実は三着在庫があった、くだんの白い上着。
うち二着、本日お買い上げ。
その他いろいろ買い足して、何故かは、レックスとアティと連れ立って店を出た。
いや。その。
ボロを出したくなかったら、さっさと別れちゃうのが正解だって判ってるんだけど。
でも。
でもでもでも。
一度とはいえとおりすがりとはいえ、縁を持った人たちだ。
しかも、ある程度立ち直るまでは見ていたとはいえ、後ろめたさを感じなかったわけではない。
話を聞きたいと思うのは、人としては当然のことではないだろうか。
――などと自分を正当化しつつ、は、目に付いたカフェテラスにふたりを誘った。
買いっぱなしの荷物をまとめたかったし、落ち着いて話をしたかったし。
前者についてはレックスもアティも同じだったらしく、カフェに入った3人は注文を済ますとまず、わき目もふらずに自らの荷造りに勤しんだ。
はてきぱき荷をまとめ、服の替えは荷袋につっこんで、上着だけをとりあえず羽織る。
アティも比較的さっさと荷物をしまっていたが、レックスは――少しばかりどころでなく、片付けが苦手のようだった。
ふたりとも、そんなに多くの買い物はしてなかったはずなのに。
アティの荷物は、ちんまりかっちりまとまっているというのに。
対するレックスの荷物は……
「溢れてません? それ」
いったい何をどうすればそうなるのか。
それなりの大きさを誇る荷袋はいびつに膨らんで、出し入れ口から何かの姿が見えている。
「しょうがないなあ、もう」
アティが苦笑して、レックスの荷物に手を伸ばした。
一度全部取り出して、手際よく荷袋に詰め込んでいく。
「ごめん、アティ」
どうやら日常茶飯事らしく、謝っているレックスのことばも、どちらかというと『ありがとう』の意味合いが強そうだ。
アティが笑って首を振るのを見届けて、彼はに向き直った。
浮かんでる表情は、やっぱり笑顔。
「いい大人が、って思うだろ? でも俺、昔から片付けが苦手でさ」
「あははっ。結構いらっしゃいますよね、男の人には」
「そうなんですよ。レックスったら、小さいときから後片付けってものを覚えようとしなくって」
さっくり荷物をまとめたアティが席に戻り、困ったように笑って云った。
「三つ子の魂百までってやつでしょうか?」
「そうそう」
自分で云うな、レックス。
「……おふたりって双子ですか?」
「あ、いえ、違いますよ。わたしの方が、ひとつお姉さんなんです」
「あんまり姉と弟って自覚ないんだけどね。普段も名前で呼び合ってるし」
「どっちかっていうと、昔はレックスの方が、男の子だからってお兄さんぶってたりしてましたけどね」
「アティもお姉さんぶってたけどね」
……やっぱりか。
間違いない、このレックスとアティは、あのレックスとアティだ。
ほのぼのやりあって微笑むふたりを見て、はこっそり確信を深めた。
同時に、大きな安堵。
このふたりのこんな姿を見れただけでも、この時間に落ちてきただけのことはあったというものかもしれない。
「そういえば、……まだ名乗ってなかったね」
ふと思い出したように、レックスが云った。
「あ、そうでしたっけ?」
「……そうですよ」
なんだか自然に和んじゃってましたけど。
くすくすと、アティも笑う。
「じゃあ……改めて。俺はレックス、で――」
「……わたしがアティです」
「あたしは――」
少し迷って。
「です」
結局、その名を名乗った。
“”
彼らにとっては遠いあの日、何度か云い聞かせた名前。
母も父もいないのだと。ここにいるのは、母ではないのだと。
果たして少し不安ではあったけれど、危惧したようなことは起きなかった。
レックスが、口のなかで「……」転がすようにつぶやいたあと、
「……そっか、いい名前だね」
そう、にっこり微笑んだから。
ああ本当に忘れててくれてるんだな、と、息をついて、も「ありがとうございます」と笑う。
ちょうど運ばれてきた軽食と飲み物をはさんで、それからは他愛のない話をした。
