「云ったじゃない、このなかで一番開き直ってるのがアナタだって」
「……………………」
「何ふてくされてるの? 褒めてるのに」
「……アリガトウゴザイマス」
あんまり嬉しくない、と顔に描いたの感謝に、スカーレルは気分を悪くした様子もなく、口の端を持ち上げた。
鏡に映ったスカーレルの表情は、至極楽しげ。
午前中の自由時間をよこしなさい、と部屋に引っ張ってこられて何かと思えば、髪をいじらせろとのご要望。それにお応えして、は大人しく椅子に座っているというわけだ。
黙っていじられているのもなんなので、合間合間の世間話――いつしか及んだアティとレックスの笑みの危うさに、わりとへらへらしてる自分のことも重なって、結果、先刻の発言がスカーレルから飛び出したのである。
違うのよ、と、彼は云う。
「場数って云うのかしらね? 年はセンセたちのほうが上なんだけど、どうも、何かを乗り越えて得た経験って、アナタにしかないような気がするの」
「そんなことも、ないと思うんですけど……」
あの赤い日を、は知っている。
レックスとアティは、誰にも話したことないだろうけど――そこにいた、は知っている。覚えている。
あの笑顔。
あの人形めいた日々。
……取り戻してくれた、彼ら自身。
惨劇と喪失、そして手に残る感触を、幼い心で受け入れた、姉弟。
そう思った、の心を読んだわけではないのだろう。スカーレルは一度目を閉じて、「云っておくけど」とつぶやいた。
「受け入れることと、乗り越えることは違うわよ」
「――」
「受け入れなくちゃ乗り越えられない。だから受け入れる、でも、そこから乗り越えるために動く者って、意外と少ないわ」
「あの……」
「なあに?」
次のリボンはどうしようかしら、なんて云って横の箱をまさぐりだしたスカーレルを鏡越しに見て、は、ため息混じりに話しかけた。
「スカーレルさんて、すっごい深い人生観持ってますね」
「ふふ、そうでしょ」
総レースの幅広リボンを手にとったスカーレルの視線が、鏡のなかのとかち合う。
細めの目をさらに細めて、そう、どこか猫のような笑みを浮かべて、彼はくすくすと喉を鳴らした。
「だから、アナタやセンセたちみたいに、特攻しがちな子って好きよ。――まぶしすぎてね、憧れちゃう」
後光がさしてますか。
なんて茶化しかけて、スカーレルの眼差しを見、口を閉ざした。
遠い――とおい。
けして手の届かぬ、たとえばおひさまに辿り着きたいと願った――
「ま、アタシのことはおいといて」
ぽん、との頭を叩く彼には、もう先刻の眼差しの名残はない。
「気になるのなら、気にしておいてあげなさいな。……センセたちって、つくづく自分を大事にしない性分だものね」
そして、だいじょうぶってことばにそれを隠して笑ってみせるから、みんな騙されちゃう。
「――――」
……それは、遠い明日で“”がしていたことじゃないだろうか。
じわじわと、過去の――明日の自分への疑念が膨らむ。
そして、そうしていたという事実によって、周囲のひとたちにどれだけの心配と迷惑をかけていたかっていう、不安。申し訳なさ。
なんていうか……ごめん、みんな。ほんっとーにごめん。
それじゃあ、たしかに危なっかしくて目が離せないわけだ。
ルヴァイドやイオス、マグナ、トリス、リューグにロッカにアメルに――特にバルレルも――数えるのも大変な、遠い明日の仲間たち。
そうして。それと同時に、思った。
ならば――と。
せめて、レックスとアティには、そういうことさせたりしないように。うん、がんばろう。
急に握りこぶしつくったを、スカーレルが不思議そうに見下ろしていた。
彼がもし、彼女の養い親であったなら――その差異を。レックスたちとの、突貫癖に対する明確な差異を、ことばにしたのだろうけど。生憎、それが出来る者は、この場所のどこにもいやしない。
だから、ただそれだけ。
スカーレルは、次に、くすくすと笑いながら髪いじりを再開したのだった。
時刻は、もうすぐ昼になろうというころ。
青空学校を午前で切り上げてくる先生たちを迎えたあと、昼食を急ぎ済ませて。午後からは、みんなで放火事件の調査予定だ――――