ぱぁん、と、何かが破裂するような音。
どちらが勝ったか。
どちらも勝ってはいない。
出所の違う碧は、それでも互いに打ち消しあうことを拒んだのか、少しずつ溶けあい混ざりながら各々異なった方向に展開し、帝国軍の兵士たちに衝撃を与えていた。
一行を囲むように円を描いていた召喚兵士たちは、その結果として、残さず弾き飛ばされ、倒れ込む。術の継続も発動も不可能、寸前まで溜め込まれていた魔力は術者の制御を離れ、空しく拡散して消える。
接近戦において、召喚師は無力だ。
何よりもそれをよく知っている彼らは、だが、身を隠すこともせず、呆然とその場に立ちすくみ、座り込んだまま。
いや、召喚師たちだけではない。
兵士たちも。そして、ミスミ、カイルたちも。
徐々に、それぞれの場所へと収束していく碧の光を、ただただ、目を見開いて凝視する。
――光がおさまったのは、ほぼ同時。
「……」
すでに見慣れた、白い変貌を遂げたふたりの手には、直前までアズリアが手にしていたはずの、碧の賢帝が在った。がらんどうになった己の手とレックスたちを見比べる彼女の目には、愕然とした感情。
そんなアズリアに、とうのふたりは気づいていない。レックスとアティもまた、周囲の皆とは別の驚きに、表情を硬くしていた。ぎこちなく右腕を持ち上げ、普段のように半ば同化しかかっている碧の賢帝を確認し、驚愕を浮かべる。
「空間まで、越えちゃうか」
どこか感心したように、メイメイがつぶやいた。小さな小さなそれは、誰の耳に届くこともなく溶け消える。
――誰も知らない残滓が消えたとき、
「……助かった……けど、だまされた」
どんよりとした恨みがましい声は、もうひとつの光の主から発された。
光の残滓などとっくに消え去った剣を手に、肩を落とした赤い髪の少女が、うなだれて小刻みに震えていた。
つぶやきを、果たして本人は自覚しているのだろうか。
おそらくは自覚せぬままにつぶやいていると思われる彼女の声は、静まり返ったその場の全員に、通常の会話とさして変わらぬ大きさで届く。
「レックスたちが使えるんなら……やんなきゃよかった……ッ」
盛大な後悔を含んだ声に、名前を出されたレックスとアティは、「え」と反射的に応じていた。
それを引き金にして、少女は、ばっ、と顔を持ち上げる。
「離れてても取り返せるなら云ってくださいよ! おかげでよけいなことしちゃったじゃないですかっ!!」
――――そんな無茶な。
がくがく、と、数人がその場に崩れ落ちた。
「え、あ、ご、ごめ――」
実に理不尽ないちゃもんをつけられながらも、レックスが慌てて謝罪しようとする。
しようとして――
「、」
ふらり、と、前のめりに倒れ込んだ。
「レック」、
“ス”まで云えず、彼を支えようとしたアティも、また。
「わ!?」
他の誰もが硬直したままのなか、少女が走った。
剣をその場に放り出し、自分より背の高い男女ふたりの倒れる場所に滑り込み、腕をいっぱいに広げてそのままクッションになる。
成人ふたりを支えて立つのはさすがに無理があったか、一気に落ちないように細心しつつ、そろそろと――実に切羽詰った表情で、そろそろと、尻餅をついた。
「……ふぃ」
安堵を浮かべて、ふたりをゆっくり地面に寝かせ――少女は、ゆっくりと立ち上がり、方向転換。
敵に背を向ける行為の意味を読み取れぬ複数の視線を受けて、放り投げた剣に手を伸ばし、
「返して」
一瞬早くそれを取り上げた手の主を、じろり、と睨みつけて云った。
「嫌」
手の主は、深い緑ともまごう黒髪を揺らして、微笑んだ。
見せつけるように、白い刃を数度翻し、
「手放した、君が、悪いよ。――大事なものなら、ちゃんと持ってなきゃ」
「あたしの手は、そんなに大きくないの。いいから返して」
挑発も露なイスラの台詞に、の声音に険がこもっていく。
「……そんなに大事なんだ?」
それを見るイスラはというと、ますます面白そうな顔で、そう切り返す。
ことばでのやりとりに飽きたか、は無言のまま手を伸ばした。
無造作に突き出された手を、当然といえば当然のように避けるイスラ。ぴき、と、のこめかみに三叉路が浮いた。
「こ……っの、バカ……ッ!!」
乙女らしくない罵声とともに、もはや許しがたしとばかりに飛びかかる――のを止めたのは、ようやく我に返ったらしいカイルだった。
「おい、深入りすんな!」
大きく後退したイスラとの間に開いた距離を詰めれば、そこは、敵陣営真っ只中だった。
黙って見過ごすわけにもいかなかったカイルに背後から羽交い絞めされ、は、意外にも、すぐおとなしくなる。
……理由は、はっきりしていた。
カイルがを羽交い絞めする寸前、これ以上の戦闘を無益と見たアズリアが出した退却指令に従い、兵士たちはすでに姿を消し始めていた。それに紛れたイスラの姿はもはや見つけ難いことを、三叉路浮かべた状態でも、彼女はちゃんと理解していたのである。
いや、それよりなにより。
「先生……っ!」
倒れたレックスたちに駆け寄るウィルの声で、の意識は、とっくに剣から彼らのほうに切り替わっていたのだろう。
一瞬弛んだカイルの腕から滑り落ちると、すぐさま身を翻して、そちらのほうへと走り出したのだから。