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【喰い破るもの】

- 蟻んコ殲滅作戦 -



 ふたりが教師でよかった、というか、紙と筆記具を携帯しててよかった。
「そんじゃプニム、速攻でゴー」
「ぷーぷぷっ!!」
 がってん承知! と一度飛び跳ね、青いゴムボールは疾風怒濤の勢いで、森の向こうに消えていった。
 行きもこれなら、あたし絶対追いつけなかったろうなあ、と。彼の意外な素早さに、、思わず感心。
 それから、筆記具をしまいなおしてるレックスたちを振り返る。
「本当に来るんですか? 休んだほうがいいと思いますけど」
 いわずもがな、さっき致死の一撃をくらってた(はずの)レックスと、召喚術連打などという離れ技をくりだしてたアティに向けての台詞だ。
 だが、ふたりは頑として首を横に振る。
「平気です。なんだか頭もスッキリしてるんですよ」
 とアティが云えば、
「うん。疲れもないんだ、あれでいっぺんにチャラになったみたいでさ」
 とレックスも告げる。
 事実、アティはともかくとして、レックスは健康体そのものに立ち返っていた。服をめくって噛み千切られたと思われる部分を見せてもらったが、ぴちぴちの健康肌があっただけ。顔色良好、貧血を起こした様子もない。
「それが異常だと思うんですけど……」
 反則的な回復力、というレベルの問題じゃない。
 ことばどおりチャラになった、それは結果としてはめでたいことこのうえないが、の故郷には『タダより高いものはない』というありがたいようなありがたくないような先人の名言があったのだ。
 なりに解釈したところを記すとすれば、『無料のモノには別件でそれなりの代償』といった感じ。
 しかし現実として、レックスもアティも元気なのだ。
 これから始まるジルコーダ殲滅作戦への参加を拒否する権利は、にはない。
 何か云いたそうな顔で赤髪三人を横目にしつつ、キュウマが鳥を呼び、放つ。残りの護人――ファルゼンとアルディラに向けた緊急連絡のためだ。
 用件は、今走っていったプニムと同じ。
 島を食い荒らす犯人の正体と、そして、それらの殲滅を行う旨を告げるために。
「おい、
 鳥の行く先を見届けたの肩を軽く叩いて、ヤッファが覗き込んでくる。キュウマと同じ表情の彼に、は、にこぱっ、と微笑んで振り返った。
「なんですかっ?」
 ――――ヨケイナコトキイタラシバキタオス。
「……あの剣の光……いや、なんでもねえ」
 冷や汗一筋流して、ヤッファはあっさりと退いた。
 そんな彼に、は身体ごと振り返り、ますますにっこりにこにこにこ。

「あーあの白いやつでしょー。なんかこう闘気なんですよー。小宇宙的。オレの拳が真っ赤に燃える! ってやつでー。武術の達人は気を形にすることが出来るそうですよねー、あたしもそうなりたいもんですー、さっきのはまぐれかなー、だってレックスさんが危なくて、頭の線どこか吹っ飛んでましたしー」
 ――――ツッコンダラメッサツ。

 わざとらしさ炸裂の棒読みに、だが、ヤッファは、
「……白?」
 と、またしても疑問を重ねようとしたものの、すぐにの目にある光に気づき、
「あ! いや! そ、……そりゃすげえな」
 とだけ答えて視線を逸らした。白旗の合図だ。
 ふっ、と心の中だけで勝ち誇ったは、ちらりと視線をキュウマに移す。
 石でも飲み込んだような顔でふたりのやりとりを見ていた鬼忍の護人は、やはり、ぎこちない動きで視線を逸らした。
「光って……何?」
 さっきの出来事を知らぬレックスが、きょとんと横から問いかける。彼の大怪我でキレてたらしいアティも同じく。
「闘気です」
 一言で答えて、は、ついっと視線を逸らす。
 まあ、さっきのそれとて、嘘でない部分もあるのだ。レックスの窮地を見て頭が吹っ飛んだこと、喚ぼうとも思わなかったのに喚んじゃったことなど。……うん、だからまぐれっていうのは、本当なのだ。
 つれなさすぎにもほどがある答えを聞いて、レックスとアティは苦笑いしてた。
 が、ヤッファとキュウマの微妙な表情を見てたのだろう、幸いにも、それ以上追及がかかるようなことはなかったのである。

