そんなこんなで食事も終わり、一部の者にとっては二度目になる昼寝を堪能して。地熱のおかげか潮風のおかげか。帰る頃には、そのへんに広げておいた服がある程度乾いていたため、またしても着替えを挟んで。そうして、一行は帰途についた。
行きと違い、誰もが口数少な。心地好い疲労に身をひたしながら、のんびりとゆっくりと歩みを進める。スバルとパナシェはすでに眠ってしまっていて、キュウマとヤッファがそれぞれおぶってやっていた。後マルルゥも寝てる。ヤッファの頭の上で。
ナップたちはそれを見て、年上の面子なんぞ考えたのだろうか。眠たげに目をこすりつつ、どうにか自分の足で歩いている。
「夕食、つくりおいといてよかったわね」
「ほんと。今からつくれって云われたら、悲鳴あげちゃう」
スカーレルとソノラの会話。漏れ聞く数名、こくりと同意。
「ああ、でも楽しかった」
ん、と伸びをしてレックスが云った。
「そうですね。一日が終わっちゃうのが勿体無いくらい」
「なら、これからは休み上手になることね」
小さく微笑んで、アルディラがアティに話しかける。逆説的に休み下手だと云われたも同然の彼女は、「あはは」と乾いた笑いを浮かべていた。
ちなみに、隣のレックスも以下同文。
「……となると」
「だな」
「判りました了解です、含み持たせて見ないでください」
ヤードとカイルから同時に横目で見られ、はしおしおと項垂れた。
と。
視線を落とした地面が、一瞬、ぐらりと揺れる。
……ぉぉ……ん
続いて、なにやらの爆音の残響っぽいものが、風に流れての――一行の耳を打った。
「ん?」
「あれ?」
各々に足を止めて、一行はおもむろに周囲を見渡す。
「……ユクレスからじゃねえか、これ?」
目を閉じ、片方の手のひらを耳のうしろに当てて音の方向をたしかめたヤッファが、怪訝と懸念が程よく混ざった声でつぶやく。
そして。
まるで、それを待ってでもいたかのように。
――ドオオォォン!
今度こそ、聞き間違いようもなく。
ユクレス村の方向から、大砲の砲撃音と思しき爆音が、森を越えて響いてきたのだった。
「た、大砲!?」
「何やってんだよ、おいッ!?」
似たような叫びをほぼ全員が放つ。どの顔にも緊迫が見られた。
それは――そうだ。
先日、帝国軍との戦いでビジュの撃ちまくったという大砲の記憶は、まだその場にいた全員に新しかろう。
もまた、とっさにあの刺青男の襲撃を思い描いたのだから。本気で何しでかすか判らん奴であることだし。
「また、帝国軍ですか……!?」
云うなり、フレイズが空に舞い上がる。先んじて村の様子を見に行こうというつもりなのか。その背中に、アルディラが叫んだ。
「敵の姿を確認したら深追いはしないで! 私たちも追いかけるから、すぐに引き返して知らせてちょうだい!」
「判っています!」
ひとつ応じて、すぐに天使の姿は空の向こうに消えた。
それに遅れること、一拍。
「行こう!」
レックスとアティが先頭をきって走り出し、一行も、ついさっきまでの和やかさを放り投げ、それにつづいたのである。
唐突に始まった、ユクレス村への徒競走。
ゴールは勿論、村の入り口。
手荷物や山慣れ具合、その他諸々の要素がどう影響したか定かではないが、とにかく、先頭を走りつづけるのは、最初から変わらぬレックスとアティ、それに。パナシェをファルゼンに預けたヤッファ。
少し遅れて、ナップ、ウィル、ベルフラウ、アリーゼ。その後方に海賊一家とミスミ、その他ファルゼン含んで大勢。
走りつづけることしばらく、あと少しもすれば、ユクレス村にある大樹の全貌が見えようかというところで、先んじて様子を見に行ったはずのフレイズが――倒れていた。
「フレイズさん!?」
その姿を認めたアティが、悲鳴をあげて速度を増した。
怪我を負っている可能性も考えてだろう、懐から紫のサモナイト石を取り出して駆け寄る。
「どうしたんですか!? 村で何が……!」
「……っ、く」
意識はあるらしく、呼びかけに、フレイズは身体を震わせながら、うつ伏せになっていた身体を起こそうとした。土の汚れはあるけれど、ぱっと見た限り外傷はなさそうだ。
その証拠に、召喚術を唱えようとしたアティを手で制して、彼は顔を持ち上げる。
そうして、そのころには後方を走っていた者たちも、フレイズの周りに集まっていた。
「おい、どうしたんだ。何があった!」
「……」
危機感のあるヤッファのことばに、フレイズは力なくかぶりを振る。
「……私は、もう、限界でした…………」
「ふれいず……!? ナニヲ……!」
「いいえ、ファルゼン様。どうかお心得ください。奴らは、精神生命体たる我らにとってまさに天敵です……! どうか、どうか……!」
問いかけるファルゼンに、焦燥しきった表情で、けれど懸命にそれだけを告げ、金髪の天使は、ぱたり、と地に伏した。
「フレイズさん!?」
「……気力が尽きた、みたいね。だいじょうぶ、少し休めば回復するでしょう。ファルゼン――」
「アア。カレガ、カイフクシダイ……オイカケル」
「そうじゃ、この子たちも頼まれてもらえぬか。戦いが起これば、近くにも置いておけぬからの」
こくりと頷くファルゼンは、すでに片腕に抱えていたパナシェにつづいて、ミスミからスバルを受け取った。
ちなみに、パナシェもスバルも健やかな寝息は変わらずだ。大物というべきか、よほど疲れたんだなと和むべきか。寝こけ組の最後のひとり、マルルゥは、やはり自分の故郷のことだからなのか、とっくに目を覚まして、ヤッファの頭の上でおろおろと、たてがみを掴んで放し、掴んで放し、を繰り返している。
……その合間にも、砲撃音は絶え間なく鳴り響いていた。
音の方向を振り返り、キッ、とレックスが立ち上がる。
「急ごう! 村を守らなきゃ!」
ほんの少しだけ身を震わせて、アティがつづけた。
「……行きましょう!」
ファルゼンとフレイズ、スバルとパナシェをその場に残し、一行は再び走り出す。
下草を蹴散らし、茂みをかきわけ、木々の間を駆け抜けて。
――そうして。
とうとう、一行は、ユクレスの大樹が見える場所にまで辿り着き、そのままの勢いで、人気の消えた村のなかへと駆け込んで。
「がーっははははは! 撃て! 撃て! 撃ちまくれぇぇ!」
ずべっしゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!
――――コケた。