で、帰ったら宴会が待ってた。
「皆さんのお帰りを、今か今かと待ってたですよぅ〜!」
集いの泉で待ち伏せてたマルルゥが、ぞろぞろと帰還してきた一行を見つけるや否やかっ飛んできた、第一声がこれだった。
その瞬間、全員の視線がヤッファに集中する。
それというのも、出発前、おそらく冗談混じりにだろうが、マルルゥに「宴会の準備でもして待ってろ」とぬかしたのは誰あろう、シマシマの護人さんだったからである。
「……マジかよ」
がっくり項垂れたヤッファごと、一行は、ユクレス村に連れて行かれた。
もう夕暮れ近い時間帯ということもあって、ファルゼンまでもがそれに同行。戸惑い気味のアルディラも勿論引っ張られ、お姫様さんも用意して待っててくれてますよーとのマルルゥの台詞にキュウマも撃沈。
あっはっは。無敵だね、妖精さん。
なんてやけっぱちな思考も頭を掠めたが、村に辿り着くや否や即座に始まった宴会のおかげで、そんなもの見事に吹っ飛んだ。
ついでに疲れも吹っ飛んだ。
マルルゥをはじめ、ユクレス村のみんなやジャキーニ一味、ミスミの用意してくれた料理の山に、どっさり持ち寄られた酒や果物ジュース、ゲンジがとっておきだぞって持って来てくれたお茶なんか、ヤードさん大喜びだった。同好の士らしい。
それから、おそらくマルルゥが駆けずりまわって召集かけたんだろうな。四つの集落から、わざわざ出向いてきてくれたらしいみんな。
ここユクレス村、それに風雷の郷はともかくとして、狭間の領域からフレイズが来てた。あとマネマネ師匠(さっそく被害に遭ったのはレックスだった。そんなにからかいやすいんだろうか)、それに他の住人たち。ポワソやペコがふわふわ、楽しそうに飛び回ってる。
ラトリクスからはクノンとイスラ。他の機界の子たちは、対話プログラムや飲食機能、それに自我というほどの自我がないから、同伴は難しいのではないかって彼女は判断したそうな。うん、まあ仕方ないよね。
イスラについては迷ったらしいが、危険もなくなったってこともあるし、マルルゥが「せっかくですから!」と力説したためもあるとか。無理な飲食はしないように、と、宴会開始前に念を押されて、イスラは苦笑いしてた。
そうそう。ファルゼンはファリエルになるんだろうか、とちょっと興味持ってしばらく見ていたけど、そんな様子はなかった。他のひとたちがいる前では、鎧は解かないみたいだ。
ただ、ほんの僅かに身体が揺れてる。雰囲気を楽しんでいるんだろう。
つかず離れずの位置にいるフレイズへ、マネマネ師匠にもてあそばれてるレックスを見捨てたアティが、なにか質問してた。何か妙なことでも訊いたのか、フレイズが目を丸くしてる。
同じような立場のクノンは、めずらしくアルディラから離れてた。傍を通りかかったソノラをつかまえて、こちらは彼女が何か問いかけてるらしい。ソノラも気がいいほうなので、わりと真剣に考えて答えてるようだ。腕組みして、唸ってる声がこっちまで聞こえるくらい。
そのアルディラは、……少しお酒に酔っちゃったのかしら。なんてが考えるのも無理はない。さきほど、の傍からプニムをかっさらってったのだから。てゆーかプニムも抵抗しなかったな、正直な奴。彼は、アルディラの腕に抱かれて気持ちよさそうに船をこいでる。
