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【魔剣とは】

- 目指した理由 -



「あー、痛かった。あんたら手加減って知らないの?」
「問答無用で銃ブッ放した奴のセリフかよ」
 アリーゼの呼び出したピコリットで、どうにか痛みの消えたソノラだが、やられた恨みは大きいらしい。自分が最初に手を出したっていうの、たぶん棚の上なんだろうな。
 ブーブー、といつものようにぶーたれて、それでも彼女は手早く食器を出して、持っていく。いわずもがな、昼食の準備だ。
 カイルに蹴り出されたレックスとアティ、仕上がったという船の設計図をとりにラトリクスへ行ったスカーレルも、そろそろ帰ってくるだろう。

 ソノラとカイルが出て行くと、台所はとたんに静かになった。

 今日は(も)天気がいいので、ご飯は外で食べることになっているのだ。
「あ。アリーゼ、それ何?」
「……えっと、この間作り方教えてもらったので、パンを焼いてみたんです」
 そういえば、昨日から台所にこもって何かやってたらしいけど……そうか、そのためだったのか。
 籠に盛られた焼きたてパンを見たのおなかは、しごく正直だった。ぐう。
「おひとついかがです?」
 同じくパン籠を持ってきたベルフラウが、ちっちゃめのやつを手渡してくれた。
「ありがと、いただきます」
 こんがりキツネ色のほかほかに、はありがたくかぶりつく。
 うん、表面ぱりぱり、中はふっくら。
 思わずほころぶ表情を見て、女の子たちは、やったねと顔を見合わせて笑う。
 そんな姉妹を見て、ほんの少し、首を傾げてしまった。
 ……こんなふうにしてると、本当に、どこにでもいる仲良し姉妹なのにな、と。
 マルティーニ家っていう安全な場所を出て、どうして、わざわざ軍人になんてなろうとしてるんだろう。そう、思ったのだ。
「ね」
 生まれた問いを、そのまま口にする。
「どうして、軍人になろうと思ったの?」
 疑問を投げられたふたりは、きょとん、とを見上げた。
「どうして……って」
「なろうと思ったからですわ。他に何か?」
 いや、その、なろうと思った理由を訊きたいんだけどね、うん。
 そう重ねようとしたけど、やめた。
 頬を染めたアリーゼと、少しそっけなく答えるベルフラウ。彼女たちを見て、大事な理由なのかもしれないな、と思ったから。
「ううん、他にはいいや」
 そうだよね。
 大事なのは、アリーゼとベルフラウがそうしようって決めたってことなんだろうし。
 なんて思って答えたら、ふたりとも、やけに拍子抜けした顔をした。
「ふたりとも、じゃないか。四人とも、自分で決めたんでしょ?」
「え、ええ」
「だったらいいや。ちょっとさ、アリーゼが軍人って意外だなあとか思っただけで」
「……ひどいです、さん」
 ぷう、とむくれるアリーゼ。口が滑ったと気づいたのは、それを見てから。
 が、ベルフラウがそんな妹の肩を軽く叩いて微笑んだ。
 視線はまっすぐ、に向いてる。
「そんなことはありませんわ。軍人と一口に云っても、武官と文官、海戦隊陸戦隊、様々ですもの」
「あ、そか」
「そうですわよ。アリーゼが、ナップのように大剣持って先陣を切る姿って、想像出来まして?」
「……ベルフラウ……」
 至極情けない顔になりながらも、アリーゼも、そんなの、自分には天地がひっくり返っても似合わない自覚があるんだろう。強く否定できないでいるようだ。
 まあ、どこぞの『テメエの顔も見飽きたぜ』が決めゼリフの一文字違いの名前のひとなら、って、世界が違う。
 要らんこと考えたへ、ふと、ベルフラウが云った。
「――でも、そうですわね。ナップとウィルだけならともかく、って、サローネは真っ青になっていましたわ」
「だろうねえ……」
 サローネ。たしか、船に乗せられたときに聞いた名前だ。
 マルティーニ兄弟の世話役で、乳母さん。彼女の長話が、そもそもナップが飛び出した原因だと考えると……む、ちょっぴり責任の一端を負わせてもいいですか?
「……お父様が」、頬を染めて、アリーゼがつづけた。「以前、命を助けてもらったお話を聞いて……憧れていたんです」
「軍人さんに?」
「ええ、まあ」
 ちょっぴり含みのある笑みを浮かべて、ベルフラウが応じる。
「今では、憧れだけでなれる職業なんてないことくらい、判ってますけど」
 真剣を見て。
 戦いを見て。
 生じる痛みも傷も、消える命も――
 そういうの、本当は軍学校で学ぶことなのだろう。それを、漂着した先の島で心構えも出来てないうちに目の当たりにしながら……彼らは、ちゃんと受け止めたのだ。
 それでもね、と、ベルフラウは笑う。
 アリーゼも、ふわりと微笑む。
「目標はちゃんと出来ていますもの、あとは進むだけですわ」
「がんばりますから、見ててくださいね」
「……立派ねえ」
 いつの間にか耳を傾けてたらしいスカーレルが、丸めた紙片手に、ほう、と感嘆の息をついていた。

 ――――って。

「あ、スカーレルさん、おかえりなさい!?」
 台所の戸口に肩を預けたスカーレルは、仰天混じりのの応答に、にっこりと笑ってみせる。
「ただいま」
「ど、どうなさったんですの? 食事は外に準備しているはずですわ」
 あわわ、と。誰かが唐突に出現することに未だ慣れない妹をかばうように前に出て、ベルフラウが云った。
 その籠を、スカーレル、笑ったまま指さして。
「……そのパンと、アナタたちも、準備に含まれてるんじゃないかしら?」
 みんな待ちくたびれてるわよ、と。言外のそれに。
 話しこんでた女の子こと三人そろって姦しい、とベルフラウとアリーゼは、「あ」と異口同音につぶやいていた。

 が、たち以上に待ちくたびれられることになる誰かさんたちの存在を、さしものスカーレルも予想出来なかったらしい。

 だって――だから、彼はこう云ったのだ。

「センセたちも、もうすぐ戻ってくるでしょ。準備して待ってましょう」

 ――――と。


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