TOP


【卑怯者】

- 嘘つき -



 ――本日のまとめ。
 小火騒ぎの犯人は帝国軍。(主犯はイスラとビジュと思われる)
 帝国軍、分裂風味。(アズリア派とイスラ派?)
 イスラ、策士。(というか卑怯者。大嘘つき)
 ミスミ様、強い。
 碧の賢帝、距離があっても喚べば応える。

 ……、わりと謎の人物。

「闘気」
「無理ありすぎだぞ、それ」
「闘気って云ったら闘気」
 さりげなく伸ばされた腕を払いながら、は、カイルから視線を逸らした。
 ざあざあと煩い窓の外を気にするかのような素振りに、だが、相手はだまされてくれない。
「おまえな、それじゃ、後ろめたいですって云ってるようなもんだ」
 舞い戻ってきた手が、結局、ぴしっと額を弾く。
「痛い」
「当たり前だ」
「……レックスさんたちは、もっと痛いんだろうね」
「だろうな。……話を逸らすな」
「…………」
 鬼。
 ぽつりと口の動きだけでつぶやいたら、デコピン二発目。しっかり読み取られてしまったらしい。
「あのなあ」
 それでもしつこく外を見ていたら、力ずくで頭の向きを変えられた。
 むち打ち症になったらどうしてくれよう。
 ちっ、と、いささか女の子らしくない舌打ちを零すのは、寸前でどうにか止めた。それでも、白いまんま出してたら、もしや闘気でごまかされててくれたろうか――なんて思って、あのときの己をちょっと恨む。素直にあのまま出しとけばよかったや。いや、わざわざ色変えてくれた世界のほうにお礼というか繰言というか。
 とはいえ、済んだことは済んだこと。さて、どう切り抜けよう。
 遠い目になったをどう見たのやら、カイルが盛大なため息をついた。
「わざとらしい嘘つくくらいなら、正直に云えよ。――云えねえって」
「……それでいいの?」
 てっきり詳しい説明を要求されると思っていたせいもあって、はきょとんと目を見開く。
 そうして、返ってきたのは盛大なため息。
 壁の灯りに照らされた金色の髪を乱暴にかきあげて、カイルは「しょうがねえだろ」と一言。
「隠してること自体隠されるより、隠してることを隠してるって云ってもらったほうが、なんぼかマシってもんだ」
 実に判じ物めいたことを云って、「ほれ」と促してくる。
「……えーと……それじゃあ、その」
 本当にいいのか。
 一瞬迷ったものの、わざわざ便宜を図ってもらった以上、応えねばあんまりというものだろう。
「実はもらいものなんで理屈は人様に説明できないんだけど、変なことには使わないから」
「おう」
 実にさらりと流し、カイルは笑みを浮かべてみせる。
 それから、さっきのと同じように、窓の外に目をやった。
「……やまねえな、雨」
「やまないね」
「……」
「……」
 ふと舞い下りる沈黙。
 たちが船に帰りつくと同時に振り出した雨は、数時間を数えて降りつづけ、まだあがる気配を見せない。
 それどころか、雨音がさっきより大きくなってる気がする。
 晴天つづきの島しか知らないたちを、なんともいえぬもやもやとした気分にさせてくれる天気だった。

 ――いや、正確に云うと、そんな気分にさせてくれたのは帝国軍……具体的に云っちゃうならば、イスラだ。

 海を流れていた間はともかく、目を覚ましてからこっち、ずっと記憶喪失のふりしてこちらを欺いてくれてた大嘘つき。……いや、あんまし表立って責められないけど。こちらにも事情があるから。
 とはいえ、憤りを覚えるのは本当。それと、見事に騙された自分たちが情けないのも。
 のメモによる身元確認の件、レックスとアティの証言による、夜中出歩いていた彼の不審さ――
 ことが起こってしまった今になって、そんな事情を明かされたカイルたちも、相当やりきれない気持ちのはずだ。だが、彼らは三人の気持ちを汲んでくれたのか、過ぎたことだ、と云ってくれた。
 事実、先んじてこれらを明かしていたとして、今の事態が変わっただろうか。
 答えは、たぶん、否。
 アズリアの潔癖さもあるし、イスラが病み上がりというのもあるし……

 なにより、がイスラを疑っていなかった。
 レックスとアティも、イスラに島の一員となってほしいと願っていた。

 だから――イスラとアズリアの関係を明かしても、イスラの夜歩きを明かしても、たぶん、同じ光景を迎えたはずだ。

 それをも含めて、カイルたちは“済んだこと”と云ったのだろう。
「ま、おまえのアレはそれでいいとして――先生たちは、どうなんだ?」
 紡がれた問いに、彼に捕まるちょっと前、ふたりの部屋を訪問してきたは曖昧に首を傾げて答えにした。
 戦いの後倒れたレックスとアティは、それからずっと意識を失ったまま。
 それだけならまだしも、どうも、あの状態で碧の賢帝を喚んだことは、文字通りの離れ業だったらしい。無理がたたって熱を出していたので、ベッドに直行担ぎこまれたのだ。
 看病しているのは、ナップをはじめとする子供たち。見舞いに訪れたスバルやパナシェ、マルルゥもそうしたそうだったが、大人数では負担がかかるということで、手紙だけ言付けて帰って行った。
 事情を知って、念のため、と来てくれたアルディラは、雨がひどくなる前に船を辞した。――こってりとふたりに説教して。
 ちなみに、レックスたちの病状は、なんと過労。
 納得していいのか笑っていいのか憤るべきなのか。……らしいといえば、これほどらしい病名もないのだが。
「数日安静にしてれば、回復はするみたい。無理はさせるな、らしいけど」
「…………」
 それこそ無理だろ、と、カイルの目が語っている。
 同意を示すために、は深々と頷いた。
「こうなったら、強制的にでも休みとらせなきゃ。安静期間が終わったら即実行出来るように、今からみんなで作戦練っておくべきだよ」
「おう。明日の朝一番だな。飯のあとでいいか、先生たちは部屋で食うだろうし」
「開始はご飯の後すぐ。了解」
 ぐっ、と腕をクロスさせるとカイルは、傍から見ればどこの代官と商人だ状態だった。
 本人たちがこれ以上なく真面目な分、よけいその感が強い。
 ……の足元、黙って頭上のやりとりを見ていたプニムが、がんばれ、と云いたげに彼女の足をひとつ叩いた。


←前 - TOP - 次→