少し離れたところでは、なんだか意気投合したらしいスカーレルとヤッファ、それにカイルが杯を酌み交わしていた。飲み方は三者それぞれだけど、一様にペースが速い。みるみるうちに酒樽が空になっていく。補給が間に合わないだろう、あれじゃ。
酒に興味のあるらしいナップが、料理を頬張りながら、ちらちらとそちらを眺めてた。お見通しのウィルとベルフラウから、そのたびに耳を引っ張られて文句云ってる。アリーゼを見習え、果物ジュースはすっごい美味しいんだから。
そうそう、その料理の件では驚かされた。ジャンル問わずな料理の山があるのだが、なんと、そのうち和風の殆どを用意したのがオウキーニだというのだ。ジャキーニんとこの副船長。
なんでも彼、シルターン自治区の出身らしい。んで、船長であるジャキーニの偏食が激しく、嫌いなものでもどうにか食べさせられやしないかと工夫を重ねているうちに、腕がどんどん上達したのだとのこと。不憫なんだか努力を称えるべきなんだか。
シルターンといえば風雷の郷のミスミたちなのだが、鬼姫様は優雅にお酒を嗜んで、キュウマがその酌を引き受けていた。うーむ、どこまでも主従道を突っ走るシノビである。スバルが何か喚いてるようだ、キュウマの表情から見るに「もっと気を抜いて楽しめよなー!」ってとこか。
まあ、たしかに、キュウマはちょっとくらい気を抜いたほうがいいと思う。いつもミスミやスバルを気にかけて、当の自分はいつ休んでるんだって感じだし。
スバルの隣のパナシェは、ご馳走がうれしいのか、すっげぇ勢いで尻尾振ってる。が、誰か止めてやれ、近場の料理に埃が降るぞ。
そんなこんなの宴会は、和気あいあいと続いてく。
滅多なことでは一堂に介したりはしなかった島の住人たちが、こんな大勢集まるっていう互いへの物珍しさ、そしてそれに勝る楽しさが、一帯を満たしていた。
……やっとマネマネショー(拍手喝采されてた)を終えたレックスが、ちょっと千鳥足気味でやってくる。
蛇足だが、今現在の犠牲者はヤードだったりする。師匠ってば、からかって楽しい相手を見つけるのは天才的らしい。
「ああ、つかれた」
「大人気でしたね」
「おつかれさまでーす」
はいどうぞ、と差し出したジュースを、レックスはごくごく一気飲み。ぷは、と息をついて、の隣に腰をおろした。
「へえ、ここからだと宴会場が見渡せるんだな」
彼が云うこの場所は、他より少々高い位置にある、ちょっとした岩場。
イスラを長く宴会の熱気に突っ込んどくのは気がひけたが、とりあえず小休止のためにつれてきたのである。
保護者か、あたしは。
なんて考えて、ちょっと遠い目になったの背中に、
「うわ!?」
ずしっ、と、人ひとりぶんの重みがかかった。
「ってば、こんなとこにいたんですかぁ」
「あ、アティさん?」
の首根っこに抱きついて、ふにゃっと笑ってるのはアティだった。ショーをやってたレックスと比べて、アルコールの摂取量は多かったらしい。頬がほんのり赤くて、眼が潤んでる。
こっちに来るレックスを見つけて、追いかけてきたんだろう。
まったりと宴会を眺めてた岩場に乱入者が加わって、ちょっと手狭になってしまった。
「アティさん、が落ちますよ」
見かねたイスラが、苦笑してアティを諌める。
が、酔っ払いに理屈は通じない。
「い〜や〜で〜す〜」
とアティは云って、ますます強くに抱きついた。うわーい、胸が、胸が背中に当たってます。ふわふわですやわらかいです大人の女性って感じですよー!?
