珍しくスクラップ場まで同行してくれてるプニムと一緒に瓦礫を越えて行くと、ヴァルゼルドは、こないだみたいに埋まっていることもなく、じっとそこに座っていた。
目の光はない。まだ機能停止中だろうか。
太陽に熱されてほかほかのボディに身を寄せて耳を当てると、フレームごしに微かな駆動音がした。
そいえば、自己修復がどうとか、アティとカイルが最初に行ったときに話してた気がする。あのときは聞き流してしまったけれど、今は、まだその作業中なのかもしれない。
「……あー、あったかいー」
今では、もう、ヴァルゼルドを見ても動揺しない。つん、と心臓を絞る何かが、たまに生まれることはあるけれど。
青いボディに張りついて、は、ほうと息をついた。頭に乗ったままのプニムを、目だけで見上げる。
「あたし、少しここにいるけど、アルディラさんとこ――――」
行ってくる?
そう、提案するより先に。
――がしゃこん。
押し当てたままだった耳に、何かが起動したような音が届いた。
「ん?」
「ぷ?」
ひとりと一匹は、同時にヴァルゼルドを見上げる。
は、もしかして起きるのかという期待混じり、プニムはにつられて。
二対の瞳が見上げる前で、ゆっくりと、ヴァルゼルドの目に光が灯り――――
ブン! と、金属製の腕が振り上げられた。
「うおわっ!?」
いつか魔公子にオトメ宣言したとは思えぬ悲鳴とともに、は、顔の真横を通り抜けてった腕の風圧に圧されて後ろに転がる。すってんころりん。
頭の上にいたプニムも、巻き添えくらって転がり落ちた。
「な、何するのヴァルゼルド!?」
瓦礫の山から落下しようとした身体をどうにか支え、そこに降ってきたプニムを片手でキャッチしながら、抗議の声をあげる。
寝ぼけたにしても、タチが悪い。一歩間違えばヤードさんあたりに「死因は殴打ですね」とか云われるところだったぞ!?
だが。
それに応えるようにして発された音声は、とても返答や謝罪とは云いづらいものだった。
「猫はっ! 猫はっ、苦手であります〜!!」
…………
「は?」
「……ぷう?」
数秒の間をおいてなお、ひとりと一匹は首を傾げるしかなかった。
なんでいきなり猫デスカ。
そう問いかけようとしたところ、再びヴァルゼルドの絶叫。
「寝てませんっ! すみません教官殿ッ! 何ページからでありますかッ!?」
「…………。せんごひゃくとんでななじゅうろく、てん、いちろくぺーじ。」
「はうわぁ! 教官殿! それは禁忌のページであります〜!!」
思わず答えたのことばに反応し、またしても機械兵士、叫ぶ。
てゆーか、どういう教科書だよ。君の見てるそれは。
「えーと」
その間にもじたばたと振り回される腕をどうにか回避しつつ、はプニムと顔を見合わせて、
「プニム、ゴー」
「ぷいっぷー!」
寝ぼけてるんだろうという結論のもと下された指示を見事汲み取ったプニムは、即座に、赤子ほどの大きさの瓦礫を機械兵士めがけて投擲した。
がいーん、と、聞くに堪えぬ音がスクラップ場に響く。
へこむどころか傷も入りやしないボディに改めて感嘆するたちの前で、ようやっと、腕が動きを止めた。ちかちか、無秩序に点灯を繰り返していた目の光も落ち着いて、ヴァルゼルドは、はた、と動作を停止させた。
「……おや?」
青い空、白い雲、そして山と積まれたスクラップ。
何の夢を見ていたのか知らないが、教科書があろうはずもない光景を見渡した彼は、ぎきーい、と、鈍い音とともに、傍らの生体反応――たちを振り返る。
その目が真っ直ぐにこちらを見ていることを確認し、とプニムは手をあげた。
「おはよう、ヴァルゼルド」
「ぷー」
ごきげんいかが?
そんなふたりを均等に見つめ、ヴァルゼルドは開口一番、
「……教官殿、いつの間に縮まれたでありますか?」
寝ぼけるな。
目の前にいるのが教官殿ではなく殿だと気づいたヴァルゼルドの謝罪の嵐を押しとどめるのに、要した時間は約三分。
「機械兵士でも、寝ぼけることってあるのね」
「……失態であります。トホホであります」
意気消沈して上下するヴァルゼルドの肩を、プニムが、ぽんぽん叩いてやる。慰めているつもりだろうか。
と、ヴァルゼルドが何かに気づいたように顔をあげた。
「むむ。そう仰られるということは、ゼルフィルド殿は」
「寝ぼけたことなんかないよ?」
「がーんであります……」
ふふんと胸を張って云うと、またまたがっくりと落っこちる頭。
この間よりスムーズな動作を見ていて、ふと気づく。
「ねえ、それはもういいから。あのさ、もしかして、もう自己修復終わってたりするの?」
「え? あ、はい! それはバッチリであります!!」
「ぷぷー」
ぱふぱふ、プニムが耳を使って拍手する。
それに後押しされるようにして、ヴァルゼルド、がしょんと気合いを入れるように拳を握りしめ、
「それではさっそく! 二本の足にて直立する勇姿を、殿のお目にかけるであります!!」
勇姿なのか、それは。
つっこみたくもあったが、意気込みを打ち消してしまうのも難だ。立ち上がる邪魔にならないよう、おとなしく、プニム共々後ろにさがる。
……さがっておいてよかった、と、数秒もたたないうちには感謝することになった。
何故なら、
「よいしょ……」、立ち上がろうとしたヴァルゼルドが、「……っと!? とととっ!?」バランスを崩して、「わわぁぁ〜ッ!?」
―――ずうぅぅぅん……
盛大な地響きとともに、直前までたちのいた場所に、頭から倒れ込んできたからである。