TOP


【休日予行演習】

- 彼らの願うもの? -



 ひとしきり茶を味わってから船に戻り、昼食を終えてから出向いた狭間の領域には、先客がいた。
 今の同行者は、ヤードに代えてプニムである。午前中姿が見えなかったが、どーせアルディラのとこに行っていたのだろう。このおませさんめ。
「ヨク、キタ」
「いらっしゃいませ」
「よう」
 祠の入り口に姿を見せたを認め、最初にファルゼンがそう云った。続いて、フレイズが、わざわざ入り口まで歩いてきて出迎えてくれた。
 それから最後に、ファルゼンと向かい合っていたヤッファが、気安げに手を上げる。
「何か約束してたのか?」
「イヤ……トクニハ」
 その疑問が自分に向けられたものであることを知り、はフレイズに礼を云うと、早足に護人ふたりのところへ移動する。
「こんにちは」
「ぷいぷっ」
 と一礼し、さっそく本題に入った。
「約束じゃないんですけど、先日の件。どうなったかなと思って」
「先日?」
「……きゅうまノコト、カ」
 首を傾げるヤッファの横、ファルゼンが緩慢な動作で頷いた。戦闘中は、このいかにも重そうな鎧が、大剣を右に左に振り回すのだが、今のそれではなんとなく想像しづらい光景ではある。
 極力、魔力の消費を抑えるためのものなのだろうが――それならいっそ、鎧ではなくてもうちょっと軽いモノで、その代役をつくることは出来ないのだろうか。鎧を動かすためにも、ある程度の消費はあるのだろうし。
 なんてちょっと脱線したのも束の間、紡がれた名前を聞いて、ヤッファが眉をしかめていた。
「なんだ、おまえさんもか」
「……というと?」
「私たちも、今、そのことについて話し合っていたのですよ」
 背中からやってきたフレイズが、苦笑しながらそう教えてくれた。
「あらら」
 これは、タイミングがよかったのか悪かったのか。力ない愛想笑いをして、はフレイズを通すために一歩退いた。
 軽く頭を下げて、金髪さんはファルゼンの傍らに戻る。……どうでもいいが、金髪さんという呼称を出すと、直後に黒髪さんの顔が出てくるのって、一種の刷り込みなのだろうか。
 実に懐っこく笑ってたマネマネ師匠(本体?)の笑顔を思い出して、ちょっぴり和む。時間があったら、行ってみようか、なんて思ってしまった。
「そういえば……ヤッファ殿から伺いましたが、先日は大変だったそうですね」
「ネコンダ、ト、キイタガ……モウ、カラダハイイノカ」
 気がかりそうなふたりの声に、「はい」と元気よく返す。
「たんまり寝込みましたから、もう復活です。元気元気、ほら」
 その場でぴょいぴょい飛び跳ねた程度で元気の証明になるかと云われれば、十人中九人は首を傾げるだろう。が、は残りの一人であり、幸い、その場の一同、深くそれを追究するつもりはないようだった。
 太鼓判を押してくれているつもりなのか、その足元で、プニムが胸張ってえっへんのポーズ。それで、なんだか一気に場が和む。
「そうか。ま、闘気とやらが何か知らんが、無理はするなよ」
 カイルと似たようなことを云って、ヤッファがの頭に手を置いた。髪の上からでもよく判る、ふかふかとした感触。むしろ、もっと撫でてくださいってなもんである。
 というか、闘気説で納得してくれてたんですね。表面上だろうけど。
 それはさておき、目下の問題は、とは頭を切り替えた。
「キュウマさんが遺跡復活を目論む動機――ですけど。何か、判ったんですか?」
「判ったというか、予想はついた」
 の頭から手を放し、肩をすくめてヤッファが云う。
 長い話になるから座れ、と促されて、祠のなか、ちょうどいい高さの岩に腰かける。精神生命体に肉体的な疲れはないのか、ファルゼンとフレイズは佇んだままだ。
 ファルゼンに小さく頭を下げて、フレイズが口を開いた。
「キュウマ殿は、この島を作った無色の派閥の召喚師がシルターンより喚びだした鬼将……リクト殿の、腹心の部下でした」
 リクト殿についてはご存知ですか? そう目で問われて、こくりと頷く。
 風雷の郷を束ねるミスミの良人であり、豪雷の将とまで呼ばれた鬼人。そして、キュウマがかつて仕えた主。彼に誓った忠誠そのままに、キュウマはミスミたちを気にかけている。
 そうそう。だから、スバルにまで心配されるのだ。気をかけすぎだから。
 帰りしな、一応は穏やかな表情で見送ってくれたキュウマの姿を思い出し、ちょっと嘆息。あのあと、きっと訓練に向かったのだろう。
「そんなわけでな」、
 フレイズのことばを引き継いで、ヤッファが云った。
「真面目一徹な奴のことだから、残された二人のことは命に代えても、って思ってるのは間違いねえ。……実際、リクトの遺言でな。ふたりを頼む、って云われてたのをオレは知ってるしよ」
 後半、瞼を伏せて告げられたそれに、はうまい反応が返せなかった。
 島で起こった戦いで、リクトは命を落としたのだという。ならば、ヤッファもまた、それに参加していたということか。……戦いとは、おそらく、以前ファリエルの語ってくれた、魔剣に関するあれなのだろうか。
 相当大きな、そして被害も数え切れないほどのものだったのかと。想像するのは容易い。
「……ですので、キュウマ殿の行為は、何かしらミスミ様たちに起因するだろうというのが我々の予想でした」
「でした?」
「ええ。予想で終わらせても仕方がないので、皆さんが寝込んでおられる間に調査していたんです」
「……調査?」
 どうやって。
 首を傾げたに、フレイズは苦みばしった笑みを向け、
「紛れ込むのにはうってつけの人材がいますから」
「…………」

