「――碧の賢帝と紅の暴君は、純度の高いサモナイト石をさらに精製・凝縮して刀身となした魔剣です」
見た限り、さんの剣も同じ材質だと思います。
木々の間を縫って進むことしばらく、船の影も波の音も聞こえなくなってからヤードは足を止めた。
夜虫が時折鳴く以外、周囲に物音はない。
そのせいか、普段どおりの声量で話しているというのに、やけに大きく耳に響く。
なるほど、材料か、と頷いて、はその名をつぶやいた。
「サモナイト石……」
「ええ。もっとも、貴女の剣はまだ剣らしい剣だと云えますが」
アヤやハヤトたちを、思い出す。
彼らの手にするそれらも、たしか、サモナイト石を製錬して得た、世界に対しかないものではなかったか。
そんな技術が、この当時からあったのだろうか。
ハヤトたちの剣はウィゼル作だが、その彼が預かってたというの剣は、それこそどこから出たものなのか。
首を傾げるに、ヤードはさらに衝撃的な事実を告げる。
「碧の賢帝と紅の暴君……これらはもともと、無色の派閥によって作られました」
「……はい?」
なんか今。ひっかかった。
だが、よどみなく語るヤードのことばに押し流されるようにして、そのひっかかりは消えてしまう。
「派閥の始祖とされるゼノビスが、ある目的のために作成し――以来、危険な品として絶対封印されてきたと伝えられています」
無色の派閥でさえ危険物扱いか、あの魔剣は。
「その禁を破ったのは、私の師にあたる人物です。彼の指示により、私は剣に秘められた力を引き出す研究を続けていました」
頭を抱えたに、さらなる追い打ちがかかる。
師にあたる人物とやらに、踵落としをくらわせたくなるこの心境、アヤたちやバノッサならきっと判ってくれよう。
「……剣に秘められた力、って、どんなのです?」
「今は失われてしまった、古き召喚術の知識。そして、それを行使するために必要な強い魔力――レックスさんたちが抜剣したときに見せる、あの強さですよ」
「たしかに、あれは人外ですよね」
変貌することもそうなのだが、転がってるサモナイト石に手も触れず新たな誓約を結び、かつ、無尽蔵にそれを繰り返していた光景が、の記憶にある。
あれはアティがしたことだが、やろうと思えばレックスだってやれるはずだ。
自らが召喚したわけではないジルコーダたちを送還するのも、また然り。いや、喚起の門を通じて召喚された彼らが、それと呼応する魔剣によって送還されるのは、理にかなっているのだろうか?
そして何より、剣を引き出したときの彼らからは、ほかを圧倒する何かを感じるのだ。それが魔力だというのなら、それは、誓約者であるアヤたち、調律者であるトリスたちにも覚えなかった圧迫感をに与えるほどの貯蔵量だということなのか。
「派閥の文献から読み取れたのは、それだけです」
剣が作られた目的、絶対封印された経緯は、謎のままだとヤードは語った。
「ただ――師は云っていました。その剣の力を引き出すことが出来たなら、始祖の夢見た完璧な世界への扉が開かれるだろう、と」
「……参考までに。完璧な世界ってなんですか」
「…………」
ヤードは云いよどむ。
訊いておいてなんだが、にだって多少の予想はついていた。
だって、無色の派閥だよ?
ものすごい偏見なのかもしれないけど、その名前を冠するというだけで、警戒心がむくむく湧き出てしまうのだ。
まだ記憶に新しい。
魔王を喚び出して今の世界をブチ壊し、新たな世界を創るんだとかほざいてらした、かのデコっぱちおっさん。もとい、大幹部ことオルドレイク・セルボルト。
「……ん?」
ちょっと待て。
それでまた、ひっかかりが出てきた。
ヤードは、完璧な世界とやらをどう説明するか迷ってるのだろう。眉根を寄せて、己の内に埋没してるようだ。
指折り数える。
今は、サイジェントのあの事件からおおよそ二十年ほど前だ。そして、オルドレイクはどう見ても五十を越してた。額のせいで老けて見えたかもしれないが、きっとその前後だったはず。
……ヤだなあ。
もしかしてあの人、今、ばりばり現役って感じデスカ……?
