……全員が全員、ひとりの例外もなしに、頭から地面に突っ込んでいた。
そりゃもう、文句のつけようもないくらい、素晴らしい勢いで。
「ム」
ぴくぴく。
痙攣して起き上がれないでいる一行に、大砲ぶっ放しの犯人が、そこで気づいた。
わりと距離はあるが、どちらも実に目立つ一行である。視界の端にちらとでも入れば、気づかぬ道理もない。
ましてや、こちら(の一部)とあちらは、かつて海の上で激突したこともある仇敵同士なのだから――!
毎日畑仕事に精を出しているにもかかわらず、どういった理由でかほつれもしない船長服に包まれた袖を、犯人は、真っ直ぐこちら側に向けて突きつけた。
そのころには、何人かがぴくぴくしながらも起き上がろうとしている。
続いて、そこに響くのは、聞きなれた感のあるドラ声。
「がっはっは! やっとお出ましか、カイル一家とその仲間ども!」
「何してんだてめえはあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
顔面についた土や下草そのままに、カイルが腹の底から絶叫した。
が、犯人ことジャキーニにしてみれば、その反応は予想ずみだったらしい。勝ち誇った笑みで腕を組み、高い足場から一行を見下ろしている。
「何をしとるかじゃと? 見て判らんか!」
「大砲で愛を語ってるんじゃないのは判りますよ」
「ええい、娘っ子は黙っとれ!」
身体は持ち上げたものの、立ち上がる気力もなく座り込んだままののセリフに反応し、ジャキーニはがなる。がなって、「船長船長」と、名もなき手下のひとりに耳打ちされ、はたと我に返ったように居住まいを正した。
自慢らしいヒゲを軽く手でしごいて、
「というわけで!」
「どういうわけですか」
「黙れ小僧! というわけで! カイルよ、ワシは貴様らに再戦を申し込むッ!!」
ウィルのツッコミには怒鳴り返し、ジャキーニは真っ直ぐにカイルを指さした。
「……なんでだよ」
指さされたカイルは、痛み出したらしい頭を押さえてうめく。
「ていうか、あんたたち、こないだ負けたじゃん」
しっかりかっきりはっきり。
完膚なきまでに。
心なし帽子のずり落ちかけたソノラが、半眼でそう指摘する。
「はん!」
だが、ジャキーニはソノラのことばを鼻で笑い飛ばした。
「あんなのは負けたうちに入らんわい! 召喚術なんぞという反則技を使いおって!」
「……反則、ですか」
何気に、シリアスな感じでヤードがつぶやいた。
きっと、ジャキーニの意図しない方向に思考が行っちゃったんだろうなあ。と、含め何人かは考えたが、高場にいるヒゲ船長は、己の主張の正当性を認められたと思ったらしい。ますます胸をそらして、高笑い。
「がはははは! それにカイルよ! さっきの天使野郎にも云ったがの! ワシらには人質がおるんじゃ! 挑戦を受けねばそいつの命はないと思え!!」
「な……人質!?」
「そっちのほうが卑怯じゃんか!!」
途端、そこかしこであがる非難の声。
けれど、完全に舞い上がっているジャキーニには、羽虫が飛んでるくらいの威力でしかないようだ。
わずかに顔を傾けると、ひとつ頷く。人質を連れて来いという合図だろうか、傍にいた手下がひとり、近くの木の陰に引っ込んだ。
で。
人質が、連れてこられた。
刈り上げられた赤茶の髪、人の好い、ということばそのままのような、ふっくらした輪郭。樽を思わせる身体つき。緑色の服に何故かエプロン常備の男性。
どうやら、人質は彼らしい。
……そのことを、理解するまでに、要した時間は一分以上。
「……た……たすけてえぇ……」
棒読みこのうえない人質の嘆きを聞いて、突っ伏すまでに、要した時間はコンマ一秒以下。
比較的近くに崩れ落ちたスカーレルが、顔面を地面と仲良しにさせたままつぶやいた。
「バ……」
「……ば?」
反射的に聞き返す。
双方とも、ちっとも力の入ってない声だった。
「バカだバカだと思ってたけど……ここまでバカだとは思わなかったわ……」
なんでアタシら、こんな奴らと関っちゃってんのかしら……
おそらく、彼の人生で一番の後悔ごとといえばそれじゃなかろうか、と思わせるくらい、スカーレルの声は悲嘆に満ちていた。
その語尾が消えるころ、少し離れた場所では、付き合いがある分耐性もあるのか、早々と起き上がったカイルが、先ほど以上の絶叫をあげている。
「オウキーニを人質にしてどうするってんだてめえ――――――ッ!!!」
「人質は人質じゃ! こいつの命が惜しかったら、尋常に勝負せいッ!!」
カイル一家の頭領と、ジャキーニ一家の頭領と。
海原を駆ける海賊を率いる大将ふたりが、陸の上で怒鳴り合っているその傍らで、その他一行は、起き上がるためだけに大層な力を要する羽目になった。
……ていうか、これか。フレイズが倒れてたわけは。
誰からとなく理由に思い至り、何人かが干からびたため息を零す。
たぶん、飛んでったここでジャキーニから人質提示されたんだろう。それで命からがら、どーにかこーにかあそこまで移動していったと。
うん。
そりゃそうだ。
自分たちでさえ、立ち上がれなくなっちゃうくらいの強大な精神ダメージだもの。
精神生命体のフレイズ、それからファルゼンにとっては、己の存在を保てるかどうかってところのクリティカルヒットなんだろうなあ……
それに加えて、はもうひとつ思った。
バルレルがいたら、いつかサイジェントのお城で繰り広げたあのサブイボ劇と、どっちがより多くダメージくらってただろう……?
