差し込む朝陽は、いつもと同じ。
まあるくくりぬかれた光を浴びて、のそのそと身を起こした。
「……」
寝癖のついた髪に手をつっこんで、数度かきまわす。
行儀が悪いのは判ってるけど、頭皮の指圧って目覚めにわりと効果があるのだ。自分だけかもしれないが。
「……碧の賢帝……」
己の内側に、たしかに息づく他者の意志。それにまつわる話を、昨夜、自分は亡霊なのだと云った少女から、聞いた。
ファリエルは云った。
自分は、かつてこの島を実験施設としていた、無色の派閥の召喚師だったのだと。(それで顔が出せなかったんだ、と云ったに、寂しそうに微笑んでいた)
碧の賢帝、紅の暴君は、彼女の見ている前で誕生したのだと。
そここそが、遭難した彼らの流れ着いた砂浜、すべてのはじまりである場所なのだと――
……そう長くはなかった話の中には、たくさんの、知らずにいたことが隠れていた。
島の施設を作ったのは無色の派閥。(が頭を抱えてた)
そのうちのひとりが、キュウマの話していた人物――楽園を望んだという召喚師。そしてファリエルの兄。
剣が作られた目的は、島の召喚獣のために反乱を起こした、その召喚師の力を封じるため。
結果として敗北を喫した彼は、残された力で、島にくだんの結界を張った。
……剣に宿っているのは、その召喚師の力。
思い出す記憶は切れ切れ。でも、重要な部分は押さえてるはず。
そう、それで、遺跡と剣の結びつきが判った。それほどの召喚師の力が封じられているのなら、何が出来ても不思議じゃなさそうだ。変貌する理由は、きっと、力を行使するのに適切な構成を身体に造らせてるんだろう、って推測。
判らないのは、遺跡を復活させて、キュウマが何をしようとしているのかってこと。
自分も調べてみますから、他の方には内緒にお願いします、とファリエルは云っていたっけ。
でも、ファリエルだけに任せておくわけにいかない。
剣を宿してるのは自分たちなんだから、その自分たちが動かなくてどうする。
――いや、せめて動いてないと。
……我を継承せよ
身体を、
……波長、輝き、カタチ、
動かしてないと、
……すべてを兼ね備えた者だけが、錠前を
なんだかどんどん――――
……外すことが
「先生!」
「え?」
いつの間に、部屋に入ってきたのだろう。
唐突な横手からの声に、はっ、と、振り返る。
ちっちゃな召喚獣を抱いたちっちゃな子が、ベッドの傍らに佇んでいた。
「何してるんですか? もうすぐ朝ご飯ですよ」
「え……あ、そっか」
ごめんごめん、すぐ行くから――そう云って笑うと、
「この間みたいに寝ぼけたままでこないでくださいね」
と、その子は部屋を辞した。
すぐに動こうと思ったけれど、なんとなく、扉が閉まるまでその背中を見送ってしまう。
……あの背中は、もっと大きいと思ってた。
でも、今の自分たちと比べたら、自分たちのほうがきっと大きい。
視線の位置が変わってしまった、視界の範囲も変わってしまった?
……あの背中は、変わらない。
夢だから。
幻だから。
瞼の裏に焼きついた、赤い光景の一部でしかないから……?
覚えてる。
思い出す。
遠い――遠い、あの夕暮れ。
ごめん、と。泣いていた、みどりいろのほうせき。
ああ。
それも、やっぱり変わらない。
どんなに時間を経ても、変わりはしない。
――おかあさん。
……変わらぬものが現実であるといえるか?
……夢なのだ、汝にとってはこちらこそが
……ならば、いっそ潰したほうが、どれだけ心安らかになると思う
――とおい、あかい、ゆめ。
その背中を、見送ることしかできなかった。
くろがねに鈍く輝くそれは、金属でしかないはずだけど、背負われるととても温かかったのを覚えてる。
……最後に見たのは、その背中だった。
土に汚れ、傷は無数。
それでも。
その背中を、その主を、何よりとうとく思い返す。
「――――、」
手を伸ばしても、届かない。
声をかけても、振り返らない。
なんて、残酷。
せめて夢でくらい、振り返ってくれたっていいじゃないかと。恨み節をつぶやきかけて、じゃあ振り返ってくれたら自分はどうするのと首をかしげる。
……夢で。
救われて、何になる。
……夢は夢。
けしてこの手につかめない方法で叶う願いなど、いっときの自己満足に過ぎない。
……夢でさえ。夢だから。
巻き戻しのきかぬ過去は、ただ自らを苛むばかり。
それでも。
喪失の空白を持ったままの今こそが、現実なのだと知っているから。
「…………ぅ」
――――さあ、目を覚まそう。
帰れぬ夢など置いて、差し込む光に瞼を開け。
「、すっごい目つき悪いよ。……どしたの?」
「……夢見が最悪だった……」
枕元のお守りを引き寄せて、は、ちょっぴり怯えた目で見てくるソノラに、とりあえずそれだけ答えたのである。