むくむくとわきおこる不安を抱えたを見て、ヤードが口を開いた。
「さん?」
「……はい?」
「だいじょうぶですか、頭を抱えて……頭痛でも?」
今にもピコリットを喚び出しそうなヤードに、は、寄せてた眉間がみるみるほころぶのを感じた。
「あはは」
「さん……?」
無色の派閥へ感じる偏見を、さすがに、ヤードにまで適用するつもりなんてない。ともすれば、彼の所属がそこだったなんてこと、忘れさせられるくらいに、ヤードは、そういうのからかけ離れてる。
こんなひとが、よく無色の派閥で生き残れたものだ。召喚術の才能もあったのかもしれないが、オルドレイクみたいな人間がわさわさいるんだろう場所にもこんなひとがいたんだな、と考えると、ちょっと救われた気分になる。
いきなり笑い出したを見て、ますます不安な表情になってるヤードの腕を、軽く叩く。
「だいじょうぶです、だいじょうぶ。頭痛なんかしてません、してても消えました」
「は、はあ」
「……ほんとですよ?」
「はあ……それならいいんですが」
うーん、本当にいいひとだ。
戸惑いがちに懐から手を離すヤードを見て、しみじみ思った。
それから、話題をそもそもの方向に軌道修正。
「剣の話、レックスさんとアティさんにもしてあげてくださいね」
「……そうですね。あの剣にはどうやら、私の知るより遥かに大きなものが隠されていそうですし……」
明日にでも、折をみて話すことにします。
「謎が大きいと考えすぎて動けなくなりますしね」
「まったくです。……あのお二方には、動けなくなる心配はなさそうな気もしますが」
「あはははは。告げ口しちゃいますよそんなこと云うと」
「さんも含んでるんですよ?」
「…………」
「スカーレルが云っていました」
謎々の話はもう終わり。
船に向かって歩くヤードの歩調は、しごくゆっくりだ。コンパスサイズにはるかな違いのある、隣のに合わせてくれてるんだろう。
そんな人柄に似合って、彼の話し方は穏やかで優しい。
「貴女が笑うのは、誰かを安心させるためではないと」
「…………頭が年中春だと…………?」
「いえ」
思わず睨みつけた先、ヤードは穏やかに微笑んでいた。
「貴女が笑うのは、貴女のためなのだ、ということです」
「当たり前じゃないですか」
「そうですか?」
「そうですよ」
スカーレルもヤードも、何をふたりして判じ物めいたこと云って遊んでるのか。
今さらそんなこと云われなくたって、自分で重々承知してる。
もしかしたら、一見エゴとしかとられない表現かもしれないけれど――それは、たしかに、真実なのだ。
「誰かのため、なんて無理して笑って、何の説得力がありますか。あたしはですね、だいじょうぶって繰り返したり、たとえヤケでも笑うのは、自分を納得させるためですよ。んでもって納得できてからやっとこ、人に云えるんですから」
「ええ、本当にそうです」
握りこぶしで力説するを、本当に微笑ましそうに見やって、ヤードは何度も頷いた。
頷いてから、
「ところで、さん。明日お暇ですか?」
なんて、脈絡のないことを訊いてくる。
話の方向性がまたも四方八方五月雨手裏剣。もういいよ、訊きたいことは訊いちゃったし。
半ば諦め気分で、十数秒ばかり思考する。
それから、こっくり頷いた。
「暇です」
別にイスラと何か約束してるわけでもないし、出かける予定も立ててないし。
そう応えたら、ヤードはにっこり笑って、
「では、ゲンジ殿の庵に、茶をご馳走になりに行きませんか?」
ミスミ様の御殿も和風食事で楽しいですが、ゲンジ殿手作りの“ヨモギマンジュウ”などもなかなかに絶品なのですよ。
絶対に辞退はない、と確信した彼の笑みに反さず、は、
「はい。」
口元を拭う真似して、大きく頷いたのだった。
が、
「ゲンジ殿も、さんと一度じっくり話したいと仰っていましたし」
そんな微笑み混じりのヤードのことばの意味を、もうちょっとだけ、はもう少しだけでも、よく考えておくべきだったのかもしれない。