「ではなんじゃ? 貴様、こいつだけじゃ戦う価値もないと云いたいんじゃな?」
「価値どころか動機にもなりゃしねえって!!」
まだ、怒鳴りあいはつづいてた。
当たり前のことをほざきあうふたりだったが、ジャキーニ、そこで、またしてもにやりと笑みをつくる。
「フン! ならばこの女も追加じゃ!」
「……女!?」
手下がひとり、再び木の陰に消えた。
ユクレス村の誰かなのか、と、今度こそ緊迫した空気のなか、人質二号が連れてこられる。
「にゃはははっ、遊びに来てたら捕まっちゃったわぁ〜」
「がははははは! どうじゃカイル! これで戦う気になろうというもんじゃろう!!」
「なるかあああぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!」
緊迫感を一瞬にして粉砕させてやってきた人質二号、もとい占い師、もとい酒豪、いやいやメイメイさんは、そんなカイルの魂の叫びを聞いて首をかしげ、
「ありゃりゃ? 若人若人、それはちょっとあんまりよぅ?」
と、にぱにぱ笑いながら告げる。
云ってることは正論だ。
この上ない正論だ。
それは誰もが判ってる。
だが、誰も、カイルの叫びを否定しようとはしなかった。
「……人質にしたくない相手、でアンケートとったら、絶対に上位に食い込みそうな人を人質に選択するなんて……なんてバカなの、ジャキーニさん……」
「同感……ですわ……」
人質って、もっと、こう、命的に切羽詰ってるものじゃありませんこと……?
風に乗って流れたのつぶやきに、その意図する理由は少し違えども、共感を覚えたらしいベルフラウ始め数名が、深々と頷いた。
――さて。
そんなふうに、気力を残らず奪い去られた感のある一行のなか、ただひとり、いや、ふたり。精神攻撃を跳ね返したつわものがいた。
「みなさん、しっかりするですよ! コックさんと占い師さんを助けるために、がんばるですよぅ!?」
「相手が人質と称する以上、あのお二方を奪還する必要はあると思われます。アルディラ様、指示をお願いします」
さすがマルルゥ。
さすがクノン。
だが、マルルゥ云うところのみなさんは見事に崩れ落ちたままだし、クノンの呼びかけたアルディラもまた、眼鏡の奥の瞳を閉じて、こめかみに指を押し当てたまま微動だに出来ないでいる。
ちなみに、コックさんとは、マルルゥがオウキーニにつけた呼び名だ。では、ジャキーニは何と呼ばれているか……ま、考えるまでもないだろう。
ともあれ、彼女らにとって、オウキーニは人質としての価値があるらしい。……ジャキーニの手下なのに、なんて考えは、きっと浮かびもしてないに違いない。
今はただ、その純粋さが限りなくうらやましいよ。
「あー……そうね、さっさとヤっちゃおか……」
心なし据わった目で、ソノラが起き上がった。
「……ブッ潰す」
据わりまくった目で、カイルが立ち上がった。
「何度挑戦しても、同じだと思うけどねえ……」
明後日の空を眺めながら、スカーレルがつぶやいた。
さすがはカイル一家。ジャキーニたちへの耐性は、ここにいる他の面々と比較して、少なく見積もっても十倍以上はあると見た。
ところでソノラ、“ヤ”=“殺”じゃないよね?
