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【それは赤くて足八本】

- そして同じ海に生きる同胞 -



 きぃーん、きぃーん、きぃーんん……
 片手に鍋を、片手に蓋を持っていたため、は耳を防御することが出来なかった。
 ぐるぐる目を回すを余所に、どうにか己の耳を守ったカイル、オウキーニ、プニムは、そう大した被害ではなかったらしい。カイルは鍋をの手からとると、ずい、とスカーレルに詰め寄った。
「おい、見るなり悲鳴あげるたあどういう……」
「きゃああぁぁぁぁーっ、いやーっ、近づけないで―――――――――!!」
 が、ことばを最後まで告げるより先に、またしてもスカーレルが悲鳴をあげる。さっきほどの、ではないが。
 普段の飄々とした態度はどこへやら、脱兎の勢いでカイルから距離をとり、顔から血の気は見事に失せて、己の身を抱き、これでもかというほど拒絶の姿勢。
「オウキーニッ! アンタ、詫びなんて云って実は嫌がらせに来たんでしょッ!?」
「そ、そないなことあらへん! 濡れ衣や!」
 今にも剣を抜いて急所を貫きかねないスカーレルの形相に、オウキーニも真っ青になり、顔の前で腕をぶんぶん振り回す。
 そんな騒動を横目に、カイルは改めて鍋の中身に目を移していた。
「……なんでこれが嫌がらせなんだよ?」
「で、でっしゃろ!? ウチ、嫌がらせなんてつもりあらしまへん! あんさんからも云ってやってください!」
「……何が入ってたんですか?」
 まだじんじんとした痺れを訴える耳をなでながら、首を傾げるカイルとすがりつくオウキーニの間に入り込んだは、そこで初めて、スカーレルに絶叫をあげさせたモノの正体を目の当たりにする。
 目の当たりにして――目を丸くした。

「……タコ?」

 表面のぬるっとした赤くてふにゃふにゃした物体が、鍋いっぱいに詰め込まれてほかほかと湯気をたてている。味付は何なのだろう、さっきはちょっとしか感じなかったこってり系のにおいが、正面から鼻孔をつつく。
「ぷー」
 せがむプニムを抱きあげて、それを見せてやる。
「ぷ!?」
 一瞬びくっと身体を震わせたプニムだったが、次には、耳を動かして、つんつんとタコをつっつきだした。食べ物で遊ぶな、と引き剥がす。
「はあ、ゆでダコですわ」
「タコでも団子でもいいからッ! それを早くしまってちょうだいッ!!」
 響くスカーレルの悲鳴に、鍋の蓋が閉められた。
 蓋に手をかけたまま、船長は、ご意見番を振り返る。――かなり呆れの混じった表情で。
「なんでそんなに嫌がるんだよ、ただのタコじゃねえか」
「なんでアンタたちは平然としてるのよッ!?」
「なんでって……」
 顔を見合わせるとカイル、オウキーニ。
 そんな三人を、スカーレルは身を震わせたまま、異次元の住人を見るような目で睨みつけている。
「……スカーレルさん、タコ嫌いなんですか?」
「別に嫌いってわけじゃないわよ! でもソレは嫌ッ!!」
「矛盾しとりまへんか、それ」
「だよなあ。たまに通るタコやイカの群れ、普通に見下ろしてるもんなあ」
「泳いでるのは別にいいわよッ! そのふにゃっとしてぬるっとして赤く煮込まれた物体が嫌なのッ!!」
 要するに、食物として、目の前に出されるのが嫌らしい。
 リィンバウムには、タコを食べる習慣はないんだろうか?
 首をひねるの横から、オウキーニが一歩、前に出た。拳を握りしめ、怒鳴る。
「スカーレルはん、それは差別や! 海賊もタコも、同じ、海に生きる仲間やあらへんか!!」
 ……いや、それもどうか。
「それをなんや!? 煮込まれてふにゃっとしてるから嫌やて……タコに申し訳ないと思わへんのですか!? うちらに与えられた海の恵みを、あんさんは足蹴にするおつもりでっか!!」
 だが、熱弁するオウキーニの気迫に気圧されて、スカーレルは一歩後退。
 そこにカイルも割って入った。
「だな。スカーレル。タコとオウキーニに敬意を表して、せめて一口くらい食ってやれよ」
「い」、
「同じ海の仲間なんだしよ?」
「……カイルさん、顔笑ってる」
「気のせい気のせい」
 のツッコミをさらりと水に流し、カイルはスカーレルへと歩みを進めた。当然、手には鍋を持ったまま。
 オウキーニもそれで力を得たのか、むん、とばかりに足を踏み出す。
 そうしてスカーレルはというと、熱弁に負けたか海の仲間に共感したか(絶対にないだろうが)、はたまた、単に思考回路がブッ飛んだか、ひきつった顔で微動だに出来ないでいる。
 脱力して眺めるとプニムの目前で、スカーレルに迫るカイルとオウキーニ。
 鍋の蓋が再び開けられようとしたとき、はっ、とスカーレルは目を見開いた。我に返ったようだ。
「……ダメっ! やっぱりアタシ耐えられないッ!!」
 カイルの接近を阻むかのように両手を前に突き出して後退しようとするが、ちょっと行動が遅かった。
 突き出された腕をがっしと掴み、カイルはにやりと笑みを浮かべる。
「ふっふっふ……さあ、観念しな」
「今さら泣き言なんて、聞く耳もちまへんでぇ」
 同じようににやりと笑ったオウキーニが、片手の塞がったカイルの代わりに鍋の蓋をレッツオープン。
 再び露になる、スカーレル曰くのふにゃっとぬるっと赤い物体。
「きゃああぁぁぁッ!! イヤああぁぁぁぁぁぁ〜!!!」
 そして再びあがる、スカーレルの絶叫。
 今度はとプニムがガード成功、カイルとオウキーニが直撃をくらう。
 だが、己の使命というか目的というか、とにかくそういうものに集中しているおかげでか、さしたるダメージもないようだ。ほくそえみつつ、ずずいとスカーレルに迫る。
 あわや、タコとスカーレル、衝撃のファーストコンタクトなるか――
「……何してるんですか、みんな」
 と、横からの声がそれを制止した。
 学校に行くために出てきたところだったらしいレックスとアティ、それに子供たちが、呆気にとられた顔でこちらを見ている。
 一瞬弛んだらしいカイルの腕をとっさに振り払い、スカーレルが、声をかけてきたレックスの後ろに逃げ込んだ。
「助けてセンセ! カイルたちったら、嫌がるアタシに無理矢理……!」
「――え?」
 ざあ、と蒼ざめるレックス一行。何考えた。
 けれども、それ以上に蒼ざめたのがカイルとオウキーニ。
「気色悪い云い方するんじゃねえッ!」
「ウチらは、ただ、こいつを食べてもらおうとしただけですって」
 がなるカイルの手から鍋をとり、オウキーニはレックスたちにその中身を披露。
 ふにゃっとぬるっと赤い物体が、衆目にその姿を現した。
 とたん、

