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【喰い破るもの】

- プニムの駆けた先 -



 ……数秒後。
 猛烈な勢いで船から駆け出したは、足を一歩地面につけるなりプニムを投擲。
 ぽーん、と茂みに放り込まれたプニムは、やっとこ用事を足してすっきりしたらしい。
「ぷ♪」
 晴れやかな表情で茂みから出てきたプニムを見て、は「はあ」と息をつく。まったく人騒がせな。
 ……まさか、朝からそわそわしてたのってこれ?
 思って、すぐに否定する。
 外に出る機会はそれこそいくらでもあったのだ、我慢する必要がどこにある。
「――そうだ」
 自分の考えに、は瞠目した。
 今だって、大騒ぎして出てくる必要がどこにあったというのだ。
「……プニム!?」
 本当に今朝からおかしい、どうしたというのだ――そういった主旨のことを問おうとして、は、砂を散らして立ち上がる。
「プニム!!」
 疑問符は消えた。制止の意をこめた叫びを、だが、森のなかに走っていく青い背中は聞いていない。いや、聞いていて無視してるのだ。
 ぽーんぽーん、とリズミカルに跳ねて、プニムは森の奥へと進んでいく。
「ちょっと……待ちなさいってば!!」
 慌てても駆け出した。
 危険だから、と云い含めてたはずなのに、本当にどうしたっていうんだろう。
 早く捕まえて、連れ戻さなくちゃ。
 それだけを考えて走るは、気づくことが出来なかった。
 普通にプニムが用を足しに出るなら、は台所に残って見送っただろうこと。緑の合間合間に見える、跳ねてゆく青い背中は、普通に地面を走れば背丈の関係もあって見てとりにくく、は追跡を諦めたろうということ。
 つまり。
 プニムは、を連れ出したかったのである。


 ……がそのことに気づいたのは、“それ”が木々の向こうに見え出したときだった。



「あ……!?」
 追いつこうにも追いつけない距離を保つプニムに、これは自分をどこかにつれていこうとしてるんじゃないかと。
 そう思ったときには、もう、“それ”が木々の向こうに見えていた。
 荒くなりだしていた息が、一瞬止まる。
 思いもよらなかった場所に案内された驚きが、足までも止めさせた。

 その少し先では、プニムが同じく弾むのを止めている。
 自分の停止に気づいていない赤い髪の少女を、じっと見つめて佇んでいる。どうせ、走り寄ってきたらまた距離を開けるつもりではあるが。
 視線の先で、彼女は呆然とつぶやいていた。

「……アルディラさんの云ってた遺跡じゃない、ここ……」

 茂った木々の向こう。
 枝葉の先に垣間見える、建造物。
 それは、たしかに。
 いつかアルディラが忌わしげに告げ、昨夜ヤードが災害の原因ではないかと推測した、あの遺跡だったのである。

 だが、放心は長く続かない。
「――?」
 草を踏みしだく足音、そして近づいてくる数人の気配と話し声を、は知覚した。
 疑問が生まれる。
 護人でさえ近づかないというこの場所にやってくるなんて、いったい誰なんだろうと。考えられるのは、そういった事情を知らないと思われる帝国軍だが、それにしては少ない気がする。偵察に出す隊だって、もうちょっと人数を要するだろう。
 では誰が?
 不思議に思うの服の裾を、プニムが引っ張った。今日来ている丈の長いオーバーオールは、例によってショートパンツ足出しの恥ずかしさを紛らせるとともに、プニムにとっては引き寄せるによい位置だったのだ。
「……」
「ぷ」
 ジト目で見下ろすの視線を受けて、プニムはぱたぱた首を振った。心なし慌てたように、左右に。
 この来訪は、たぶん、プニムの予想外だったのだろう。
 問い詰めたい気持ちはあるが、そんなことしてる間にやってくるのが帝国軍なら、顔を合わせるのはまずい。プニムを抱き上げたは、がさごそと葉っぱを揺らして、茂みのなかに身をひそめた。
 ……待つことしばし。
 近づいてくる気配の主の姿が、ようやく枝葉の向こうに見え出して。
「あ?」
 実に間抜けな声をあげ、は自分の目がとうとう老化し始めたのだろうかと、切実に悩んでしまった。
 なんとなれば、森の向こうから真っ直ぐに遺跡を目指してやってきているのは、レックスとアティ。そして、ふたりを率いるように先頭を来る、キュウマだったからなのである。

 ……おい、護人さん。立入禁止だろ、ここ?


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