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【島とは】

- 占い師、猛る -



「あー、いやあの、その話はまた今度にしてですね」
「ひどいッ! メイメイさんもお酒飲みたかったのに除け者にしといた挙句、云うにことかいて“また今度”ッ!? 鬼よッ、ちゃんてば鬼神にも勝る鬼だわッ!!」

 ……店の入り口をくぐった瞬間不義理を責められ泣きつかれただけで気力を大幅に削がれたというのに、気を取り直して用件を済まそうとしてもまだ話を引きずられたは、人型の敷物になりたくなる衝動をどうにかこうにか、数十秒ほどかけて抑え込んだ。
 勿論、その間もメイメイの嘆きは続いている。
 が小刻みに震えて反応しないせいか、矛先は、同伴してきたイスラに向いていた。
「ねぇねぇ、ひどいと思わない? メイメイさんのお酒に対する愛を判ってるくせにこんなことするなんてあんまりよッ!?」
 こないだ来たソノラちゃんも、私がどーんなに力説しても銃しか見てなくて返事おざなりだったし! かと思えばちゃんまでこの仕打ちッ!!
「え……と、いえ、その……あれは、えーと、仲間内の宴会だったって聞いて」
「なんですってぇ!?」
 ……あ。
 メイメイさんの背後に、炎と龍が見える。
「その顔は呼ばれたのね!? なぁんでどざえもんは仲間で下僕は仲間じゃないのよう!? あんまりよあんまりだわッ! そもそもあの日だってメイメイさん、船でちゃあんとお留守番してたのに〜!!」
 床に伏し、握りこぶしでバンバンと悔しさを表現するメイメイを、イスラは途方に暮れた顔で見下ろした。
 あの日って何のことだ状態なんだろうなあ、まだ意識不明の頃だったし。
 何はともあれがんばれイスラ、ファイトだイスラ。あたしは傍観者に徹したい。
「あの……こ、今度はちゃんと呼ぶように話しておきますから。ね、?」
「ホント!?」
「ひっ!?」
 今の今まで床に伏してたメイメイが、しゅぱっとの前に肉迫していた。
 あまりの早業に、は引きつった声をあげて身をのけぞらせる。
 だが、そんなとは正反対に、メイメイは、お星様を超新星爆発させたのかってくらい輝きまくった瞳でもってこちらを見つめ、
「ほんと? ほんとね? 今度は絶対呼んでくれるわね?」
 呼ばなかったら鬼神将喚んでお仕置きよ♪ と、彼女の輝く瞳は語っていた。
「は、はい。はいはいはいはいはい。酒盛りとか宴会があったら呼びます引きずりに行きますだからこっちの用件を聞いてください」
「よーし。約束約束〜」
 半ば無理矢理に、小指と小指を絡められる。
 呆気にとられたが、ああこれは、と思い出すより先に、メイメイは繋がった手を大きく上下に振り回した。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそついたーらはーりせんぼーんのーますっ、はい!」
「え? え?」
 急に水を向けられたイスラは、指きりげんまんを知らないらしく、うろたえるだけ。痺れを切らしたメイメイ、有無を云わせず彼の手をとった。
「はい! ゆーびきった!」
 繋がれていたふたりの小指が、メイメイが掴んで振り下ろしたイスラの手のひらによって離される。
 向こうの世界とやり方が似てるなあ、と、は手のひらを振りつつ考えた。シルターンてば、本当にそういうところそっくりだ。この分じゃ、あやとりやお手玉だって出てきそう。
 そうして、約束を交わして満足したのだろう。
 さっきまでの狂態はどこ行ったとでも云いたくなるくらい、メイメイはしゃっきりしっかりとした口調で、
「――で、今日は何のご用?」
 と微笑んだのである。
「ええ、今日はですね――」
 その笑顔につられるように、ものほほんと応じかけ、
「ちがうー!」
 ようやく我に返った。
「にゃ?」
「にゃ? じゃないッ!」
 ビッ、と差し出すの手を、メイメイは不思議そうに眺め、
「手相占いご希望?」
「ちが――――――う!! メイメイさん、剣! 一本ください!!」
「剣って……この間新調したじゃない。あれ以上のモノは、まだ仕入れてないわよ?」
 それとも壊しちゃった? だめよ、自分の持ち物は大事に扱わないと。
「そうじゃないんです! 剣はこっちの!」
 差し出した手とは逆の手で、はイスラを指し示す。
「にゃふ? こちらの御仁?」
 ますます不思議そうな顔になって、メイメイは身を起こすと、イスラの前に移動した。
 じぃ、と目を細めて彼を凝視し、むむー、と唸って首を傾げる。
「ええぇ〜?」
「……どうしてそんなに力いっぱい疑問な顔になるんです……?」
 一歩間違えれば不満たらたらともとれそうなメイメイの声に、イスラは情けなさそうに返す。
 が、メイメイはイスラから目を逸らそうとしない。
 それどころか、どんどん視線がきつくなる。
 もはや睨みか脅しに近いレベルまで目をすがめ、彼女はぽつりとつぶやいた。
「……だって、あなた、うちの剣なんて要らないんじゃなあい?」
 ――と。
 その瞬間のイスラの表情。
 面食らったように、数度忙しくまたたきして、直後表情が消えた。
 能面のようになってしまったイスラに驚いたのはだけ。メイメイはなお、彼を見据えたままだ。
 イスラは、それを真正面から受け止めて動かない。
 当然のように、メイメイも動かない。
 は、果たしてふたりの間に割り込むべきかどうか考えた。
 だが、その答えは出せずに終わる。
 なんとなれば、イスラとメイメイの睨み合いもとい体よく云えば見つめ合いが続くこと一分近く経った時点で、

