイターとかにまで及びそうな勢いを、は慌てて打ち切った。
ちょっぴり語り足りなさそうな顔(というか声音)で、ヴァルゼルドは頷き、ことばを締めくくる。
「しかし、それがあれば――」
「あれば?」
「……いえ。ともあれ、あれば長期にわたって活動する場合の便利さが図れるという程度ですので、そう気にされずともよいと思われます」
そう? と首を傾げるに、はい、と大きく頷くヴァルゼルド。
「そっか。――うん、じゃあまたね、ヴァルゼルド」
「はい。ではまた後ほど……」
きぃん、と一際高い駆動音を最後に、青い機械兵士は稼動停止した。
機械のにおいのする風のなかに突っ立ってしばらくそれを眺めたあと、はプニムへと視線を落とす。
「……じゃ、行こうか?」
「ぷ!」
中央管理施設へ走り出すかと思ったプニムは、だが、ラトリクスの門の方を示して一声。
――油くさいから洗いに行け、と、いうことらしかった。