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【休日本番】

- 蒼氷の滝 -



 だが、蒼氷の滝に着いた瞬間、そんなため息は吹っ飛んだ。
「おお!」
「うわあぁぁ〜……」
「すげぇ……!」
「絶景ですね」
 口を開けてその光景に眺め入る、島の外からの一行を、少し距離を置いた背後に立つ島の者たちが、おもしろそうに見つめていた。
 だけど、それも無理はない。
 ちらほらと降っている、小さな白い結晶――雪にわずかにけぶるようにして、眼下に存在する光景は、それほどに荘厳。道の途中から降り始めた雪を見て、何があるのかとわくわくし始めた心と期待へ、見事に応えてくれていた。
「滝、か」
「滝ですねえ」
 ほかにことばが見つからないのだろう、レックスとアティが、意味のないつぶやきを口にする。
 ――うん、だけど。
 自身、何かを云えと云われたら、きっと似たり寄ったりのことしか云えなかったはずだ。

 それは、氷のつくった滝だった。

 今にもごうごうと音を立てて流れ落ちそうな奔流そのままを崖に描く、氷のアート。
 ずっとずっと高い場所から、ずっとずっと低い場所へ。
 陽光に溶けて固まるというのを繰り返してるんだろう、きらきらと光る氷の先端が、まるで飛び跳ねる飛沫のようだ。
 音なく静止しているそれから受けるのは、うねりをあげて脈動するイメージ。
「……ふわあ」
 ため息が、そこかしこから零れた。
「おっと、気をつけてください」
 我知らず身を乗り出していた子供たちを、フレイズをはじめとする何人かが押しとどめていた。
「落ちたら一貫の終わりだからな?」
「は、はい」
 ヤッファの手を借りて、ぎりぎりまで縁に近づきながら、ウィルの返事はどこか上の空。しょうがねえな、と嘆息混じりに、ヤッファは細心しているようだ。
「ほら、だいじょうぶだから、もうちょっとこっちこいよ」
「け、結構よ。ここからでも充分見えますもの」
「うん、私たちはいいから」
 長兄の誘いではあるが、さすがに怖れが先に立つのか。固辞するベルフラウとアリーゼを早々に見捨てたナップは、足取りも軽く縁に戻って、再び滝を覗き込む。
 おー、とアールとともに歓声をあげて、ちらり、妹たちを見た。
「なあアール。こんなのがすぐ近くで見れるのにこないなんて、かっわいそうだよなー?」
「プピ?」
「あーあ、こんなの次いつあるかわかんないってのにさ。だいたい、これより危ないことだってオレたち知ってるじゃん。な?」
「ピーピピ」
「「…………」」
 いかにもあてつけてるそれに、まず、ベルフラウが眉をつりあげた。
「ナップ! それは厭味のつもりですの!?」
「さーあ? そう思うってことは、そうなんじゃねーの?」
「……っ、こ、こんなの大したことじゃないんですからね!? ……行くわよ、アリーゼ!」
「えっ!? あ、え、ええっ!? わ、私はいいよ!」
「だめよ! あなたもね、いつまでも私やナップたちの後ろに隠れてるんじゃなくって前に出るようにならないと! 軍学校じゃ、バンジージャンプなんて日常茶飯事なんですから!」
 ……もう、ベルフラウってば、すっかりヒートアップしちゃってー。などと、会話を聞きながら思う
 もしかして、きょうだいのなかで一番気が短いんじゃなかろーか。きかん気なのはナップだけど、沸点が低いのは彼女、ってことで。
 残るふたりは沸点は並か高いほう、かな。
「…………バンジージャンプなんて、必修項目のなかにあったっけ?」
「今年度から追加されてるのかもしれませんよ」
 あってたまるか、そんな軍学校。
 真面目な顔で話す先生たちに、んなことはないだろうから信じるな、と、ツッコミ入れようかと思ったときだ。
「きれいでしょう?」
「――わ」
 緩慢な動作で傍に来たファルゼンが、こっそりと、ファリエルの声で囁いた。
 驚きに目を見張ったに、ほんのかすかだけど、笑い声のようなものが届く。たぶん、周囲には聞こえてないだろう。の動作だって、近づいたファルゼンに驚いたと解釈されているはず。
 ただ、フレイズだけが、ちょっと複雑な表情でこちらを見てた。
 やっぱり、主をとられるみたいで、いい気持ちはしないんだろうか。
「うん、すごくきれいです」
 きれい――そんなことばで表現しつくせないほど、きれい。ほかにことばを知らないのだからしょうがない、百万言を尽くしても、たぶん、この目でこの光景を見て心に生じた熱を伝えきれることはない。
 だから、出来る限り、精一杯。それらを込めきれるだけ込めて、頷いた。
「人の手が入らないからこそ、この美しさも保たれてきたのかもね」
 歩み寄ってきたスカーレルが、笑みを浮かべてつぶやいた。
「ええ、本当に。自然の力の偉大さを、改めて感じますよ」
 一歩遅れて追いついたヤードも、同じように笑っている。
 そうですね、と応じて、はもう一度、氷の滝に視線を戻した。
 誰が意図したわけでもない、強いて云えば世界がつくったこの光景を、帰った先で彼らに伝えることが出来るようにと。
 強く、強くまぶたに焼きつけた。

 ……帰り道で。伝えることが出来るようにと。
 あたしは、もう、きっと、だいじょうぶだからと――――


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