 ―――ドオオォォォン!

 どこぞで響いた爆音が、こんな離れた場所の地面までも揺らしながら、たちの耳に届いたせいだ。
 ああ。この腹に響く重低音。ファナンの街を思い出す。っつーか、
「ジャキーニさん……っ!?」
 あの日も同じモノぶちかましてくれた、お髭の船長を思い出す……!
 が、素早く音の出所を振り返ろうとして、は自らの考え違いを即座に訂正した。
 耳に届いたのは間違いなく大砲の音だが、それは、ジャキーニたちのボロボロ船が停泊してる方面からではない。そも、あの船大砲使えるのかも危ないくらいだし。
 音がしたのは今いるこの店よりもっと内陸に進んだ方面、見当をつけるなら、おそらくこないだ行った廃坑付近。
 まさかジルコーダに大砲持ち出す頭なんてなかろう。加えてジャキーニではないとなれば、あと、そんなものを連想させる団体様なんてひとつっきゃない――!

「まぁた物騒なモノが出ちゃってるわねぇ……」
 しかめっ面のメイメイの前を、赤い突風が過ぎ去った。
「りゃ?」
 きょとんと目を見開いた彼女の前を、突風に引きずられるようにしてついてゆく、黒い風が通り過ぎる。
 ばさぁ、と出入口の布を払って、赤い風と黒い風は、店を出て走り去っていた。
「ありゃりゃ」
 遅ればせながら店を出たメイメイの目に映るのは、どんどん小さくなっていく少女と少年の背中。
 彼女はちょっと首を傾げると、口の横に手を添えて、どちらともになく問いかけた。
「剣はもういいのお〜?」
「もういいですー!!」
 答えたのは、一足先に走り出した赤い風のほうだった。
 色合い的にも目を引くふたりは、木々に紛れてもなお、緑の向こうに赤と黒を時折覗かせながら、音の出所と思われるほうに駆けていく。
 それが完全に消え去るまで見送ってから、メイメイは、店の入り口に背を預ける。
「碧に紅、加えて白」
 歌うようにつぶやいて、軽く目を閉じた。
「――なんて鮮やかで、深くて、昏い――哀しい声……」
 他の誰も、気づかずにいるのは幸か不幸か。
 今はまだ、メイメイとて自らの感性を恨むだけに留まっているのが事実だけれど。ずっと聞いていると、それこそ、気が滅入っちゃうのもまた事実。
 救われるのは、ひとつだけが、その声を発してないことだ。
 哀しいどころか、どこか開き直った感じのする、強い決意。
「……ちゃん、かあ」
 りぃん、と。
 ちょっとだけ寂しそうなメイメイを慰めるように、彼女の手首の銀が鳴った。


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