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【ざわめくものたち】

- 電子頭脳をくださいな -



「……はあ、それで、電子頭脳を?」
「えへへー、アルディラさんなら持ってるかなあと思いましてー」
「ぷいぷぷー」
 心なし呆れた顔でこちらを見やるアルディラに、は照れ隠しめいた笑みを浮かべて答えた。
 彼女がいるということで一目瞭然だが、ここは中央管理施設。
 スクラップ置場から移動したたちが、目指して辿り着いた場所である。
 何のためにかというと、例のヴァルゼルド。
 なんでも、自己修復はたしかに完了したものの、制御機能の一部に修復不可能な欠損が発見されてしまったとのこと。それで立ち上がれなくて倒れたんだそうだ。修復不可能ならどうしようもないんじゃ、というに、けれども、彼曰く、電子頭脳を丸ごと取り替えれば問題はないんだそうだ。
 ……というわけで、話は冒頭に戻る。
「レックスたちもだけれど……あなたもつくづく、問題ごとに巻き込まれやすいみたいね?」
 苦笑混じりのアルディラのことばへ乾いた笑いで応じるを一瞥し、彼女はくるりと身を翻した。
「ちょっと待ってて。すぐに持ってきてあげるから」
 通路の向こうに消えた彼女の背中を見送り、佇むこと数分。
 「すぐ」ということばのとおり、さしたる間もおかず、アルディラは両手に何かを持って戻ってきた。
「はい、これよ」
 と手渡されるそれを反射的に受け取って、は首を傾げた。
「あれ? ふたつ?」
「機械兵士は兵器だもの。耐久性の高さを要求されるから、思考ユニットも、メインとサブのふたつを搭載することになっているわけ」
 片方が破壊されても、最悪、戦闘だけは続行出来るようにね。
「……そうだったんですか」
「おそらく、そのヴァルゼルドという機械兵士も、メインユニットを失い、かろうじてサブユニットの機能だけで動作しているんでしょうね」
 苦味の混じったアルディラのことばは、彼女の意図した以上の重みを持って届いた。
 ゼルフィルド。
 彼もまた、戦闘のために生み出された機械兵士であったのだと思い知る。それと同時に、それだけなら必要ないはずの幾つもの触れ合いが、瞬時にしてよみがえった。
 機械兵士でありながら、ただそれだけではなかった、遠い、漆黒の背中。
「…………」
 思いを馳せるの前で、アルディラは、ひとり、ごちる。
「正直……機械兵士に、あまりいい印象はないのよ。ロレイラルの戦争が激化したのは、彼らが乱用されたせいでもあるし」
「で、でもそれは!」
「判ってるわ。――彼らを生み出したのは、我々ロレイラルの住人だものね」
 声を荒げるを優しく見て、アルディラは頷いた。
 それでも、脳裏に焼きついた戦いの記憶は消えはすまい。
 まして、アルディラは融機人だ。ネスティと同じように、先祖からの記憶を血に刻み、受け継いでゆく一族。
 ……彼は知っているだろうか。この存在を。ありえないと判っていても、夢想する。
 あのころ、たったひとりの融機人として苦しんでいた彼の記憶に、この忘れられた島の同朋がありえたら――それは、何かの救いになっただろうか――?
 ……伝えたい。
 このことを、あの頃の彼に伝えることは出来なくても、帰った先の時間で伝えたい。大事な家族と友が傍にいても、同胞の存在はきっと喜んでもらえるだろうから。
?」
 俯くに何を見たのか、アルディラがやわらかく肩を叩いてきた。
「あ、はい」
「心配しないの。機界の護人として、困っている同胞を見過ごしたりはしないわよ?」
 問題にしている部分が少し違うが、彼女の厚意を疑う余地はない。
 ぱっ、と顔を輝かせて、は大きく頭をさげた。
「ありがとうございます!」
「――ええ。早く持っていっておあげなさい。…………」
 穏やかに微笑むアルディラの表情が、だが、そこで曇る。
「……アルディラさん?」
「ねえ、。レックスたちなのだけど、今日は忙しそうかしら?」
「レックスさんたちですか? えーと、午前中は学校です。午後は……まだ何もないはずですけど」
 唐突に切り出された問いに、朝のやりとりを思い出しながら答えた。融機人もタコは苦手だろうか、とかちょっぴり考えながら。
 の答えを聞いたアルディラは、学校の部分で肩を落としたけれど、午後の予定を聞いて安堵したような息をつく。
「そうなの。それじゃあ、今から行けばちょうど逢えるかしら……」
 壁の電子時計を見上げる視線を追いかけて、今度はが尋ねる。
「何かお話ですか? 少し待っててもらったら、あたしも船に帰りますから一緒に――」
「あ、いいのよ。……ちょっとね、訊いてみたいことがあるだけなの」
「あたしじゃダメですか?」
 電子頭脳の恩もあるし、と、問うてみたけれど、アルディラは小さくかぶりを振った。
「嬉しいけど……うん、ごめんなさい」
 そう云ったあと、心なし声をひそめて、
「クノンのこと、なのよ。あの子、最近ちょっと様子がおかしくて……レックスたちにたびたび何かを訊いてたみたいだから、そのあたりを、ね」
「そうですか」
 それじゃあ、お役には立てそうもない。
 身支度を整え次第船に行くというアルディラと別れて、は、ついていきたそうだったプニムを引っ張り、中央管理施設を後にした。


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