さて。
ソノラとスカーレルのおかげで、気分もある程度上昇したことですし散歩でも、と、が船を後にしたのは、昼食を終えてからのことだった。
一瞬風雷の郷に行ったろかと思ったが、レックスとアティが、そこへ行くと云っていたのを思い出して考え直した。たぶん、キュウマと話をしに行ったんだろう。
ファリエルは自分が調べるからって云ってたけど、あのふたりは、黙って結果を待ってるような性格じゃない。
もそのケが強い自覚があるが、今から行ってみるのもなんだか間が悪い気がした。そもそも、郷のどこで話をしてるのかさえ判らないし。
イスラと合流、もちょっと考えた。でも却下。
何しろ、朝追い返しちゃった罪悪感がございますから。その日の午後にのこのこ顔出すっていうのも、なんだか間抜けだ。
そんなこんなで、考え考え歩くことしばらく。
は、森のなかで意外な物体に遭遇した。
「あら、こんにちはさん。昨夜ぶりですね」
「ファリ……じゃない、ファルゼンさん」
あるーひ、もりのなーか、よーろーいに、であーった♪
木漏れ日差し込む木々の下、がしょんがしょんと歩いていたファルゼンは、ファリエルの声で朗らかに挨拶かましてくれた。
……似合ってねえよ、おぜうさん。いや、鎧さん?
思わず遠い目になるの耳に、ばさばさと羽ばたきの音が聞こえた。
「ごきげんよう、さん」
ファルゼン行くところこの人あり、というわけで、フレイズもご降臨。
昼間に弱いサプレスの住民がこんな時間に何やってんだ、というようなことを訊いたは、ふたりの解答をいただいて即同行を申し出た。
「アルディラさんにお話を?」
「ええ……彼のしようとしたことは、一歩間違えば島を崩壊させかねません。黙っておくことは出来ませんから」
「昨夜も話したけど……剣を使ったからって、確実に遺跡が復活するわけじゃないんですよね?」
「ええ」
同じ出だしで、ファルゼンは頷く。
女の子ことばをしゃべる鎧というシュールな光景も、数百メートル歩くうちに慣れてしまった。己の順応性がちょっと怖い。
「遺跡の活性化は図れると思いますが、それ以上に暴走する可能性が高いはずです。キュウマともあろう人が、そのことを見抜けないとは思えないんですが……」
それでも事実、彼はレックスとアティに抜剣を促していた。しかも、止めようとしたヤッファと本気と書いてマジと読め、の戦いを繰り広げもしたのだ。
しかし、と。
ひたすら前方を見ている鎧を見上げ、は小さくため息。
「アルディラさんの行動時間に合わせるのは、いいことだと思うんですけど……なんでよりによって真っ昼間に出てくるんです?」
せめて朝方とか夕方とか、それくらいのほうが動きやすいんじゃないですか?
「そのとおりなのですがね。少々、私の方が手間どってしまいまして」
問いに答えたのは、苦笑を浮かべたフレイズだった。
「ヤッファ殿に当日の様子を伺うために、時間をとられてしまったのです。それもありまして、出発は夕方にしようと申し出たのですが……」
「事は急を要します。正直、時間が惜しいんです」
「でも、昼間は動きにくいんでしょ?」
「それはだいじょうぶです。一応貴霊石を持ってきましたから、気休めにはなると思います」
「貴霊石……」
最初に狭間の領域を訪れたとき、フレイズが教えてくれた石だ。サプレス出身者の霊気が、結晶になったものだとか。
……いや。
ちょっと待てよ、あたし。
貴霊石って、えっと、なんかそれより前に見たり聞いたりしたことがあったような気がするんだけど……
「それに、今はなんでだか結構楽なんですよ。さんと逢ったおかげでしょうか」
「へ?」
笑み混じりの唐突なそれに、は思考から引き戻された。
見上げても、鎧の表情は変わらない。変わってたらちと怖い。
とファルゼンの後ろ、一歩下がってついてきていたフレイズが、「そうですね」と同意した。
振り返った先のフレイズは、苦笑いしてる。
なんだろう、と首を傾げたに、解答はすぐ与えられた。
「こう申し上げるのは失礼ですが、その……さんのまとわれている例の力、少しずつ零れているんですよ。堅牢に編まれていますが、密度が濃すぎて逆に容器から溢れている感じですね」
「それを、戴いちゃってるわけなんです」
悪戯を見つかった子供みたいな声で、ファリエルがつづけた。
が、はそれに微笑ましさを感じる余裕などない。
「ほ……解けてるんですか!?」
例の編まれた力っていうのは、きっと、バルレルにかけてもらってた姿替えの術だ。
それが零れてるのなら、要するに、術が解けちゃう前兆なんだって思って間違いないということではないのか。
顔色なくして問いかけるに、フレイズは、だが「いいえ」と安心させるように口の端を持ち上げた。
「この調子なら、数十年はかかりますよ。ご安心ください」
天使としては、こんな術さっさと解けてしまうにこしたことはないんですけどね。そう冗談混じりに付け加えて、彼は笑みを深くする。
「……そ……そぉですか・……」
ほっ、とは胸をなでおろす。
「あれ、でも。悪魔の力でだいじょうぶなんですか?」
そうして安心したら、次の疑問が生まれていた。
木々の向こうに見え出した機械の街を見ながら、おそらく道中で最後になるだろう問いを投げかける。
天使でないというファリエルはともかく、フレイズはそんなもんを糧にして腹下したりしないのだろうか。
けれども、金髪天使さんはやっぱり笑顔で答えてくれた。
「いくら悪魔のものといえど、サプレス縁の力であることに変わりはありません……いえ、そうと思えぬほど清涼なのは、まとっているのがさんだからなのかもしれませんね」
……最初に睨まれたのが、本当に嘘のようだ。
なんて考えてフレイズをしげしげと眺めるを、眺められた当人が不思議そうに見返した。
そんな即席お見合いに、ファルゼンの声が割って入る。
「モウスグ、ダ」
鎧姿に相応しい、というのも妙だが、少女の声よりは違和感を感じない口調。
そのことばを最後に、とフレイズは口を閉ざし、ファルゼンの後に従ってラトリクスに足を踏み入れたのである。