 ……なにしろ、それより先に可及的速やかにかからねばならぬ仕事が目の前にあったのだから。



 怪我の功名って云ったら怒られるかな、と。
 にまにま緩む表情をどうにか引き締めようと苦心してるらしいソノラが云ったのは、集いの泉を出発して、ジルコーダが巣にしてるという廃坑が見えてきたころだった。
 あの遺跡から急ぎ集いの泉に移動したたちを迎えたのは、プニムと鳥の伝令によって、すでに集合してた一行。手短にジルコーダの件――キュウマの妙な企みとかはさておいて、あの遺跡が暴走して変なのが出てきてるようだ、と――を話し、少々の準備のあと出発したのだ。
 ちなみには、当然のように、どうして先生たちと一緒にいたのか問われた。プニムが虹色のちょうちょを見つけて走っていったら出くわした、と誤魔化したら、何故かみんな信じてくれたけど。……当のプニムさえ頷いてた。おいおい、って感じ。
 がそんな詰問を受けてる横で、ソノラは、手にしたそれを眺めてうっとりとため息ついたり頬ずりしたり、そりゃあ忙しかったのである。
 戦いに入ってまでそれだったらどうしよう、と一抹の不安がないこともなかったが、今、どうにか落ち着きかけてくれた姿を見て、兄であるカイルが、ほう、と胸をなでおろしてた。さしもの彼も、あの状態の妹にツッコミを入れることによって生じる未来は、予想できていたのだろう。
 すなわち、蜂の巣。
 銃もないのに何を云う、と思ったそこの人、情報が古い。
 何しろ、本日護人たちは“危険な場所に踏み込ませることになるから”と、メイメイさんのお店に寄って、武器防具を大盤振る舞いしてくれたのだ。代金はすべて彼ら持ち。イッツ太っ腹。
 まず、の腰にある短剣。これまでの白い剣ではなく、ごく普通の鋼の剣だが、メイメイさんのお墨付きの業物だとか。同じモノをスカーレルも持っている。
 カイルの手甲は、シルターンの逸品。ヤードの手にした杖は、召喚術の発動体として魔力を増幅させる役割があるらしい。それから、レックスとアティにはそれぞれ大剣と長剣。
 生徒たちの分まではちょっと手が回らなかったから、今回はけして前に出ないこと、自分の身を守ることに専念するようレックスたちが話してた。喰うことしか頭にない性質の悪い虫を相手にするのだ、用心するにこしたこたあるまい。不安を増長させるために、ヤッファがとくとくとジルコーダの恐ろしさを解いていたから、突出するようなことはないだろう。
 ……で、だ。
 最後にソノラ。
「うふっ。うふふふふっ」
 怖いからやめなさい、銃口にキスすんのは。
 と、一部の視線が雄弁に語るように、彼女に渡されたのは、これまでご禁制の品とされてきた拳銃だった。弾装交換式の、トライパレードとかいう名前らしい。
 ともあれ、銃を解禁してくれたということは、こちらを懐に入れてくれた、と思っても間違いないと思う。だから、もそれはうれしい。
「おまえ、それ、あいつらには云うなよ」
 妹への返答に迷ってたらしいカイルが、やっと、ことばを見つけてそう云った。
 案内のために前方を歩く、四人の護人たちをちらちら見てる。
 カイルの視線を追ったソノラ、
「わかってるよう〜」
 と、やっぱりにまにまそう云った。