長く伸ばされたアティの髪が、さらさらとの身体にかかる。
色合いは違えど赤は赤。ふたりの髪はあっさり混ざって、区別がつかなくなった。
……あ。向こうのほうで、ウィルが呆れた顔してこっち見てる。心配そうなアリーゼをベルフラウが諭してる。きっと、「酔っ払いにはいくら先生といえども近づくな」とか云ってるんだろうなー。ナップは料理を全種制覇するつもりらしく食べるのに一生懸命で、こっちを見向きもしてない。唯一ナマモノであるテコが、それに付き合ってやっていた。だってアールは乾電池で動くし(確証されてないが)、オニビもキユピーもとくに食事は要らなかろうし。
他のみんなもそれぞれのやりとりに気をとられてて、わざわざ、離れた岩場に目を向けようという物好きはいない。
ま、いいか、と、も苦笑い。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。落ちるときはアティさんも一蓮托生」
ビッ、と意味のない保証をして、イスラの笑みに含まれる苦味をますます濃くしてみたり。
それを真に受けたらしいレックスが、あわてて、ふたりが落ちてもキャッチできる位置に移動した。……いくら彼が男性でこちらが女性とはいえ、成人と成人間近をふたり受け止めるのは難しくなかろうか。
「レックスさんも。だいじょうぶですから座っててくださいってば」
「でも……」
「だいじょうぶですよー。ひと一人くらい、なんとか支える根性はあります!」
親指二度目。
それを見て、レックスも苦笑し、の隣に舞い戻る。
「わあ……っ」
普段に増してかわいらしく、何がそんなに嬉しいのやらって感じの笑い声と一緒に、一連のやりとりを見てたアティが云った。
「って本当にたくましいです〜」
「……うれしくないです」
「でも、わりとたくましいですよね」
「ああ、たくましいよな」
ヤードさんこないかな。この三匹に、ブラックラックかましてくれないかな。
ふふ、とやさぐれるの表情は、背後のアティからだと見えないらしい。彼女は、ますます上機嫌になって、腕の力を強めてきた。
「……」
呼びかけ。
「はい?」
応答。
「」
また呼びかけ。
「はい?」
また応答。
「――――」
「アティさん?」
「やだ。アティって呼んで」
「はい!?」
これが異性同士なら、背後に花が飛び交ったり、光がきらめいたり、わりと蜂蜜な空気が展開されるのだろう。
だが、には同性とそういう雰囲気を味わう趣味はない。異性とだって、まだご遠慮したい心持ちなのに。
なので、がばっと振り返り、アティにそりゃないだろうとツッコミ入れようとしたのだが、
「あーあ、完璧に酔っちゃったな、アティ」
額を押さえて苦笑したレックスのことばで、勢いが落ちてしまった。
「泥酔しているようには見えませんけど……?」
横手から覗き込んだイスラが、怪訝な表情でつぶやいた。あんまり顔に出ないから性質が悪いんだよ、とレックスが応じる。
さすが弟、すでに慣れっこらしい。
「軍学校時代にもさ、たまに飲み会とかやるだろ? 飲んでも飲んでも顔色ろくに変えないくせにちゃんと酔いまくってるから、ついた二つ名が『絡み赤鬼』」
「絡み?」「鬼?」
「そ」と、レックスはとアティを示して云う。「赤い髪の女の人に、こんなふうにくっつくんだ」
……なるほど。
「どうして、赤い髪限定なんですか?」
「うーん……俺たちにとっての絶対領域みたいなものだから、かな。君も、なんか拘っちゃうのがひとつくらいあるだろ?」
アティの場合、それが赤い髪らしい。
故に、彼女が飲み会に参加するときは、赤い髪の女性はカツラなりスカーフなりの対策を準備するようになったんだそうだ。
レックスのことばに、「そうですね……」と、なにやら考え込むイスラ。
そんな男性陣など知ったこっちゃないアティさん、まだまだにからみついてる。
「アティです、アティ。あーてぃーい。はい」
……呼び捨てるまで続けるつもりらしい。
「はいはい、アティ」
観念する気はさらさらないが、何度目かの語尾に被せて、は素直にそれに応じた。
「…………っ」
どうしてか。
それを横で見てた、男性ふたりが息を飲む。
なんだなんだ、と、視線の先――背中のアティを見ようとしたら、それより先に、彼女はの肩口に額を押し付けてしまった。
表情は見れなくなってしまったけれど、彼女の震えが伝わってくる。
小さな小さな、触れ合ってなければ判らないほどの震えだった。
「……おか――さん……」
「へ……!?」
「――おかあ、さん――」
「れ、レックスさ……」助けを求めて持ち上げた視線の先には、アティの弟。レックスは、なんともいえぬ表情でかぶりを振った。「……呼ばせてやってくれないか?」
「……似てるんですか、は? あなたたちのお母さんに」
ことばをなくしたの代わりというわけでもなかろうが、イスラが、彼の立場からすれば当然生まれるだろう問いを投げる。
「……」
だが、レックスは曖昧に首を傾げて微笑んでみせただけ。
その表情に、イスラは少し眉をひそめたものの――追及する気はないらしく、つと視線を逸らして、自分の側にあるの肩に頭を乗せた。
もう訊く気はない、という意思表示なんだろうか。
「ふたりめ。だいじょうぶ?」
「……だいじょうぶ」
一応気遣ってくれてるらしいことばに頷きながら、実を云うと、は心ここに在らずの状態だった。
まだ、アティは震えてる。
レックスは、何かを堪えてる。
それは、ふたりが、普段はけして見せることのない部分。
だいじょうぶ、と。
がいつかそうしてたように、笑いながら、みんなを引っ張っていくふたり。
だいじょうぶ、と。
誰かにそう云ってほしがっている、ふたり。
おかしいことじゃない。
情けないことでもない。
不安になるのは誰だって同じだ、だって例外じゃない。
ただ、にはルヴァイドがいた。たとえ敵対してても、拠り所にしてたひとがいた。
記憶がない間だって、理由不明だったけどその気持ちが、動くための根拠で力。
……レックスと、アティの。拠り所は、なんだろう。
みんなに慕われて頼りにされつつある先生たちには、もう、寄りかかれる場所なんて必要ない? 先生たちは、大きな大樹? 集まる動物たちを受け入れる、無条件の愛をくれるひと?
