ざあざあと、雨が降る。
少しずつ小降りになってきたそれを避けるように移動した船の影で、ふたりは向かい合う。
風雷の郷での戦闘のあと、レックスとアティの容態もあって、半ば逃げるようにして背にしてきた女性を見、は、つきかけたため息をかろうじて抑え込んだ。
「……」
夜だからだろうか、ぼんやり見えるメイメイの顔に、いつもの赤みは見てとれない。いや、もしかしたら、酔ってさえいないのかもしれない。
普段のふらふらした様子はなく、しゃん、と立つ彼女を見るうちに、それは予想でなくて確信へと変わっていった。
「昼間の、焔なんだけど」
声も確りしている。間延びなんてしてない。
「先生たちの剣、その魔力に似てた。けど、それより、もうちょっと、別のものに感じたわ」
身体を硬くするに気づいているのか、メイメイは少しだけ間を置いて、ことばを続けた。
「ちゃんに話した、友達の。力。出てきた形は、それに似てた」
「…………」
「ふたつとない、はずなんだけど。……本当に、そっくりだった」
まるで、あの子が戻ってきたような気がした。
「……」
あの焔は、世界のちから。
人の意志に触れて魔力になる前の、ただ流れてる、純粋なちから。
今はまだ遠い、彼女とともにいたことで、魂に馴染んでた通す道。
――ヤッファは云っていた。
“白凰”という意味を持つ名――“”は、かつてリィンバウムの守護者であった者に、とある詩人が贈った嘉名なんだと。
「……」
沈黙でもって、はメイメイのことばを飲み込んだ。
ふ、と、メイメイが笑う。
「ちゃんって、隠し事ヘタでしょ」
「う」
方向転換した容赦ないひとこと。これは、さすがにちょっとこたえた。
「どうしてあんなのが使えるのか訊きたいけど、たぶん教えてくれないわよね?」
「……き、企業秘密で」
「そっかぁ。ちょっと教えてあげたいことがあったんだけど、ちゃんはメイメイさんに教えてくれることはないのねえ?」
「うぅ……っ」
教えてあげたいこと。それは、かなり気になるところだ。
普段ふざけまくってるメイメイのことばは、その実かなり重要な意味を持っていることが多いから。
だけど、言外に“交換条件がなくちゃ嫌”なんてやられた日には、しかもそれが出せようもない条件なら……そりゃ、葛藤もしようってもんである。
ところが、メイメイはそんなを見て、くすくすと口元に手を持ってって笑い出した。
「にゃはは。なんて、ね」
「は?」
「メイメイさん、無理強いはしない主義なの。だって、ちゃんの使ったアレ、あの子のものと違ってたからね」
あなたを道にしてたって点は似てるけど、うん、焔の質は全然違うかな。
別物なのよ、と、はっきり云われたに等しいは、
「そうね、似てるっていうなら――」
つぶやきかけたメイメイのそれを聞き流し、
「さ……さいですか」
と、がっくり肩を落とす。
そりゃあ、もともと自分が持ってたわけでないのだから、道があの人に比較して大きくも広くもないのは判ってる。あの頃時折掠めた記憶――描き出された焔のつよさは、と比べるべくもないほど大きく、そして美しかった。
規模を云っているわけではないメイメイのことばだったが、違うと云われて至った思考は、そこだった。
預りモノから、お下がりに移行したようなものなのだから、違いなんてそのくらいしか思いつけなかったのが本当のところ。
「――ただ」、ちょっとくされたの耳に、静かなメイメイの声が届いた。「ああいうの、通す道ね。生まれつき持っていたわけじゃないだろうから……あまり、頻繁に使わないほうがいいなあって思うわけ、メイメイさん」
「――――」
たった今思ったことを、見透かされたような気がした。
顔をあげただけでは飽き足らず、の足は自然に動いてメイメイとの距離を詰める。
「……それって、どういう……!?」
「ん。理由は内緒」
「っ、メイメイさん〜〜っ」
この人は、いつもこうだ。
思わせぶりに云っておいて、その真意は霧の向こうに置いたまま。
「だってねえ」
やり場の無い疑問を抱えたが拳を震わせたとき、メイメイがつぶやいた。
「星がね、最近、混ざっちゃってよく読めないのよ。なぁんかへんてこりん、かつ、よろしくない兆しがそこかしこにあるんだけど、それが誰のかうまく見通せなくって……」
それで、本日突拍子もないもの見せてくれたちゃんか先生たちかなって仮定して、お話だけでもしておこうかしらって思ったわけよ。
そう云って、メイメイは気まずそうな笑みを浮かべてみせた。
ぽかんと口を開いたの表情に、たぶん、気づいたからだろう。
「……そのために、夜中に、雨の中……?」
「にゃはは、雨の音聞いてたら鬱々してきちゃってねえ、散歩がてら思い立ったが吉日って♪」
――――誰も起きていなかったら、どうする気だったんだ、このひと。
すでに日付が変わろうという時間、しかも天候が悪すぎる頃合いにお散歩など実行する神経を、改めて、なんというか……尊敬したというか感服したというか。
そのあたりを指摘しても、メイメイはやっぱり笑ってこう云った。
「うん? そりゃあほら、誰か起きてるなって確信があったから来たのよ?」
その確信はどこから来たんだ――とは、さすがにつっこめなかった。
彼女のことだから、“なんとなく♪”とか返ってきそうな気がしたからだ。
けれど。
……うん、けれども、だ。
軽やかな足取りで帰るメイメイの背を見送る前に、その根拠を訊いておくべきだったのだと――たとえしばらく後に考えることがあったとしても、それは、後の祭りというやつなのである。
「碧がいざない」
「紅がさざめき」
「白がかくれて」
さて。
「――収束は、どこへ向かうのかなあ」
自らの店に舞い戻り、ちっとも濡れてない頭や身体を軽く払う素振りなどして、傍観者がつぶやいた、そのころには。
もう、島全体が夜の帳に包まれて、静かに、時を進めていた。
……そして翌朝。
カイル一家の船の一室では、
「……自分のこと棚にあげるのは判ってるんだけどさ」
「……判ってるなら、勘弁してください……」
「だめです。気分が悪くて外に出たなんて……それで雨に打たれて熱出しちゃって、どうするんですか、もう……! あ、いたた」
「――いいから。アンタたち大人しく寝てなさい」
集められてベッドに突っ込まれた病人、計三名が、看護人の頭を痛めさせることになっていたのである。
…………合掌。