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【遠い背の残像】

- 出てきたもの -



「…………」


 いや。もう。
 これは、巡り合わせか運命か。はたまたただの偶然か――絶対に最後のやつだろう。
 それより以前に、むしろ嫌がらせか?
 未だにいじいじしてるあたしに、誰かが嫌がらせしてるのか? ……思い当たるのはバルレルぐらいだから、この案は却下。やりたいだろうけど出来るわけない。
 ……ああ。でも。
 これってば、なんていうか…………不意打ちで、ひどいや。
「…………」
「あ、あのッ!? お嬢さん、自分は何かしたでありますかッ!?」
「ぷぅ……?」
 ぽろぽろぽろ。
 その姿を目にした瞬間、堰を切ったように流れ出したそれのおかげで、頬どころか服がみるみる濡れていく。
 どこにこれだけの水分があったんだろう、と頭の片隅で思って、それから、目をこすらなきゃと動かそうとした手は、でも、動かない。
 麻痺してる。
 まさか、こんなところでこんな相手に出逢うなんて、思わなかったもんだから。
 完全に、不意打ちをくらった形。しかも渾身の右ストレートだ。
「……っ」
 だいたい、その存在って、けっこう稀少なんだって聞いた。
 だから、もう、目にすることはないって思ってた。
 もう、二度と。
 ――逢えない。

 やさしい、漆黒の、――――。

「……い」
「はっ、はい!?」

 ぼそり、つぶやいた声に、それが即座に反応してきた。
 ぐぐっ、と顔を持ち上げて、一言も聞き逃すまいとする仕草。……つやのある金属の奥、かすかに輝くふたつの光。人間でいうところの、目。
 知ってる。
 目の前のこの存在を何て云うのか、あたしは知ってる。
 知ってた。
 似てる、けど違う存在を、あたしは知ってた。
「あ、あの……」
 記憶にあるそれと違って、流暢なしゃべりかた。高低の差もある、不具合によるものではない、間がある。
 でも。
 この、どこかくぐもったような響きは、――似てる。
 ……単にさ。
 瓦礫のなかで変に反響して、そんな声だと思ったのにさ。
 素で、それなんだね。……当たり前、なんだけどさ。
「……だい……たい」
「はっ! 橙色でありますか!?」
「だいたいねえ!!」
 瓦礫からはいでた匍匐全身状態のまま、びきっと音をたてて硬直した相手を、は、衝動に任せて怒鳴りつけた。
 ばねでも仕掛けられたみたいに飛び上がった腕が、乱暴に目をぬぐう。それで、やっと、視界がクリアになった。
 涙が滂沱と溢れる一瞬前、腕だけ使って器用に、ぎこちない動きで瓦礫の下から這い出てきた姿が、はっきりと眼に映る。
 頭部の形状を覗いて、ほとんど直線で構築されたフォルム。青を基調とした色合い、太陽の光を反射して、鈍く輝くそこかしこ。

 ――機械兵士。

 やさしくてつよい、もういない、だれか。

 もう、二度と。
 ……泣かないで。 ――って、いて

「あたしは……っ!」
「はい!」

 それが律儀に返事する様は、傍観者がいたらひどく滑稽に思ったろう。
 だが、その場にはとそれとプニムしかおらず――唯一傍観者に分類されるべき最後の一匹は、呆然と、己の誓約相手を見つめていた。

「あたしは……っ、たしかに、まだ吹っ切れてないよ! 進めなかったのもそのせいだし、おかげで帰るの遅れそうだしバルレルには迷惑かけちゃうし! でも! だからってなんでそんなふうに今出てきたりするのよ!!」

 どうして進めなかったのか。
 責められてる――気がした。

 なんだか愛嬌のある機械兵士が、黙々と自分を包んでくれた遠いだれかに重なった。

 ――もう二度と。

 にどと。

「逢えないって……判ってるから……」

 いちど。

 ―― 一度きりなら。

 いつか。

 思い出に、出来ただろうか。

 何かで埋めることが、出来ただろうか。
 ゆっくり、静かに、空白を満たす何か。
 何かはなんでもよくて、平穏でも、やりがいでも、本当に、なんでもよくて。
 でも。判ってる。

「代わりなんて、ないのに……っ!」

 ドン、と。
 突き飛ばすように前に出した手は、目の前の大きな的へきれいに命中していた。
「わっ、わわ!?」
 たかが人間の一撃で、何故か、それはバランスを崩して横倒しになってしまう。
「しょ……消耗が……ッ!!」
 などとわけの判らないことを云いながら、今の衝撃で周囲から落ちてきた瓦礫のなかに、再びうずもれていった。
 同時に、周辺一帯に震動が起こる。
 機械兵士ほどの重量が、なんら手を講じた様子もなしに倒れたのだ。これくらいの震動は、起こって当然といったところだろう。
 だが、そんな震動をものともせずに、赤い影が瓦礫を渡って走っていく。
「ぷ……!」
「お、お待ちください! 救援を要請するであります!!」
 わき目も振らずに駆け出した少女を追わんと身を翻したプニムに、切羽詰った機械兵士の声がかかった。
 割と人(?)のよいプニムは、数メートルほど走ってユーターン。
 再び、瓦礫の前に舞い戻る。
「ぷー! ぷぷぷっぷぷ!!」
「すすすすみませんであります、何か判りませんがごめんなさいであります! ですが本機もギリギリ限界なのでありますー!!」
 怒りマークの浮かんだプニムの鳴き声に、必死で謝罪する機械兵士。
 腕が動くなら、拝み合わせていたところだろう。
「……ぷ?」
 先刻転倒した姿勢のまま、微動だにせず叫ぶ機械兵士に、異常を感じたのだろうか。プニムは、怒りマークを消して疑問符を浮かべた。
 ちょこちょこ、歩いていって、耳でぺしんと叩いてみる。
 が、やっぱり機械兵士は動かない。
 心なし弱くなった、目の位置の光をまたたかせて、必死に訴える。
「先刻の動作でトドメをくらい、元々少なかったエネルギーが今や枯渇寸前なのであります……このままでは機能停止、それは避けたい所存であります……」
「ぷ、ぷぷー」
「いえ、食事ではなく、その、何と申しましょうか。本機は太陽エネルギーで永久駆動できるのでありますが、そのソーラーパネルが破損しまして」
「ぷっ」
「は。早い話が、バッテリーをどこぞから調達してきていただけませんかと……」
 もし、が残ってたら、この一匹と一体の間で見事会話が成立していることに驚嘆を覚えたかもしれない。
 まあ曲がりなりにも機械兵士なんだから、各界対応翻訳機くらいついてなければ嘘だろう。ほんとかよ。

 だが生憎、彼女は先刻走り去っていったまま、戻ってくる気配はない。
 たぶん、戻ってくるつもりもないのだろうけれど。


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