「……うあ」
「げっ!?」
「ひゃ……っ」
「う、わ」
「あわわ……!?」

 そこかしこからあがる、とても食物を目の前にしてるとは思えない、非友好的な呻きやら悲鳴やら。
 唯一の例外は、興味深そうに鍋を凝視してるベルフラウか。他は全員、タコを目にした最初の一瞬で視線を逸らしていた。
 一行の反応を見て、オウキーニが情けない表情になる。
 そんな彼に、レックスが何気にアティや子供たちを庇うようにしながら問いかけた。
「そ、その、ぬるっと赤くてふにゃふにゃしてるのって……!?」
「タコだぜ」
「ゆでダコですよ」
 肩を落としたオウキーニの代わりに、カイルとは声を揃えて回答する。
「……そんなの食べるんですか!?」
「ていうか、食べ物なのかよそれ!?」
 ウィルとナップの悲鳴に後押しされるかのように、スカーレルもまた、声を張り上げる。
「そんな気色の悪いモノ、アタシ、絶対に食べないからッ!!」
「なに云いますの!? 見てくれで判断したらタコに失礼でっせ!!」
 さすがに、レックスたちにまで海の仲間とは云えないらしい。
 軽く頭を振ったカイルが、抗議するオウキーニの鍋に手を伸ばした。ひょい、とタコを掴んで口に放り込む。
「そうだぜ? ……うん、歯ごたえがあってなかなかイケる」
 もぐもぐ。ごっくん。
 咀嚼して飲み込む様子に、も思わず食指が動く。
「あ、あたしもください」
!?」
「いや……毒じゃないと思いますよ?」
「毒じゃなくても見た目が!!」
 半泣きで主張するアティをちらりと見て、それでも、はタコを手にとった。カイルを見習って、そのまま口にぽい。
「た、食べてる……思いっきり……」
 向こうの誰かが悪夢でも見てるような口調でつぶやいてるが、とりあえずおいといて、口を動かす。もぐもぐ。
 においはこってりしてるけど、味はそうくどいものではない。噛みしめるのに顎の力がいるけれど、タコなんだからそれも当然。
 ――ごっくん。
「うん。美味しいです」
「だよな?」
 確認をとるようにを見下ろしたカイル、満足そうに頷いて、タコをもうひとつとった。自分の口に運ぶかと思いきや、距離をおいてる一行にかざしてみせる。
「ほれ、どうだおまえたちも」
「いいいい、いいですっ!」
「遠慮しますッ!!」
 ざざざーっ、と、離れていくレックスたち。それに力を得たように、スカーレルが口を開いた。
「でしょ!? 普通は食べたりしないわよね!?」
「は、はい」
「見る分ならともかく、食べるとなると……」
「ねえ」
「なあ」
 降り注ぐ否定の嵐に、オウキーニが、ちょっとばかり意気消沈して鍋を覗き込んだ。中には、まだまだタコが詰まっている。
「シルターン自治区じゃ、食材として当たり前に使うんやけどなあ……」
「そうなの!?」
「あたしの世界でも使ってましたけどねえ……」
「名も無き世界でも!?」
 証言をひとつするたびに、悲鳴があがる。
 そんなにイヤかなあ、タコ。
 かざしたタコの貰い手がなくなったカイル、手にしたままだったそれを、そのまま口に放り込んで首を傾げた。
「何にしても、もったいねえよな。美味いのに」
「ホンマですわ……でもま、せっかくですから、おふたりでどうぞ」
 差し出された鍋を受け取るに、奇異の視線が注がれる。そのなかのひとり、アティが、フォローのつもりなんだろうか、恐る恐るこう云った。
「味はともかく、その、見た目がですね、やっぱりきついかなって思うんですけど……」
 それを聞いたオウキーニは、なにやら考え込むようにして「見た目でっか……」と、つぶやいていた。

「で。やっぱ誰もタコ要らねえ?」
『要らない!!』


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