 マネマネ師匠か。

 わりと働き者らしい黒髪さんの株が、何気にアップした瞬間だった。
 後で双子水晶行って、お疲れ様くらい云って帰ろう。予定決行決定だ。
「で、判ったことといえば……相も変わらず、奴があのふたりに執心してるってことだった」
「あの。それってダメだったんじゃ」
 云いかけたのことばを遮って、ヤッファは続ける。
「中でも引っかかったのが、スバルの成長の遅さを気にしてるってこった。本当なら、おまえさんとこのガキくらいになっててもいいはずなのに未だ幼いのは、やはりこの島での時間の流れが関係してるんじゃねえかって、鬼姫と話してたそうだ」
「時間の流れ?」
「ええ。詳しくは省きますが、この島の時間は外界と比べて進みが遅いのです」
「……そうですか」
 省くと云われてしまったことでもあるし、はそれ以上の追及を避けた。そして、思考を元のさやに。
 “やはり”。
 そんなものが付くということは、彼らの間では数回と云わず交わされた議論なのだろうか。
 いや、それよりなにより。
「――ということは」
「結局予想だ。予想に過ぎねえ。だが、他に思い当たらないんだよ」
 鬣を乱暴にかき乱して、ヤッファは云う。
「あの野郎、喚起の門を修繕して、ふたりをシルターンに帰してやるつもりなんじゃねえのか……ってのが、オレたちが出した結論だ」
「あー……」
 これも一種の親バカなのだろうか。もしくは行き過ぎた忠義者なのだろうか。
 がくりと肩が落ちる。たぶん、ヤッファと同じ理由で。
「補足ですが」、フレイズがぽつりとつぶやいた。「そのときのミスミ様は、気にすることはないと朗らかに笑って流していたそうです。どちらかというと、焦る感のあるキュウマ殿を宥めるようであったとか」
「そうですか……」
 おかしな話だ。
 スバルの母親であるミスミがちっとも気にしてないのに、従者として在るはずのキュウマが必死になっている。
 しかも、一歩間違えば島をぶち壊しかねない喚起の門復活まで目論んで。
 ……それはちょっと、行き過ぎた、の一言じゃ済ませられないぞ。
「ああ、あとな」
「まだ何かあるんですか」
 遠い目になったの意識を引き戻し、ヤッファが曰く、
「アルディラにも、そういう意味じゃ気をつけろよ。あいつにも、門にちょっかいを出す動機は十分あるんでな」
「……アルディラさん……?」
 いつか、ファルゼンとフレイズとともにラトリクスを訪ねたときの彼女を思い出した。
 どこか危うくて、どこか儚くて。
 まだ迷っているのだと、最後につぶやいていた、彼女――
「ぷー!!」
 そこで、唐突にプニムが声を張り上げた。
「わ!?」
「おっ、おい!?」
「……」
 それまでおとなしく話を聞いていたプニム、声と同時に飛び上がり、ヤッファをポカポカ殴りだす。――いや、ボカボカ、ドコドコ。
「こら、まて、いて、ちょ、洒落にならね、うわ」
「こ……こらこらこらプニム!」
「ぷーっ!!」
 あわてて抑え込むを、弾こうと思えば弾けたろう。だが、プニムは悔しそうにちっちゃな手を振り回すばかり。
 その隙に避難したヤッファが、「おお、いて」とうめきながら、毛をかきわけて痣になってないかどうか確認し――ちょっと顔をしかめていた。
「ったく、いきなり何しやがる」
「ぷ! ぷー!」
 しかめっ面のままかけられた声に、プニムはまたしても盛大に抗議。
「……あ? そんなことするはずねえ?」
 メイトルパ同士、ことばの通じるヤッファは、苦もなくその意図を汲み取って、ますます渋面になる。
「どこから来るんだ、その根拠は」
「ぷぅ! ぷいぷぷぷーぷーぷっぷっぷ!!」
「…………なんだと?」
「ドウシタ……?」
 ヤッファのしかめっ面に、怪訝な色が混じった。
 ゆっくりと首を傾げるファルゼンの問いに、彼は、口元を微妙にひん曲げて応じる。
「いや……あいつは絶対にそんなことしねえ、だと」
 結論を告げて、一拍の間。そして理由を付け加えた。
「迷ってるけど声を見つけたから、きっと近いうちに断ち切れる、とさ」
 ――何の話だか。