とツッコミ入れたのは、果たして誰だったか。それが判明する前に、最後のスカーレルのつぶやきを耳にしたジャキーニが、またも盛大に笑い出す。
「がーっははははは! これまでのワシらと同じと思うなよッ!!」
そうして、彼は、自信満々に懐に手を伸ばした。
どこかで見たような動作だな、と、何人かが思い至ったのと同時、懐から引き抜かれたジャキーニの手のひらには、若草色に光る石が握られていた。
しかも、人質のはずのオウキーニの手にも。
ちょっと待てあんたら。
いったい何を優先してツッコミ入れるべきか、全員が迷った隙をつき、
「――来たれやああぁぁぁぁ!」
やけに。
気合い入りまくった雄叫びとともに、若草の光が複数きらめき、瞬時にしてその場一帯を覆い尽くした。
「……」
ことばもなくした一行の目の前に、そうして、それらは現れる。
の感覚でいうなら、ちょっと横に伸ばして縦を縮めたぺんぎんのような生き物が数体、それまで何もいなかったはずの場所に、出現していた。
――召喚術。
よりにもよって、召喚術か。
「な……何故あなたたちが召喚術を……!?」
シリアス継続中だったらしいヤードが、真面目に驚きを表現して叫ぶ。それに気をよくしたジャキーニ、高笑いとともにタネ明かし。
「はッ! 敗北したのが召喚術故なら、ワシらも召喚術を手にすればいいだけの話ッ! 今日この日まで隙を見て、こつこつとこの石をくすねてやったのよッ!!」
「それで……独学で召喚術、使えるようになっちゃったんですか……?」
「……見習いたくはないけど……すごい根性……」
「がーっははははははは!!!」
呆然とつぶやくアティとレックス。
少し離れたところでは、何故か、アルディラが半眼になってヤッファを振り返っていた。
「……ねえ、ヤッファ?」
声をかけられた彼は、こちらも何故か、目を閉じて虚空を振り仰ぐ。
「……悪ィ。ありゃ、オレんとこのだ」
「ちょろまかされたのにも気づかなかったのかよ!?」
「いや。普段から数えてねえもんで」
理に適ったナップのセリフに、ヤッファは虚空を振り仰いだまま、やけに淡々と応じていた。
その後頭部を、ハリセン、もとい扇が盛大な音をたててひっぱたく。
「馬鹿者ッ! きちんと片付けておらぬから、こういうことになるのじゃぞ!?」
ジャキーニの奇行に対するやり場のない怒りをもぶつけられたヤッファは、なんだか息も絶え絶えの様子で数度首を上下させた。うち一回は、最初にひっぱたかれて前のめりになった分。
と、そこで。
「…………あ…………」
は気づいた。唐突に。
――『なんで海賊が召喚術なんて使えるのよ!?』
そう叫んでたのは、たしか、ミニスだったっけ。
あのとき。ファナンの街で、突如現れたマーメイド。
彼らもたしか、喚びだしたのはジャキーニだった。
――『まさか海賊の親玉が外道召喚師とはな』
ネスティが、そんなことを云っていたけど。ついでに、どんな師匠についたのやら、とか続いてた覚えがあるけど。
……そうか。
ジャキーニさん……ここで、召喚術覚えたのか……
なんというか……時間旅行してて、初めて、持って帰って役に立つ情報をゲットした気がした。
たしか、あっちじゃまだファミィさんとこでお勤めしてるはずだから、お邪魔してツッコミ入れてやろう。それくらいの仕返し、時計の針だって許してくれるさ。
などと黄昏る約一名などほったらかして、事態はどんどん進行していた。
これで五分五分じゃあ! と雄叫ぶジャキーニに、マルルゥが、いい加減にやめるですよう! とかなんとか叫んで、ちびっこは黙っとれ! とやり返されて……
「ちびっこじゃないです! マルルゥですよう!」
と、抗議しても、ジャキーニに聞く耳があるわけない。
「ちびっこはちびっこじゃ!」
なんて、逆に煽る始末。
……あ。マルルゥの背中に炎が見える。
と、思った次の瞬間だった。ふるふる、妖精さんが身体を震わせ始める。
「……マルルゥは」
「おい、マルルゥ……」
「マルルゥは……っ」
いいからひっこんでろ、と、手を伸ばそうとしたヤッファよりも一瞬早く。