そんなことはない。生きていく限り、その場所を持つのと持たないのとでは気の張り方が違う。
いや、現在ないとしても、過去にそれがあれば――
「…………」
あたしは。
は思う。
アティの重みもイスラの重みも、そのときばかりは消え去った。
レックスの視線の意味も、考えることが出来なかった。
あたしは。
それは、小さな小さな刺だった。
予感にも満たぬ、僅かな疑心だった。
……小さなあたし。泣きじゃくったあたし。
手を差し伸べてくれたルヴァイド様。
もしもその手が、泣き止んだからって消え去っていたら…………
「―――――――――……ッ!」
我慢できなかった。
がばりと振り返る。驚いた顔してるアティを、問答無用で抱き寄せた。胸に彼女の重みがかかると同時、一度腕を離してレックスを引き寄せる。ついでとばかりに反対の腕で、イスラも同じく抱え込んだ。
「おか――……さん?」
ぼうっ、とした声で、アティがを呼ぶ。――? ちがう?
母親の幻影をか、それとも、おかあさんの幻影をか。
舌っ足らずなこの声は、何を求めているんだろう。
驚いたことに、レックスも、イスラさえ抵抗しない。さぞ窮屈だろうに、突発的な行動に驚いただろうに、その身をに預けて力を抜いていた。
宴の喧騒を尻目に、四人はしばらくの間、ことばも発さずにそのままでいつづけた。
食事を終えたナップがそれを目ざとく見つけてからかいにこなければ、夜が明けるまでそうしていたかもしれない。
子供たちに見られて、恥ずかしそうに笑ってるレックスと、やっと少し酔いが覚めて同じく照れまくってるアティを見ながら、は、そんな感覚に襲われた。
「いいの?」
イスラが云うが、は黙ってかぶりを振る。
「うん……」
子供たちがこちらへ特攻する直前、は何かをアティとレックスに告げようとした。それを、イスラは見てたのだ。
当のふたりは、気づいていなかったけど。
「うん」。もう一度繰り返した。「もういい」
――もう云えない。
先生の顔に戻ったレックスたちに、それを云える気はしなかったから。
「そう? ……あ」
「ん? 気分悪い?」
不意に胸元を押さえたイスラを見、の意識はそちらへ向いた。
クノンを呼ぼうか、と思ったが、幸い、イスラは小さな咳をして「ちょっとむせただけ」と笑ってみせた。
それから、彼は立ち上がる。
「水汲んでこようかな。あっちの岩場に清水が出てるんだっけ?」
「うん。あたしも行――」
「はいいよ、ここにいて。すぐ汲んで戻るからね」
立ち上がりかけたを制して、イスラは身を翻した。胸元に手をやったままらしいのがちょっと気になったが、まあ、吐血するほど悪くはない……と思いたい。
ここ数日、本当に元気だし。ね。
そうして自分を納得させてから、視線を転じる。
いつの間にか、レックスとアティの周りには、宴会をしてた大半のひとたちが集まっていた。親しげに、楽しげに、彼らは語り、笑いあっている。
「…………」
彼らが目の前にだけ気をとられていることに安堵しつつ、は、小さく息をついた。
眉根が寄ってる自覚。しわになっちゃうな、と、考えたが、そんなことはどうでもいい。
もしかしたら、と。思うのだ。
あの日。あの遠い日。
あたしは――大きな間違いをしたんじゃないだろうか。