こないだはプニムが挙動不審で、今日はレックスたちか。
こくりこくりと朝食の席で船をこぐレックスとアティを見つつ、他一行は、顔を見合わせため息をついた。
「……情けない……それでも模範たる教師の自覚はあるんですか?」
久々に、手厳しいウィルの指摘。
だが、それでも家庭教師どもが覚醒する気配はない。
徐々に下がっていったアティの髪が、ついにスープに突っ込んだ。
「だー! 汚いー!!」
「……へ?」
ソノラが我慢できないと立ち上がり、アティを背後から羽交い絞め体勢。そのまま、後ろに反り返る。
無理矢理上体を持ち上げられたアティ先生、スープの滴る毛先に気づき、
「あら」
と、のんきにつぶやいた。
『“あら”じゃねえッ!!』
いいかげんにしやがれ、そんな気持ちのこもった一同の怒声が響くなか。
「……ぐー……」
「お、重……」
いつもはプニムのいる頭の上に、今はお隣のレックス先生の頭が乗っている。
違い過ぎるその重みに、はテーブルへ沈み込もうとしていたのだった。
救いの手が差し伸べられたのは、幸い、その直後だったけど。
見ててうざったいからどっか行って頭冷やして来い(いっそ湖に落ちてこい)とか云って、カイルがレックスとアティを蹴り出したおかげで、急遽、その日のナップたちの面倒は、海賊一味がみることになった。
まあ、面倒といっても、とくにこれといって何かやるわけではない。
ナップとウィルへは簡単な手合わせをしてやって、ベルフラウとアリーゼには召喚術のおさらいをさせる。
ちょっと前まで続いてた、ストレス晴らしの拡張版って感じである。
「まったく! 怠慢にも程がありますわ!」
ぷんぷん、と顔に書いて、ベルフラウが怒ってる。
「先生たちでも夜更かししちゃうんですね」
妙なとこに感心してるのは、アリーゼだ。
ちょっと気が逸れ気味ではあるけれど、ふたりはヤードの指示するとおりに召喚術のおさらいをこなしていた。
砂浜の上で所狭しと動き回ってる、ナップとウィルも同じようなもの。
「必殺十文字斬りー!!」
「……」
叫ぶ声、睨む視線に、いつもより力がこもってる。
何がどう必殺なのかって、そりゃあ、頭上から振り下ろすナップの剣と横から薙ぎ払われるウィルの剣を同時にくりだして、十文字。
かわいいなあ、こいつら。
提案者は絶対長兄に違いない。次男はどことなし恥ずかしそうだ、それでさらに力がこもってるんだろうけど。
「ははははははっ、、気張れよー!」
珍しく観戦としゃれこんでるカイルが、そんな兄弟攻撃を見て大爆笑。
剣を斜めにふるって攻撃を弾きながら、は「カイルさんもどう?」と誘ってみる。
が、金色の髪は左右に振られた。
「いや、やめとくぜ。坊主どもが嫌がるだろ」
それを後押しするように、ナップが怒鳴る。
「入るなよ! だけでも遊ばれてんのに!」
おお、そのへんは判ってるか。
「判らいでですか……!」
たしかに、手合わせ初めて数十合、未だにナップとウィルはに一撃入れきれてない。ふたりでかかってこれじゃ、さぞ悔しかろう。
でも、悔しいからって余計な力入れちゃうと、さらに当てにくくなるぞ……って、判ってればやらないか。
と、そこに援軍が出現。
「たっだいまー!」
晴れやかな笑顔で、ソノラがカイルの横に立つ。
「おう。いいもんはあったか?」
「あったあった! なんか散々愚痴聞かされたけどさ、そんなのどうでもよくなるくらいの掘り出し物! ――ってなわけであんたら、このあたしが加勢したげるからね! 感謝しなさいよーッ!」
云うや否や、ソノラは手にした銃をへと向けた。
そう。
実は彼女、メイメイさんのお店に行って、銃を新調してきたのだ。
「わーっ、それ洒落にならないよ!?」
ばっきゅーん。
耳をつんざく景気の良すぎる音とともに、の足元を弾丸が抉る。飛び跳ねた砂粒が、目の前をかすめていった。
当てるつもりはないよう(あってたまるか)だが、ヘタに動くとその可能性がなきにしもあらず。
「ふっふっふ」
ソノラ、頼むから邪悪な笑みを浮かべるな。
「ああッ、この音! この震動! まさに理想!!」
……聞いてないし。
まだ白煙をあげてる銃口に頬ずりして、熱くないんだろうか。きっと情熱の方が勝ってるんだろうな。
「これからばしばしチューンナップして、最ッ高の銃にしたげるからねっ」
と、いうわけで。
「まずは手馴らししなくっちゃ。ねっ」
「猫かぶってもムダだぞ、おい」
少ぅし腰が引け気味なカイルのツッコミも、彼女にとってはどこ吹く風だ。
すっかり呆気にとられてしまった一行の視線にも気づいてないようで、くるくるっ、と銃を回転。すちゃっとトリガーに指をかける。
穏やかに降り注ぐ陽光の下――ソノラの目は、爽やかに、朗らかに、据わっていた。
「マジで避けないと死ぬよ」
視線は平等に、砂浜の三人を眺めている。
「加勢はどこいったんですかッ!?」
ばきゅーんばきゅーんばきゅーん。
思わず叫んだウィルの周囲に、弾丸が、雨と霰と降り注いだ。
「……あー、まあ、なんていうか。今のソノラに何云ってもムダだぞ、おまえら」
参加してなくてよかったぜ、と、そのあとにつぶやかれたことばをしっかり聞き取って、は、今からこっちに引っ張り出してやろうかと一瞬画策したけれど。
それより先に響いた銃声と、飛び交う弾丸から逃げ惑うことに、ナップやウィル共々必死にならざるを得なかったのであった。
……銃に装填してた弾丸が殺傷能力のないぽよぽよな弾だったと明かされたのは、避け疲れた三人が、砂浜に沈没してからの話。
もちろん、ソノラのその後は推して知るべし。