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【喰い破るもの】

- 共鳴 -



 実際、遺跡へ辿り着くまでに要した時間は十分もなかった。
 すでにその前に佇み、会話しているキュウマたちに気づかれぬよう、声の聞こえるぎりぎりの木陰にとプニムは身をひそめる。
 今さら、のんきに『こんにちは! 偶然ですねッ!』なんて出て行けるか。
 ともあれ身を落ち着けた一人と一匹は、さっそく、遺跡の真ん前で行われてる会話に耳を澄ました。
「……喚起の門?」
 怪訝な響きのレックスの声。
 感度良好、盗み聞きオーライ。ルヴァイド様、あたし開き直りました。
 ふ、と口元を歪めたの耳に、キュウマの解説が届く。
「ええ。この島にいる召喚獣は、皆、この門を使って召喚されたのです」
「え?」
 召喚術は人が行うもの。
 そんな前提をブチ壊す説明に、レックスたち、そしても目をまたたかせた。
 目の前にあるいかめしい建物の上にそびえる、まん丸いドーナツ型にサモナイト石大量に埋め込んだっぽい見た目ごつファンシーな物体が、そんな大仕事を?
 ……って、あれ。まん丸の周囲にまん丸がいっぱい……って、どっかで……
 が、キュウマはそんなレックスたちの反応も、の思考も知ったこっちゃないらしく、淡々と解説を続けていく。
「本来、召喚術は誓約の儀式を経て一体ずつ喚び寄せるもの。ですが、この島で行われていた実験のためには、それだと手間がかかりすぎたのです」
 そこで、召喚師たちはこの門を造りあげました――簡単にキュウマは云うが、かなり大掛かりな作業だったはずだ。そんなことを可能にするくらいの組織めいた一団が、この島にはいたということか。
「彼らの持つ召喚術の知識を統合し、自動的に召喚と誓約を実行する装置が造られました。それがこの門――あらゆる世界から様々な召喚獣を喚び出すことが可能な“喚起の門”です」
「……すごい……」
 つぶやかれるアティの声。も同感。
 だって、それはもはや誓約者レベル。しかも魔力と体力の心配をしなくていい、それこそ無尽蔵な召喚の門。
「でも」レックスが云った。「こんなにたくさんの召喚獣を集めて、彼らは何をしようとしてたんだ……?」
「――楽園です」
「楽園?」
 キュウマは語る。
 この装置を造った者は召喚師で、彼の主であるリクトの親友。そして、その人物はこの島に理想の世界をつくろうとしていたと。
 あらゆる世界の生き物たちが平和に共存していく、遥か遠い昔、この世界の上で実際に描かれていた光景を、彼はこの島に望んでいたのだと。
 けれど。
 それは――その理想は。所詮、その人物が描いていた夢でしかなかったのだ。
 喚び出された召喚獣は、他の召喚師たちがより強い力を求めるための実験動物とみなされたという。おまけにその挙句、召喚師たちは互いに争って自滅したのだと。
「……喚起の門も、中枢部を破壊され制御を受け付けなくなってしまいました。偶発的に作動し得体の知れぬ存在を喚びだすという、危険なものになってしまったのです」
 そんな未知の外敵から島を守るため――彼ら、護人は生まれたのだと。告げて、キュウマが息をつく。
 長い話に疲れたか、その重さに疲れたか。
 明かされた真実に茫洋としていたレックスたちは、彼の、その仕草で我を取り戻す。
「じゃあ、ここを立入禁止にしたのは、それが理由なんだ……」
「そういうことです」
 ひとつ頷き、キュウマは「ですが」と。否定の意を持つ単語を紡ぐ。
「その不安も、じき、なくなります。貴方がたの力を貸していただければ」
 ……なんでやねん。
 、ズビシ、と思わず空中裏拳。
 一体何がどう転がって、島の外からやってきたレックスたちが、この島に古くからある遺跡の不安を撤去するというのだ。あれか。剣の力とやらで、それこそ力任せに叩き壊すか。――一瞬、力押しで禁忌の森にあった遺跡をブチ壊してくれた誓約者が脳裏に浮かんだ。あのときは妙な仕掛けのおかげで無駄に終わったが、それがなければきっと粉みじんになってたと思う。
 遠い明日に思いを馳せるの耳に、
「俺たちの……?」
 訝しげなレックスの声。
「ええ」
 と頷くキュウマの声。
 それぞれが届いて、の意識を思考から現実に引き戻す。
「貴方がたの持っている剣――その魔力を用いれば、遺跡の機能を正常に戻せると、自分は思っています」
 ……だから、なんでやねん。
「何故、ですか?」
「何の根拠もなしに、このようなことは云いません。……見てください」
 疑問符トッピングたっぷりなアティのことばに、キュウマが身体を半歩ずらした。レックスたちと遺跡の間に、それで遮るものが何もなくなる。

 ――その瞬間。
 鈍い地響きを立てて、地面が――否。遺跡が揺れた。

 それは、ごく僅かな鳴動だった。
 だが、それだけで充分だった。
 遺跡が機能を失ってなどいないこと、文字通り何らかの反応をレックスたちとの間に引き起こしたことを証明するのには、それだけで事足りた。

 ……それが何故、に判るかというと、話は簡単。
 視線の先、何か違和感を感じたかのように自らの腕を抑えるふたりよりなお強く知らしめる――じくり、と、うずく右の腕。自分があの焔を喚ぶとき、いつも出口にしてる部分。
「ぷぅ……」
 心配そうに見上げるプニムに、だいじょうぶだ、と笑ってみせる。
 うん、だいじょうぶ。
 あたしはだいじょうぶ。
 ――今はそれより。
「……」
 つと視線を戻した先では、レックスたちが、呆然と門を見上げてた。

