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【休日本番】

- さあ出発だ -



 一夜明け、晴れてぴーかん、いい天気。
 カイル一家の船の前には、これまでに類を見ない人数が集合していた。
 数もそうだが、顔ぶれを見ても実にバラエティに富んだ面々である。各集落から来てるんだから、それも当然っちゃあ当然だけど。
 内訳は、ま、概ねいつぞの宴会のときと同じと思ってもらえば間違いあるまい。どこかの嘘記憶喪失さんとか抜けてるのはさておいて。
 最近姿を見ないが、あれからどうしているのやら。心を入れ替えるなんてわけもなかろうし、作戦でも練ってるんだろうか。ああ嫌だ、疑い深くなって困る。
「――ん」
 そんな嫌な思考を振り払うように、は大きく頭を振った。
 赤い髪が数房、目の前を横切る。そこに重ねて、自分を呼ぶ声。

「はい?」
 振り返ると、ソノラが怪訝な顔して立っていた。
「どうしたのよ、ぼーっとして。まさか、出発前から日射病?」
 ぱたぱた、目の前で手を振られ、「違う違う」と慌てて否定。
 見れば、それぞれ話をしてた何人かが、ソノラと同じような表情でこちらを見てた。そんな変な顔してたんだろか。
 クノンが懐に手を伸ばすのを見て、あわてて声を張り上げる。
「ストップ、クノン! 元気だからあたし!!」
「――そうですか」
 声に、幾分残念そうなものが混じってたことには、気づかなかった振りをして。
 その隣、例によってプニムを抱っこしたアルディラに視線を向けた。
 それが合図になったわけでもないのだろうが、視線を受けたアルディラはひとつ頷くと、少し離れた場所で子供たちと話していたレックスたちへと向き直る。

「皆、準備が出来たみたいよ。行きましょうか?」

 レックスとアティがそうして頷き、いざ、出発である。



 実はちらちらとキュウマを気にしてはみたのだが、さすがに今日まで企みモードをする気はないようだった。ミスミやスバル、彼と一緒に行くパナシェから一歩下がった場所を歩きながら、穏やかな笑みを浮かべている。
 そんな彼から視線を動かせば、実に楽しげな道中を繰り広げている一行の姿が目に入った。
 他愛のないことを話して笑っている、アティにカイルにソノラ。レックスはたまに足を止めて、野生の植物の解説なんぞしてたりする。これは授業にカウントされないらしく、聞いているウィルとナップは感心することしきり。……だからって、生食にチャレンジしようとするな少年たちよ。苦いぞ、野草は。
 スカーレルとヤードは、一行の後方をつかず離れず歩いてきている。彼らの足なら、少なくとも片方は遅れたりしないのだろうが……こういった賑やかなのには一歩下がる性格なんだろう。なんだかんだと楽しそうだからよし。
 ファルゼンとフレイズ。またしても貴霊石を持参したらしいので、行動に支障はなさそうだ。むしろ、頭の後ろで腕を組んで欠伸なんかしてるヤッファのほうが、よっぽど。あ、マルルゥにつっつかれた。
 んでもってベルフラウは、お姉様ことアルディラの傍に、アリーゼを引っ張ってくっついている。それはどうかと思ったが、アリーゼもアリーゼで、わりと楽しそうに傍のクノンと話してる。弾んでる(?)ようだけど、話題のネタはなんだろう。彼女のことだから、物語とかなにかだろうか。
 ――ちなみに、蛇足。
 いつぞの約束を思い出して、は、昨日の帰りにメイメイを誘いに行ったのだが、酒がないならいい、と断られた。
 あのひとの人生、酒しかないんか。
「行きはよいよい、帰りはなんとやら〜♪ ま、楽しんでらっしゃいな♪」
 なんて歌って見送ってくれただけ、マシというものかもしれない。
 いろいろ考えているうちに、ふと。
 もう一組の留守番軍団を思い出した。
「ジャキーニさんたちも、誘ってあげればよかったですね」
 今日も畑仕事に勤しんでるだろう彼らのことをアティにそう告げたらば、彼女は「あ、それですね」とにっこり笑って応じてきた。
「そのうち、皆さんにもお休みをとってもらおうってレックスと話したんです。今日、ヤッファさんとマルルゥに提案してみるつもりなんですよ」
「さすが。話が早いです」
「ええ。昨日ジャキーニさんたちにお話したら、やっぱり嬉しかったんでしょうね、なんだかしどろもどろになっちゃってて、ちょっとかわいかったです」
「あのヒゲがかよ」
 ちょっぴし呆れた顔で、カイルが横からツッコんだ。
 だがアティもさるもの、笑顔はそのままに彼を振り返り、
「あら? でも、わたし、カイルさんもかわいいなって思うときがあるんですよ」
 ――と、聞きようによってはなんとも意味深なことをのたまいになった。
 とソノラは思わず顔を見合わせるが、どっこい、アティのことだ。そのへん考えてないに違いなく、にこにこ笑ったそのまんま。
 カイルもカイルで、こちらは脳みそに行くべきエネルギーが一部筋肉に行っているようなので、やっぱり察した様子がない。
 なんか、無駄に緊張したぞ、今。
「かわいいって、おい。男に云うセリフじゃねえぞ」
 案の定、カイルは髪を乱暴にかきまわしながら、疲れた顔でそう云った。
「そうですか?」
「そうそう」
 首を傾げるアティ、深々と頷くカイルを見て、再度、とソノラは顔を見合わせ、それから、少し離れた場所で元気に少年たちと戯れてる、もうひとりの先生を一瞥し、
「「……はあ」」
 深い深〜い、ため息をついたのだった。


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