 ……わかってんのかよ、ホントに。

 疲れたような半眼になった兄のつぶやきは、当の妹には届かずに。
 周囲を歩いていた一行を、苦笑させただけに留まったのである。


 ジルコーダ巣穴の進軍自体は、考えていたほど梃子摺ることはなかった。
 群れで襲われるとたしかに辛いが、今回はこちらが攻め込んだ側だ。奥からわいてくる蟻んコどもを、それこそ端から叩いていけばよいのだから。
 それに、さっきの遺跡のときとは違って、数の不安もない。
 銃をゲットしたソノラがそれはもう嬉しそうに頑張ってるし、新しい武具を手にした高揚感も手伝ってか、廃坑を進む彼らに疲れはあまり見られない。
 そんなこんなで順調に進み――やってきました、最深部。
 ひときわ開けたそこには、おそらく最後の一団だろうジルコーダ(と色違いのゴルコーダ)が、有象無象とひしめいていた。
「げ……」
 あちら様に気づかれぬよう覗き見ている一行のうち、ナップがひきつった声をあげる。他の子たちも表情や顔色的には似たようなものだ。大人たちだって、一瞬目を疑った。
 無理もない。
 あんなデカ蟻の大群――だけならまだしも、この最深部には、またどえらいお方が鎮座ましてらっしゃったのだ。
「女王ジルコーダだな」
 真顔でヤッファが云う。あの。ネーミングそのままですぜ。まあ、蟻の女王は女王蟻で蜂の女王は女王蜂だけどさ。
 スキャン完了、と小さな声が、生まれた沈黙を破って告げる。
 フロアを見渡していたアルディラが、ヤッファを振り返った。
「ヤッファ。彼らが蟻に似た習性を持つのなら、あの女王ジルコーダは他のジルコーダたちにとって絶対なのね?」
「まあな」
 軽く頷き、ヤッファは女王ジルコーダを指で示す。
「ここにいる奴らは、女王の護衛みたいなもんだ。つまり、より戦闘に特化してるってことだから、今までのようにはいかないかもな」
「ここから狙い撃つ?」
「やめとけ。一撃であの装甲貫く自信、あるか?」
 ぴっ、と銃を構えてみせるソノラに、カイルの手厳しい一言。
「う」
 ひとつうめいて、ソノラはしぶしぶ銃をおろした。
 まあ、実際問題として狙いをつけるとかいう以前に、彼女の持つ拳銃では、ジルコーダの装甲を一発で貫ける保障がない。
 どうしてもそれをやりたきゃ、ドリルでも持ってこいってレベルの硬さなのだ、あれ。それを切り裂いたシャルトス、そして白い剣の非常識さ、推して知るべし。
 が、今の兄妹のやりとりで、一行の空気が少しばかり緩和された。
 アルディラが、女王ジルコーダの付近にある通路への入り口を手のひらで示した。
「進む途中に分かれ道があったでしょう。あれはどうやら、あちらへ続いているようね」
 時間はかかるだろうけど、他のジルコーダたちをこちらが引きつけてるうちに、誰かがあちらへまわって女王を叩くのが確実だわ。
 そう告げるアルディラの案に、反対する者はいなかった。
 働き蟻もとい、まだ外にいるやもしれぬジルコーダの残党が、背後から戻る可能性も少なくない。一行は、てきぱきと役割を分担する。

「じゃあ、特攻隊点呼します。一番。はーい。二番レックスさん」
「ああ」
「三番ファルゼンさん」
「……」
「四番スカーレルさん」
「はいはい」
「五番ヤードさん」
「はい」
「六番キュウマさん」
「心得ています」
「七番プニム?」
「ぷぅ、ぷ」
「八番アルディラさん」
「ええ」

 次引きつけ隊――以下省略、残り全員。
「じゃあ行ってくる。出来るだけ急ぐから、みんな、無理はしないでくれ」
「ええ。レックスも気をつけて」
 大剣を片手に云う弟を案じて、アティが云った。
 微笑ましい姉弟姿に、またしても和みかける空気。うん、家族愛は世界不変の逸物だと思う。
 チーム分けは、ぱっと見かなり攻撃寄りだが、これでいいのだ。
 向こう側の通路から女王ジルコーダまでは、目視した限りではレックスやファルゼンの大剣組みの間合いへ数歩と行かずに踊りこめる程度の距離。
 ならば短期決着一撃必殺。
 回復にはヤードがついてきてくれるから、ちょっとくらいなら反撃受けたってだいじょうぶだ。
 問題はまわりこむまでの時間だが、大人が歩いて十分程度だとアルディラが試算した。小走りに行けばそれより早い。
 故に居残り組は、特攻隊が出発してから数分後にフロアへ飛び込むことになっている。
「先生も。あなたのほうが無理しやすいんですから」
 そう云うウィルをはじめとするマルティーニ家の子供たちにとっては、あの帝国軍以来、久々の実戦だ。彼らは随分と緊張した面持ちで、アティの周りに固まっていた。
 年齢こそ幼いけれど、この子たちだって立派な戦力である。周囲のひとたちの手をわずらわすかもしれないが、彼らが参戦することに誰も反対しなかったのだ。
 ありがとう、とその子たちに微笑んでみせ、レックスはたちを振り返る。
「それじゃ、行こうか」
 おう! と気勢をあげて敵に気づかれる間抜けはおらず、全員黙って頷き、足を踏み出したのだった。


