ご機嫌で出て行ったが、泣きはらした顔で帰ってきたのを見て、カイルをはじめとした一行は、ことばをなくして彼女を凝視した。
風雷の郷から帰ってきていたレックスとアティも、呆然と、充血しきった翠の双眸を見つめている。
「…………ただいま」
「お……おかえり……」
地を這うようなおどろおどろした声に、ソノラが、引きつった声ながらどうにかこうにか返事を返す。
ん、と小さく頷いて、はそのまま、夕食準備の一行の脇をすり抜けて、自分のものでない身体を引きずるように船のなかへと戻っていこうとした。
寸前。
「……あ」
「な、なに?」
「プニム……置いてきた」
殆ど幽鬼めいた様相で、身を反転。
己のやってきた方向へ、逆戻りしようとする。
「わ、わわ! ストップストップ! そんなんでうろついたらはぐれに食べられるってば!!」
それをあわてて食い止めるソノラ。
前にまわりこんだソノラに気づいたは、「倒すからいい」と、これまた物騒な発言をかましてくれた。
「……なんか、動きたい。むしろ暴れたい」
などとかます背後から、スカーレルが羽交い絞め。
「やめなさいって、そういうことは」
「…………だって」
ぐすっ、と鼻をすすりあげて、の顔がくしゃくしゃに歪んだ。
「だって……!」
「情けねえな、年上のくせに」
ぽつり、ナップがつぶやいた。
そのとたん、一行が、ギロッ! と擬音のつきそうな勢いで、失言かました少年をにらみつける。
「な、なんだよ!?」
「年上だろうが年下だろうが、泣きたいときは泣かしてやるもんだぞ」
軽くその額を指で弾いて、カイルがナップを諌めた。
「ああいうのは出せるときに出さないと、溜まって身体を壊すからな」
「……そういうもの……なんですか?」
「そういうものよ」
と、これはを羽交い絞めにしたままのスカーレルだ。
首を傾げる子供たちに苦い笑みを見せて、に顔を寄せる。
「暴れたいなら、はぐれはやめなさい。うちに、ちょうどいい相手がいるでしょ?」
「……相手?」
「そ、カイル。どう? 半日レンタル、明日の朝食当番で勘弁してあげるわ。プニムのお迎え代理の特典もつくわよ」
おいおい勝手に商談か、と一行呆れるも、その対象にされたカイルに反対する様子はないようだ。それどころか、拳の調子を確かめている。
が、それを手で制した者がいた。レックスだ。
「。俺が相手じゃだめかな? ――ほら、お互い剣だしやりやすいだろ?」
「どっちでもいいです、別に」
投げやりなそれに苦笑して、レックスはカイルを振り返る。
「カイルは?」
「オレも、別に構わないけどな」
立ち上がったアティをちらりと見て、金髪の船長もそう云った。
視線の先には、こちらに向かって歩いてくるアティの姿。
「、プニムはどこにいるんですか?」
どうやら、彼女は特典のほうに名乗りをあげるつもりらしい。
「――ラトリクス……荷車と部品も」
「部品? えーと――じゃあ、わたしが迎えに行ってきますから。は、レックスとめいっぱい暴れちゃってください」
それもまた、聞きようによってはかなり物騒な発言である。
が、云われた少女はこくりと頷いて、レックスとカイルを振り返る。
「よし、ラトリクスにはオレも行くぜ」
「え? カイルさんもですか?」
「……なんでそんなに驚くんだよ」
ぱちくり、目をまたたかせたアティを見て、少しくされた船長さんだったが、そこはさすがに海の男。すぐさま、にっと笑って親指でラトリクスの方向を示した。
「部品。何か使えそうなのがあったらまわしてくれって頼んでたんだ、が云ってんのは、たぶんそのことだろ」
ならば、ついでに荷物運びもしてこよう、ということらしい。
「あ、そうなんですか」
それじゃあわたしもお手伝いします。
手を打ち鳴らして微笑み、アティは再度レックスを振り返る。
「じゃあ、レックス。のことお願いします」
「うーん、お願いされるっていうのか何なのか」
苦笑いして、レックスはを覗き込んだ。さっきから保留されてる返答をもらうためだ。
「俺で晴らせる鬱憤なら、気が済むまで付き合うよ。相手してくれるかな?」
「……れっくすさん……」
「ね?」
「…………」
子供好きのする笑顔にほだされたか、一度は止まりかけていたの涙が、またも溢れ出そうとした。
目元を乱暴にぬぐって、少女は大きく頷く。
「おせわになります」
そう云ったあと、子供たちに目を移し、
「ごめんね、先生ちょっと借りる」
「どうぞ。思う存分こき使ってやってください」
謝罪に、さらりとウィルが応じた。――笑みを浮かべて。
彼の隣では、しょうがないですわね、とつぶやきながらベルフラウが微笑んでいる。
「悪かったな。うん、どーんとやってこいよ」
ちょっぴり気まずそうに、だけども両手を大きく広げてナップが云った。
「よし、決まり! じゃあみんな、向こうでどんな音がしても、俺たちが戻るまで来ないでくれ。いいかな?」
何をやる気だおまえ。
そんな声にならないツッコミとともに、一同は、それでもかろうじて頷きを返す。
の肩を叩いて促す弟を見て、アティがカイルを見上げた。
「じゃあ、カイルさん」
「おう。行くか」
カイルもまた、にっ、と口の端を持ち上げ、歩き出す。
その隣に並ぶ白い帽子を、一同、なんとなく微笑ましい気持ちで見送った。本人たちにそのつもりは皆無だってことくらい承知しているが、これで腕でも組んでくれれば周囲がピンクに染まるところだ。
――そんな想像をしてるのは、何やらほくそえんでるスカーレルと、うっとりしてるアリーゼくらいなのだが。
そして目を転じれば、凸凹な赤い髪のふたりが逆方向へ歩いていく姿。
こちらも、見ているだけなら本当に微笑ましい。それこそ、兄妹って云っても差し支えない光景。
そうそう。
これでこそ、正しい凸凹の姿なのだよ。
決して、母息子なんかではなく――そう考えて「ん?」と。いやありえないしそれ、と自己ツッコミした者が、果たして何人いたろうか。
蛇足だが、沈黙でもって一連の成り行きを見守っていたヤードがふと、
「……あれは暴れるというよりむぐ」
つぶやきかけるのを手のひらで塞いだのは、やっぱりスカーレルだったのである。
「判ってるわよ、みんな、そんなことは」
それでも口にしないほうがいい本当だって、きっとあるのだ。
「泣く、より、暴れる、のほうが、に相応しくって勇ましいでしょ?」
「それも何か違います」
ウインクして告げたスカーレルへ、云わなきゃいいのに突っ込んだ几帳面なウィルに幸あれ。……無理だろうけど。