目を開ける。
身体を起こす。
隣のふたりに挨拶をして、ベッドから降りる。
カーテンを開けて、お日様の光を取り入れる。
大きく伸びをする。
「――ん」
一連の動作を終えて、身体をチェック。
どこもだるくないし、痛まない。昨日までは鉛のように重かった頭も、今日は風船のようだ。
本当に水素ガスが詰まってたら、嫌だけど。
振り返れば、一拍遅れてベッドから出た残りのふたりも、各々身体の具合をたしかめていた。
それを横目に念のため、もう一度頭から足まで動かしてみて――
「よっし、ふっかーつ!」
拳を天に突き上げて、は誰にとなく宣言した。
「ふっかーつ!」
「復活です!」
つられたように、レックスとアティが同じく、拳を天に突き上げた。
熱を出して寝込んでから、たかだか数日で復活してきた三人を、カイル一家と子供たちは実に奇異な目で眺めてくれた。かつ、「本当に治ったの?」と、つっつく者までいた。
が、実に爽やか、かつ後ろめたさなんて欠片もございません、的笑顔が三人分返ってきたために、ようやく納得してくれたらしい。
というわけで、その日の朝は、久しぶりに全員揃って外での朝食となったのである。
お日様の降り注ぐ浜辺、日よけの下にあがる声は、本来の人数以上に賑やかだった。快復祝いなのか食事もいつもより多く、美味しかった。子供たちも何品かをつくったんだと自慢げで、それでまた賑やかしさに輪がかかる。
――カイルがおもむろに切り出したのは、そんな朝食の後だった。
「というわけで」、
何が“というわけ”なのだろう。前置きまったくナシの切り出しに、一行が、いや、レックスとアティがきょとんと彼を見た。他の面々も同じように船長を見ているが、そこに疑問の色はない。
はというと、一瞬疑問符を浮かべかけたものの、直後「あ」とつぶやいて納得した。
「明日は、先生たちに休日をとってもらおうと思う」
「「……は?」」
異口同音に声をあげたふたり。そこまでは、にも予定どおりだった。
が、
「も含ム」
「へ?」
しれっと告げられたソノラのことばに、今度こそ、頭上に疑問符出現。
なんであたしまで、と己を指さすを見る一行の目は、何故だか生ぬるい。
「倒れていたのは、さんもでしょう?」
軽く頭に手を置いて、子供を宥めるようにヤードが云った。
「で、でも」
なお反論しようとするを覗き込んで、彼はさらりと一言追加。
「……召喚主命令です」
「うわ! 禁じ手!」
なんか最近すっかり忘れかけてたが、はヤードの召喚獣という笑える経歴があるのだった。いや、経歴というより、いっそ恩。
この時間に喚び出されて以来、ちっともあの時間旅行兆候が襲ってこないことを見るに、やはり召喚術というフィルタを通して存在が固定されてしまったのだろう。ありがたいことこの上ない。
ちっとも大上段に構えてなんかない“命令”に、思わず悲鳴をあげて――それでも反抗心が浮かばないのは上記の理由もあるし、なにより、ヤードが自分を案じてくれてることを察したから。
そうして視線を動かすと、レックスとアティも、子供たちに「休め」と説得されて困った笑みを浮かべている。
……漏れ聞こえる会話からするに、なんとあのふたり、軍学校での休日は自習してるか寝てるか本を読んでるかだったらしい。それを聞いた子供たちが、目に見えて脱力している。
「おいおい」
頭抱えて、カイルが力なくツッコんだ。
「何か趣味とかねえのかよ。釣りとか、よくやってるだろ」
「あれは食材をとるためですから、趣味とは……」
応じるアティの声には、なんとなく困り果てた感がある。
隣のレックスも首をひねって、
「実は街に遊びに出たこともないんだよ。村からお金を出してもらってる立場だったからさ、無駄遣いなんて出来ないって」
だから、そういった遊びとかも知らない、と。
聞いたその場の全員が、がくがくと崩れ落ちる。
際限なく疲れ果てそうな会話を転換しようとしたのか、ナップがを振り返った。
「アンタは? 遊ぶって云ったら例えば何したい?」
「……あたし?」
問われては首を傾げ、デグレア及び聖王都での日々を思い返す。
――えーと。
デグレアのときは、休みになったらゼルフィルドの整備手伝って、本を読んだりイオスといっしょに軽く運動したり、三人で食べるためにご飯つくったり。
聖王都に落ち着いてからは、毎日が休みみたいなものだったけど、その分毎日稽古してマグナとトリスといっしょにネスティに召喚術しごかれて時間が空いたら本を読んだりレルム村復興たまに手伝ったけど、あれは遊ぶとは云わないし。
…………
えと。
もしかして、あたしもレックスたちのことは云えませんか?
首を傾げて硬直したままのを見て、察したのだろうか。スカーレルが、「はあ」と巨大なため息をついた。
「も以下同文ってわけね」
「いい大人がそろいもそろって……本当に似たもの同士ですのね……」
ベルフラウが、こめかみ抑えてつぶやいた。頭痛が痛いんだろうな、ごめん。悪気はないんだよ。
「ま、時間は今日一日あるんだ、ゆっくり考えておけばいいさ」
はは、と笑み混じりにカイルが云って、それでその場はお開きになる。
だけどもさ。
一日かけて考えて、答えが出るかと問われたら。そして、それをネタに賭け事なんてやってみたら。
“出ない”に、きっと全員がかけるんではなかろうか――?