 先頭を進むのは、道案内も兼ねてるアルディラと、万一通りすがりのジルコーダと遭遇したときのためにレックス。
 二番手以降に、キュウマ、ヤード、プニム、ファルゼンとつづく。
 その最後尾を行くファルゼンは、少しだけ首を傾げていた。
 いつかレックスたちやにポカやってばらしたように、その鎧を操っているのはファリエルという少女。だから、正確に云うなら首を傾げているのはファリエルだ。
 変だなあ、と、彼女は思っていた。
 なんだかぽかぽかあったかいのだ。今から戦いに行くから気を引き締めてないといけないのに、どうしてか、安心してしまうのだ。
 遠く離れた温かさが、いまごろ、戻ってきたような感じ。
 だから、彼女は思う。
 変だなあ、と。
 あのひとはもういないのに、どうして、あのひとが傍にいるような感じを、私は覚えちゃってるのかなあ。

 ――変だなあ、と。ファリエルの自問はつづく。

 変だなあ。
 だって、兄さんは、もういないのに――――

「ぷ?」

 一歩前を走ってたプニムが、怪訝そうにファルゼンを見上げた。
 なんでもないよ、と笑いかけようとしたファリエルは、そうも出来ない鎧の身体であることを思い出し、兜をぎこちなく左右に振ることで、どうにか意図を示したのである。



 幸いと云おうか、なんと云おうか。
 作戦が見事効を奏し、女王ジルコーダはたちの特攻によって、半時も立たないうちに打ち倒された。
 周囲のジルコーダたちを引きつけてくれた居残り組の健闘もあったし、防御そっちのけで突撃かました特攻組の勢いもあった。
 ただ、ちょっと気になったのは。

 ――また、アティとレックスが、碧の賢帝を抜いちゃったことだ。

 今も、ふたりの姿は白い。
 静けさを取り戻した廃坑の最奥に佇むレックスとアティを、一行は黙って見守っている。
 ふたりの前に横たわる、死に体の女王ジルコーダ共々。
「じゃあ、レックス。行きますよ」
「ああ。わかった」
 キン、と金属の触れ合う音。一本であったはずなのに、今はふたつに分かたれた魔剣が交差する。
 まったく同じ色、同じ輝き。大元のひとつから分離したのだから、当然か。
 アティが抜剣したのは、ジルコーダたちとの戦いのときだ。今度は、誰かが瀕死の重傷を負ったから、ってわけじゃない。彼女がかばう生徒たちへ、蟲が迫ったせいだった。
 召喚術では間に合わないと知った彼女は、即座に抜剣。迫っていた数匹のジルコーダはそれで叩き斬られ、そのおかげで怪我人は皆無。
 剣を新しく用立ててもらったとはいえ、彼女の腕力であれを一撃で屠ることは難しかったろう。その判断は間違っていないのだが、変貌するのは今日で二回目。負担はかかっていないんだろうか。
 だが、そのおかげで、
「……まさか、そんな力も剣にあるなんて、ね」
 交差した魔剣から零れる光に目を細め、アルディラがぽつりとつぶやいた。
「そうですね……」
「ぷう……」
 足元のプニムも、なんだか神妙に応じた。
 そう。
 なんでも、あの魔剣ならば、ここの彼らをメイトルパに送還することが出来るらしい。――剣が、アティにそう語ったんだそうだ。
 ただ、元々一本の剣がふたりに分かたれた状態では、アティだけの力でそれをなすことは出来ない。そこで、レックスも抜剣を承知したというわけ。
「…………」
 キュウマが、無言でその光景を凝視してる。
 彼は、何のために剣と遺跡を求めてるんだろうか。今、みんながいるこの場所で尋ねることは憚られるけれど、折を見て訊いてみなければ――何かを知ってるらしい、ヤッファにも。
 いや、同じ護人のアルディラさんはどうだろう。いっそファリエルさんとか。逢うとしたら夜だろうから、人目も気にしなくていいし。
 ちらりと見やった白い鎧は、相変わらず無言。碧の光を反射して、不思議な色彩に染まってた。
 その光に包まれて消えてゆく、女王ジルコーダとジルコーダたちを見届けながら、は、剣に関する思考をそこで放棄し。そして、気がついた。

 今は、あの、右腕の疼く奇妙な感覚が全然なかったということに。


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