夜はまだ長い。
声をあげてもだいじょうぶそうな、かつ風の入りにくい物陰に移動したたちは、ファリエルを囲む形で各々腰を下ろしていた。
ここに移動したのは物音の関係もあるが、寝間着のアティとレックスのことを考えてだ。取りに戻る時間も惜しいので、次善策というわけ。
だが、それでもまだちょっぴり身を震わせてるふたりの横で、一瞬だけ光が迸る。
「はい、毛布どうぞ」
光の張本人ことが、どこぞから召喚した毛布をふたりに渡した。フ、無機物の召喚なら任せたまえ。……てゆーか、こないだのチョーク&黒板消しと誓約した石といい、今回の毛布誓約石といい……二回と使うのか判らない誓約が、次々発生してるな。
「ありがとう」
「あったかい……は?」
「いえ、あたしは寒くないですから」
いそいそと包まるふたり、その横でうつらうつらしてるプニムを眺めて、はファリエルに視線を移す。つられるように、あと二対のまなざしも同じ存在を追いかける。
がファリエルに訊こうとしていたことを知らされた、ふたりの目は真剣だった。
それに応じるために、ファリエルも、また同様。
もっとも、少し前に、剣と遺跡を反応させようとしたキュウマの所業を聞いたせいもあるのだろう。どうして彼が、と、驚きは大きかったようだ。
「……先生たちの剣を見て、まさかと思っていましたが……」
赤髪三人を均等に見渡し、ファリエルは目を閉じ、ゆっくりと唇を持ち上げた。
「まずお断りしておきます。私は、その剣についてすべてを知っているわけではありません。――ただ……貴方たちがまだ知らないだろうことを、きっと知っています。それを、今からお話しますね」
「でも、本当にいいんですか? 他の護人の許可は……」
ちょっとためらいがちなレックスの問いに、現し身を持たない少女はかぶりを振る。
「剣の継承者として選ばれた以上、いずれ知ることでしょうから」
そうして話し出そうとしたファリエルのことばを、今度はアティが遮った。
「待ってください。……あの、つまり、今からファリエルさんがお話することって、剣の継承者と島に関係があることなんですよね」
「え? ええ、そうです」
いまいち意図をつかめないのか、ファリエルは、きょとんと目を丸くした。レックス、それにも右に同じ。
三人分の疑問符を一身に浴びたアティはというと、ちらりとを横目で見ながらことばを続けた。
「……それなら、は聞かないほうがいいんじゃないですか?」
「はい?」
「だって、あの、もしわたしたちに万が一のことがあったらですね。いえ、アズリアに負けちゃうわけにはいかないんですけど、もし、負けちゃったら、帝国につれていかれちゃうと思うんです」
「はあ」
必死に云ってるアティには悪いが、まだ飲み込めずにいるは、生返事をするしかない。
が、続く彼女のことばで、ようやっと発言の意図がつかめた。
「……そうなったらたぶん、軍の審問にかけられると思うんです。そのとき、何も知らないほうがきっと処分とかも軽いと……」
「あ……それもそうだな……」
姉のことばに、はっとした顔で腕組みするレックスを見て、はファリエルと顔を見合わせた。
ちなみに幽霊少女さんは、今ので心が揺れたんだろう。どうしていいのか悩んでる表情。
えーと、つまりなにか。
万が一のことを考えて、剣にまつわる情報は極力知らないでいたほうがいい、と。そういうことか。
「……そしたら」、発したことばはため息混じり。「アティさんたちが、よけいにきつい尋問くらうんじゃないですか?」
そう告げたら、今度はレックスとアティが目を丸くした。
「あ、俺たちはいいんだよ。本当に当事者だし……でも、やカイルたちは巻き込まれたようなものだろ?」
「そうですよ。カイルさんたちは、まだ剣を目的にしてたってとこがありますけど、なんて本当に巻き添えくっちゃっただけじゃないですか」
「……いや……心配してくれるのはありがたいんですけど……」
港でナップが自分を見つけなきゃ、ここに来ることもなかったろう。あてもなく聖王都に着いて、やっぱりあてもない旅に出てたかもしれない。
でも、現実としてはここにいるわけで。
アズリアとの戦いも、ジルコーダ掃討戦も、レックスやアティ、子供たち、海賊一家のみんなとやってきたわけで。
それで今さらそう云われるのって……ちょっと、寂しいぞ。
だもので、は首を振った。当然横に。
「……」
非難の混じった姉弟の声に、同じ動作を繰り返す。
「巻き込まれだろーが自主参加だろーが、わけの判らない事態に直面したら疑問は出ます。それを、この場合は剣の継承者じゃないからって、うやむやのままいたくないです」
せっかく、情報を持ってるひとがネギ背負ってきてくれたんだから。
「……それって、私のことですか?」
「勿論ですとも」
苦笑して己を指さすファリエルに、はにっこり笑ってみせた。
視界の端でレックスとアティが何か云いたげにしてるのは見えたけど、問答で時間を潰すのも勿体無い。
「聞こうって決めて、聞いて、それで何が起きても自分で責任とります。だいじょうぶです、出た結果からとんずらしたりしません。そんなことしたら、養い親に怒られますし」
蒼い。二対の瞠目。
呼吸を忘れたかのように、ふたりは口を引き結んだ。
それを見て、しまった、とちょっと後悔。今の、とらえようによっちゃ、昼間あったってことのあてこすりにならないか? ……そんなつもりはなかったんだけど。
「……――、」
「……アティ……」
口を。開いて閉じて、数度。
胸に詰まった呼気といっしょに、何かことばを紡ぎだそうとしたアティを、レックスが止めた。
僅かに身を震わせる姉の肩をやさしく叩いて、弟は口の端を持ち上げた。
「今は、ファリエルさんの話を聞こう。のことは、が決めるんだから……そうだよね?」
「もちろんです。あたしは知りたい。妙な遺跡も妙な剣も、謎のままにしときたくないんです」
今はこの場にいないけど、カイルたちだってと同じ立場ならきっと似たようなことを云うはずだ。
「…………が……それでいいなら……」
半ばしぶしぶ、といった感じで、ようやくアティも陥落した。
改めて、三人の視線が、じっと成り行きを見守っていたファリエルに向かう。
淡く輝く少女は頷いて、
「――では、その剣の成り立ちからお話します」
と、いつもどおりの軽やかな……けれども、重い悔恨をたしかに秘めた声音で話し始めた。
……うそ。
……うそ。
いなくなったのに。
ほうりだしてっちゃったのに。
……うそ。
いるから、って、いったくせに。
だいすき、って、いってくれたくせに。
……うそ。
……うそ。
……うそつき?
たちきられたゆめが、めのまえにやってきている。
……そんなふうにわらうんだ。
あのころはみせてくれなかったえがおだ。
そうしてそこにいるなんて、ずるいよ。
いま。
そんなふうにわらうんだ。
しらないえがおでよびかけるんだ。
……ずるいよ。
おかあさん、やっぱり、ゆめだったんだ?
ゆめじゃなくて、現実に――
……夢なのだ
……夢など、汝の力で叩き潰せばよいだけの話
……我が力を継承すべき汝には、それだけの力がある
……長い、悪い夢を打ち破れば
……現実は、そこにこそあろう
……ちがう
……どうか、君も、間違えないでくれ
……惑わされないで
……見失ってしまわないで――