彼女たちは、まったく同じ表情に思えた。少なくとも、キュウマとヤッファには、そう見えた。
レックスが腹部を食いちぎられたのを見た瞬間、赤い髪の女性と少女は、殆ど同じタイミングでその表情をつくっていた。
見開いた目が、据わる。
呼びかけるために開かれていた口は、一文字に引き結ばれる。
そうして。
ふたりは、まったく同じに無となった。
何かの動作をするためには、身体の筋肉へそれと伝え、その備えをする必要がある。だが、そのときの彼女たちは、それをしなか
った。
いや、していたのかもしれないが、それを誰かに見てとらせるだけの間髪さえ入れていなかったと云うべきか――
すとん、と下ろされたの腕。
すとん、と落ちたアティの腕。
直立不動のその一瞬でさえ、見れたことが奇跡だと思わせるほどに。
だって。
次の瞬間、ふたりはその場所にいなかったのだから。
翻るは赤い髪。
白い髪留めにまとめられたそれは、触れる蟲すべて叩き斬る剣を彩り、翠の双眸をふちどってたなびく。
翻るは白い髪。
普段の柔和な印象を砕く鋭い碧をやはり彩り、右腕に生まれた剣を合間に見せるそれは、まるでベールのよう。
白い剣の一閃。一匹が斬られる。
碧の剣の一閃。一匹が砕かれる。
ぎしゃあぁぁ、とジルコーダが哭く。
ぎちぃぃっ、とジルコーダが絶命する。
どむっ、とジルコーダが落ちる。
響くのは、ただ、異形の蟲の断末魔。
それをなすふたりは、一言も発さない。
今までの受け身はかなぐりすてて、逃げることあたわずとばかりに包囲網の奥へ潜り込んでジルコーダたちを狩っていく。
「――――」
アティが、口のなかで何かつぶやいた。
とたん、彼女の足元から光が迸る。先刻ヤッファが使うように云った、“そこらに転がってる未誓約のサモナイト石”。ろくに術
を使う素振りも見せずに、手にとりもせずに、彼女は術を発動させたのだ。
喚びだされたのは、シルターン縁の召喚獣。赤い光に包まれて出現したキツネ面の少女が、手にした札をジルコーダの群れに投げ
込んだ。とたん生まれる炎。これで十匹近くがまとめて倒された。
だがそれだけでは終わらない。
続いて、少し離れた地面から、今度は機界の召喚術が発動した。直線的なフォルムを持つ召喚獣は、回転する錐のようなものでジ
ルコーダを数匹まとめて貫き地面に串刺しにする。
そしてまた、違う場所で別の光。
「…………」
なんという、桁外れ。
なんという、規格外。
自らの身を守りつつ、ヤッファとキュウマは、普段穏やかに微笑む彼女に畏怖を覚えることを、否定出来ないでいた。
もうひとりの少女は、彼女に比べればまだかわいいものだ。
表情こそ同じ――蒼白く冷めきった怒りに彩られてはいるものの、アティのように無差別無尽蔵の召喚術を使う様子もなく、ただ
剣を揮っているだけ。そう、ただ、白い剣に焔にも似た光をまといつかせて――――
「……おいおいマジか……」
なんだよ、ありゃあ。
思わず額を叩くヤッファを、キュウマは“戦闘中に無用心でしょう”と責めることが出来なかった。彼もまた、自らの正気を疑っ
たことに違いはないのだから。
だが、それは初めて目にする不思議への驚きではない。
彼らが驚く理由は、もっと別のこと。
あの少女の剣は彼らの知る魔剣ではないはずなのに、何故、彼らの知る魔剣と同じような現象を引き起こしているのだろうという
ことだった。
最初に比べれば相当数激減したジルコーダたちは、もはやヤッファたちには見向きもしない。誘蛾灯に誘われる羽虫のように、碧
と白の光に向かってただ突進していく。
――程なくして、最後の一匹が碧の刃に貫かれた。
「…………っ」
毛ほどの揺らぎも見せずにいたアティが、それで、ぐらりと上体を傾がせる。同時に、彼女に再び赤の色彩が戻ってきた。
右腕の剣は音もなくほどけ、どこへともなく――彼女の裡にだろうが――消えていく。
要した時間はほんの数秒。
「レックス!!」
丸っこい蒼い眼をまたたかせて、彼女は、倒れたままの弟を振り返り。ほんの一瞬だけ、その場に固まった。
……共鳴、していたのだろうか。
アティが振り返ったのと同時、レックスもまた、白い変貌を終えて普段の赤を帯びた姿に戻るところだったのだ。
しかも。何のおまけなのか、腹部の傷が欠片もない。
千切られた服は元通り。あまつさえ、弾丸のように飛んでいったアティがおそるおそる触っているのを見るかぎり、肉も再生して
いるようである。レックスの表情は戸惑い混じりの笑み。痛みもないらしい。
「……」
「……」
「……なんですか、ありゃ」
ぽつり、と。こちらもすっかりいつもの様子に戻った少女のつぶやく声は、彼ら姉弟以外の全員の心情を代弁したものだった。
――ただし、うち二名ほど。
ひとのこと云えるのか、そっちは。
とかなんとか、思ったとか思わなかったとか。