「マルルゥは怒ったですよ―――――――――!!」
「どひいいいいいいぃぃぃぃッ!?」
いったい、あの小さな身体のどこに、そんなもんが詰まってたのか。
マルルゥが膨大な魔力を放出して、ジャキーニ一味を後ずさらせていた。しかもそれじゃ飽き足らないのか、くるくるしゅたっと弓を取り出し、矢をつがえる始末。
「ふん、ちびっこだからって手加減はせんわい! 行け!!」
『へい、船長ッ!』
振り下ろされたジャキーニの腕と号令に応え、手下どもと(人質だったはずの)オウキーニ、召喚獣たちが動き出す。
そうして、(人質だったはずの)メイメイは、すたこらさっさとこちらに走ってきていた。
……誰か止めろよ。
「あああああああ。」
頭カチ割れそう。
両手で頭を抱えて苦悶を表現し、はのそのそと起き上がる。間近に走り込んでいた海賊を、剣を抜きざまに柄叩きつけて転げさせた。
体勢を整えるために数歩移動して見渡すと、すでに戦いは展開されている。
とはいえ……なんか、こう、やる気が感じられないのは何故だろう。
真面目代表とも云うべきヤードやキュウマやクノンは、わりと奮闘してるようなのだが、その他大勢の醸しだす空気がそこはかとなく生ぬるい。本気で怒ってるのなんて、マルルゥくらいじゃなかろーか。
その最たる者が、さりげなく戦いに参加しちゃってるメイメイだった。
どこから取り出したのか、小振りの刀を手に、あっちへひらり、こっちへひらり。時に手下をおちょくり、時に召喚獣をあしらい、時に千鳥足が行き過ぎて誰かの背中に倒れ込み……
「うおわッ!?」
「にゃは〜、ごめんごめぇん」
巻き込まれたヤッファが、かろうじて両手をつき、顔面から地面に倒れ込むのをどうにかこうにか防いでいた。
その背中に乗ったまま笑いながら謝るメイメイを、彼は恨めしげに振り返り、
「いいから退いてくれ」
「はぁい」
「……はあ」
ひらり、占い師が去ると同時、好機と見て接近した手下をアッパーで吹っ飛ばす。
それから、見ていたに気づき、軽く肩をすくめてみせた。
「よう。どうだ」
「どうだって云われても」
ははは、と、半眼のまま、も乾いた笑いを浮かべて応じる。
そこかしこで繰り広げられている戦いは、本当に、生ぬるい。そもそも、ジャキーニの手下は数こそ多いものの、実力は帝国軍の兵士に遠く及ばない。帝国軍と数度戦ったこちらにしてみれば、こういう云い方は不謹慎だと承知しているが、物足りないのだ。
喚び出されてきてる召喚獣も、どちらかというとかわいい部類なので、みんな手加減気味。正直者め。
故に。
全力全開ガチンコバトルってゆーのは、精々カイルとジャキーニのところくらい――
「あッ! あれはなんじゃああぁぁッ!!!」
「効くかそんなもんッ!」
「あッ! 女先生のスカートが!」
「何ッ!?」
……ごめん前言撤回だ、バカ野郎。
「すいませんなあ、ニイさんのおかげで迷惑かけます」
ため息混じりに殴りかかってきたオウキーニの拳を、身をひねって躱す。
「じゃあ、向かってこないでくださいよ」
「それはあきまへん。ウチはニイさんの義弟でっから」
とか云いつつ、オウキーニも、心のなかではきっとカイルを応援してるんじゃなかろうか。どうせ訊いてもかぶりを振られるだろうけど。
「じゃ、ヤッファさん。オウキーニさんお願いします」
適当にやり合っててください。
「……年長者に楽させるのが、若者の務めってもんじゃねえのか」
ブツブツ云いながらも、ヤッファはオウキーニに拳を繰り出す。扱う武器こそ違えど、基本は体術使い同士、加減も判ろうというものだ。
やれやれ、と、こちらこそため息混じりにその場を離脱し――は、踏み出しかけた足を止めて、愕然とする。
戦闘の繰り広げられている広場から、少し離れた場所。
ついさっき、たちが走ってきた方向で。
どうやら追いついてきたらしいファルゼンとフレイズが、いつから話を聞いていたのか知らないが、……地べたにぱったり倒れ伏し、スバルとパナシェに揺さぶられていた。
……追い打ちかけられたのね。難儀な。