 彼らもまた、判ったのだろう。
 自らの裡と共鳴して震えたのは、まごうことなく目の前の建造物だと。
「――魔力の共鳴現象です」
 キュウマに云われるまでもない、レックスたちは判ってる。
 裡にある何かが――いや、ぼかしたって始まらない。彼らの内側にある異物なんて、ひとつっきりしかないんだから。
「つまり、貴方がたの剣には、この遺跡に訴えかける力があるということです」
 いや。いいから。
 ちょっと黙ってくださいキュウマさん。
 じくりじくりと疼く右腕を抱えるにとって、何故だか、彼の声はひどく苛々とさせられるものだった。
 けれども、キュウマに念を飛ばしたところで効果なんてない。止めるためには出てかなきゃならないが、覗き見してる後ろめたさが行動をためらわせた。
「……剣を抜いてみてください」
 淡々としていた彼の声に、わずか、熱がこもった。
「碧の賢帝を――シャルトスを。そうすれば、もっとはっきりと判るはずです」
 本当にそうなのか。
 いや、その前に、“何が”判るのか。
 剣が門に反応してることが、よりはっきり判るとか云うんなら――その反応を身体の内側で起こすことになる、レックスたちはどうなるのだ。

 “別の人が自分の中にいるようなこと、ずっと感じてて、先生たちは、混乱したりしないのかしら”

 ――アリーゼ。口数少ない彼女のことばは、かなりの部分で真実を突いてやしないか。
 止めに。
 右足に力を入れた。
 止めに行かなきゃ。
 左足を蹴り上げ――――
「……出来ない!」
「レックス殿!?」
 滲み出した脂汗を、やけに緩慢な動作でぬぐって。それでも、レックスははっきりと云いきった。拒絶した。
 それで、も我に返った。踏み出しかけていた足を止めて、だけど力は抜かない。キュウマが無理矢理抜かせようとかしたら、力ずくでも止めに行く。それには不意打ちが効果的だ、今姿を見せるのは間が悪い。
 体力の差なのだろうか、苦しそうに身体をくの字に折ろうとしてたアティを支えてやって、レックスは、キュウマに向かい合って、
「この剣の正体だってはっきりしてないのに、そのうえ、遺跡を復活させるなんて危険すぎる」
 ゆっくりと、かぶりを振った。
「……そんなことは、俺には、出来ない」
「レックス殿……」
 どうしても駄目なのですか、と、キュウマが口の動きだけでつぶやいた。
「そうじゃない」もう一度、レックスの頭が左右に振られる。「ただ、俺たちは剣について何も知らない状態なんだ。そんな得体の知れないもので、この島の運命を決めてしまうような遺跡を軽々と復活させるなんて、今は出来ないよ」
 彼らしい……実に彼らしい返答だった。
 つまるとこ、剣の正体がはっきりして、そうしてある程度の見通しが立ったら、なんて明言してるようなものだ。
 これならキュウマも妥協してくれるだろうか、聞いていたも一抹の期待を抱いたのだが、相変わらず彼の表情は重く険しい。
 再度要請しようというのか、再び唇が持ち上げられる。
 が、

「――――ッ!?」

 キュウマが言をつむぐより先、レックスが頭を押さえて崩れ落ちた。彼に支えられていたアティも、当然のように地面に伏してしまう。
「う……っ、あ……ッ!?」
 そうして響く、レックスたちの呻き。同時に、彼らの姿が大きくぶれる。揺らぐ輪郭、髪の変色。赤を押しのけるようにして現れる白。輝きだす右腕。
「――――え」
 それに触発されたように、何の前触れもなく、耳鳴りがを襲った。

 きぃん、りぃん。

 ぎぃぃぃぃぃぃいぃぃぃ―――――……ん、るおおおぉぉぉおぉぉ……ぉ、りぃぃぃぃぃぃ――――――……

 鳴り響く、不協和音。鼓膜を震わせ、脳をかき乱す。
「……!?」
 耳を押さえて身を丸めても、やわらぐ由なんてない。
 感覚としては、いつだったか禁忌の森で感じた耳鳴りの特大版。
 うん、あれはすごかった。
 気を紛らすため、そんな、他愛のないように考える。
「……それでいいのです」
 キュウマの声が指の間からもぐりこむけど、苛々してるような余裕もない。
 どうにか気を逸らさないと、意識を失いかねない。
 そうそう――だから、あのときもすごかった。
 煩かったし凄かったし、あんなんまた体験するなんて思わなかった。てゆーかあのときも思ったけどさ、あのときはアメルだったけどさ、なんでレックスたちの共鳴現象があたしにまで伝播してるんだっていう重要な問題があると思うんだけど――
「ぷぅ……!」
 あー、プニムごめん、お目々うるうるしててすっげえかわいいんですけど、ちょっと今はきついんだ。

 ……ちがう

「ん?」

 耳鳴りとは別に。
 すんなりと、入り込んできた声。

 ……ちがうんだ

「誰?」

 いつの間にか耳鳴りは消えてた。
 だけど、声の主を探すことは出来なかった。
 探そうとして、きょろきょろと見渡した視界の端、崩れ落ちてるレックスたちの姿が映ってしまったから。
「……ッ!」
 危機感は肥大する。
 それに突き動かされるように、は、潜んでいた茂みから飛び出した。

 何かが訴えていた。
 違う、と。
 何かがずっと叫んでいた。
 違うから、と。

 ――誰かが。

 ……ちがうんだ、キュウマ……!

 ずっとずっと、叫んでた――

「キュウマさん――――!!」


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