 ぼやくようにそうしめて、ヤッファはプニムに視線を戻す。その眼差しは、心なし鋭い。
「おまえ、何を知ってるんだ?」
「ぷ。ぷいぷぷーぷ」
「だとよ」
「いえ、解説してください」
 いつものめんどくさい病が出たのだろうか。プニムが云うなり振り返った告げたヤッファに、フレイズががくりと項垂れた。
「めんどくせえなあ」
 予想どおりにそうつぶやいて、
「昨日か一昨日か。遊びに行ったら、そんな意味のことを云ってたんだとよ。なんかすげえ疲れてたらしいんだが、それがなんでかは判らなかったらしい」
 ちなみに、
「……天気雨みてえな顔してたそうだ」
「それこそ、なんなんですか!?」
「オレに訊くな」
 繰り出された裏拳を軽く避けて、ヤッファは壁際に寄った。そのまま背中を預けて腕を組み、己の説を固辞するように胸を張ってるプニムを見て、仕方なさげに目を閉じる。
 それが開いたときには、表情は苦笑に変わっていた。
「判った判った。納得してやるよ、こいつらの話とも合ってるしな」
 どうやら、先日のラトリクスでの話も聞いていたらしい。
 立てた指でファルゼンとフレイズを指さしながらのそれに、プニムもようやく溜飲を下げたようだ。「ぷ」と一声鳴いて方向転換し、の足元に鎮座する。
 そんな青い生き物を、は軽く蹴り上げて、自分の腕に抱きとめた。
 ボールでも扱うかのような行為だが、その実やられてるプニムが楽しそうなのだから問題はないだろう。
 重みとやわらかさを感じながら、つぶらな瞳を見下ろしてみる。
「……おまえってさ、本当に何なのかな?」
「ぷ」
「プニムだ、だと」
 律儀に解説してくれたヤッファはありがたいけど、この場合どーでもいいというか。
 かくりと項垂れかけただったが、フレイズが話を引き戻したために、それは未遂に終わった。
「では、やはり留意すべきはキュウマ殿だけですか……とは云え、表立って追及するのは難しいでしょうね」
「アア……皆ノ間ニ、無用ナ混乱……ヲ、起コシカネ、ナイ……」
「とりあえず、たまに見回りにでも行くとするか。場当たり的の後手まわりだが、今の時点じゃあな」
 そう話す、彼らを見て。
 ひとつの疑問が、鎌首をもたげた。
「皆さんは」、
「はい?」
「その……喚起の門を復活させて、叶えたい願いとか、ないんですか?」
 ――遠い。遠い昔。
 戦いを越えてきた、彼ら。
 何かを失った、彼ら。
 そのうちのふたりは、叶えたい願いがあるという。
 ならば、こちらのふたりには、そのようなものはないのだろうか。
「……」
 ファルゼンは何も云わない。
 ヤッファは、
「――」
 目を閉じて、口の端を持ち上げた。
「島の奴らの中には、戦いが終わってから生まれた奴もいる。そんな奴らまで巻き込むような真似は、したくねえな。……今、せっかく毎日昼寝出来てるってのによ?」
 茶化すような後半に、ファルゼンがゆっくりと頷いた。
 ことばにしては何もない、けれど、ふたりの護人は同じ意思を持っているのだろう。
 明確に伝わるそれに、は己の問いを少し恥じる。
「すいません。変なこと訊いて」
「ああ、気にすんな。――と、話もついたことだし、オレはそろそろ戻るとするかね」
「そうですか。お疲れ様です」
「デハ、マタ……」
「おじゃましましたー」
「ぷ!」
 辞去するヤッファにくっつくようにして、とプニムも瞑想の祠を後にした。
 昼間だからか、静まり返った狭間の領域をぐるりと見渡して、双子水晶はこっちだったっけと見当をつける。その背中に、ヤッファが声をかけた。
「どこか行くのか?」
「あ、はい。マネマネ師匠のところに」
「……ああ。あいつな」
 なんだかげんなりした顔になってそう云うと、彼はちょっぴり急いだ様子で身を翻す。
「それじゃあな。オレは帰る」
「はい。おつかれさまでしたー」
「ぷー」
 頭を押さえて心なし早足で去っていく後ろ姿を見送り、とプニムは顔を見合わせた。
 ……もしかして、ヤッファもマネマネ師匠の犠牲になったことがあったんだろうか。
 その予想はたぶん、九割方真実だろうけど。


←前 - TOP - 次→