ふたりが軍人であったこと。
任務で失敗して退役したときに、家庭教師の話がきたこと。
今日、この港町で生徒になるという子供たちと待ち合わせをしているということ。
「正直いって、俺たちなんかがちゃんとした先生になれるのかっていったら不安だけどね」
レックスはそう云うけれど。
「だいじょうぶですよ。どんな仕事でも、誰だって最初は新人ですから」
ぱたぱた、は手を振って軽くそれをいなす。
耳を傾けていたアティが、
「そう云ってもらえると、気が楽になります」
と笑う。
「そういえば、生徒さんたちってどんな子なんですか?」
ふと気になって問うと、ふたりは顔を見合わせた。
アティが、懐に入れていたらしい手紙を一通、取り出してみせる。
すでに開封されている封筒から、丁寧にたたまれた便箋を抜き出した。
「えっと、マルティーニ家のお子さんです」
「……はあ、マルティーニ家ですか」
「知らない? 帝国だと結構有名なんだけど」
「う。まだ帝国のことはよく判らないんですよ」
まさか時間旅行中だとは云えないは、について『あてのない旅人』と設定してみた。
適当に世界をまわって旅してる、と云ったとき、まだ若いのにすごいね、なんて無邪気に誉めてくれるふたりにはちょっぴり後ろめたさを覚えたが。
「たしか、男の子がふたりと女の子がふたり……でしたっけ」
「うん。一組男女の双子がいて、その上が男の子、双子の下に女の子」
名前とかまでは、まだ聞いてないんだけど。
結構個性的な兄弟だって、使いの人は話してたっけ。
「軍学校に入学するんですよね?」
「そうそう。それで、わたしたちがそのお手伝いをするんです」
元軍人ですから、いろいろと教えられることもあるだろう、って――
そう付け加えたアティの目が、ふと、カフェに据えつけられた時計を映した。
同時。
「大変! レックス! もうすぐ時間ですよ!」
「えっ!? うわわ、ホントだ!!」
がったん! と勢いよく立ち上がったアティにつられ、レックスも椅子を蹴立てて立ち上がる。
その拍子に、まだ中身の入っていたコップが音をたてて、ふたりぶん、テーブルに倒れた。
「「あー!」」
アティとレックスの合唱。
あまりといえばあまりの突発的出来事に、は二の句を継げずにいたけれど。
気を取り直して立ち上がり、床に置いたままのふたりの荷物を手にとって渡す。
「はい」
「えっ!? で、でも」
「ど、どうしましょう!?」
条件反射で荷を手にとったものの、ふたりはそれとコップを見比べておたおた。
実に楽しい光景だが、
「時間がおしてるんでしょ? 後はやっときますから、急いで行ったほうがいいですよ」
ちょうどとおりかかったウエイトレスさんを手招いて、はふたりの背を押し出した。
「でっ、でも」
「いいですからいいですから。早く行かないと、家庭教師が時間に遅れちゃ威厳台無しですって」
ほらほらほら。
ぐいぐい押し出せば、ようやくふたりも心を決めてくれたらしい。
顔を見合わせて、荷物をそれぞれ抱えなおすと、くるりとに向き直った。
「ありがとう、さん。またどこかで逢ったときには、お礼させてくださいね」
「そのときまで、俺たちのこと忘れないでくれよ」
にっこり笑ってそう云って。
が頷いたのを見届けると、満足したようにまた笑う。
それからふたりはもう一度顔を見合わせて、ひとつ大きく頷いた。
「よしアティ! あの広場まで競争だ!」
フライング上等でよーいどん!
「あっ! ずるいですよレックス!」
弟として姉の顔を立ててください!
なんともユカイなやりとりを残して、ふたりは風のように去っていった。
残されたカフェの人々が、その後ろ姿を眺めて失笑や笑みをこぼしたことは――ま、知らないほうが幸せかも。
そんなことを考えたも、
「…………」
「…………」
テーブルを片しにきたウエイトレスさんと顔を見合わせて、なんともいえぬ笑顔を浮かべていたのだから、人のことは云えないのであった。