……ぷしゅー、と、蒸気機関車めいた音をたてて、機械兵士の腕がそろそろと下ろされていく。
「き、緊張したであります……ッ!」
ある程度の頭から離したあと、その腕は一気に落っこちた。
盛大な衝突音と震動に、は思わず前のめり。どうにかこうにか身体を支えることに成功すると、目の前の彼を見上げて「あははは」と笑っていた。
「ごめん、ありがと。戦闘外の動作は不慣れでしょ」
「あ。いえ、お気になさらずに。自分がそうしたいと思ったからでありますので、はい」
「そっか……ありがと」
ちょっと乱暴に目元をぬぐって、機械兵士を正面から見た。
頭部以外は直線的なフォルム、色彩は黒と青がバランスよく使われている。腰あたりにあるのはポーチなんだろうか。ユエルが似たようなかっこしてたっけ。
しげしげと頭から足先までを眺めて、本当なら最初にするべきだった問いを口にする。
「あなたの」
「は」
それに対し、妙にかしこまった返答をする機械兵士。
「名前、教えてくれる?」
「はっ。型式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-XE-LDであります!」
「じゃあ、――ええと、ヴァルゼルド?」
「はい! 教官殿と船長殿にもそう名乗りましたであります!」
ヴァルゼルド。
舌の上で転がしてみると、意外にしっくりとそれは馴染んだ。
「ありがとう。あたしは――――」
云いかけて。
「どうされたでありますか?」
「ううん」
ことばを途中で止めたを、また泣き出したかと思ったんだろうか。少し焦った声での問いに、笑ってかぶりを振ってみせる。
それから、
「あたし、だよ」
赤い髪と翠の眼の少女は、そう名乗り、微笑んだ。
殿でありますな、と、ヴァルゼルドが復唱する。かちゃかちゃ、きぃんと音がした。記憶してたりするんだろうか。
黙って見守っていると、「お」と彼は、顔を空へと向けた。
「そろそろ日暮れであります。女性の一人歩きは危なくないですか」
「……どうだろ」
あんまし女性でカウントされたことって、ないし。
ちょっぴりふてくされてそう云うと、ヴァルゼルドは僅かに間を置いて、
「前言撤回いたします。ふたりと一匹歩きなら、だいじょうぶでありますな」
と、の背後を見て告げる。
その視線を追いかけて、は「あ」と口にした。
日の暮れかけたラトリクスを突っ切って、レックスとプニムがこちらに向かってくるところだったのである。
夜は節約のために機能停止するのであります、というヴァルゼルドに再度礼を云い、はレックスとプニムとともにラトリクスを後にした。
ヴァルゼルドの充電が完全に終わるまでは、あと数日かかるという。ならばその頃逢いに行く、と約束もした。そのほうが充電も早いだろうし、機能停止してても外部センサーは切れているわけじゃないらしいから、誰か生命反応が来れば判るらしい。
弱々しい太陽の光が差し込む森を、三人、もとい、ふたりと一匹は歩いていく。
そうそう。どうしてレックスがラトリクスにいたのかというと、明日の休みを一緒にどうか、と、アルディラを誘いに来たんだそうだ。
……だからといって、恋人同士の仲睦まじい明日を想像しないように。
“休みを”“一緒に”の前に“みんなと”が入るのだから。
青空学校で、レックスかアティか子供たちか知らないけど、誰かが口を滑らせたのが運のつきだったらしい。スバルとパナシェ、それにマルルゥが「自分たちだけ行くなんてずるい!」と大騒ぎ。
結局、じゃあみんなでどこかに行こう、ってなことになったんだそうだ。
なんというか、つくづく学校だ。うん。
「それで、アルディラなら島の名所か何かも知ってるかな、って思ってさ。誘うついでに聞いてきたんだ」
「何かありました?」
「うん。いくつか教えてもらったよ。で、蒼氷の滝ってところから、イスアドラの温海をまわるルートはどうかって……よく判らないから、お任せにしちゃったけどね」
うむ。おのぼりさんは、素直に現地のガイドに任せるが吉。
おのぼりさんでも現地ガイドでもないけどな、このへんの関係は。
「なんだか」、
ふとを見下ろして、レックスが云った。
「こんなふうに着々と準備が進んでいくと、楽しいな。さあもうすぐだぞ、って感じで」
「そうですね」
はにかんで笑う彼へ、同じように笑ってみせる。
「ナップくんたちやスバルくんたちの面倒はみんなに任せて、明日はめいっぱい羽伸ばしてくださいね」
「……う。それはありがたいけど、でも、本当にいいのかなあ」
子供たちを引率するのは、こう、教師としての……とかなんとか云い出したレックスを見て、は、笑みを乾いたものに変えた。
心境としては、“この期に及んでまだ云うか”だったのは、云うまでもあるまい。
――寝入った彼らに催眠学習でもしたろかと。思ったのは、秘密。
実行されたかどうかは、誰も知らない。