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【喰い破るもの】

- 魔剣てなんだろ? -



 なんとなく。
 朝から、プニムの様子が変だ。
「ねー、。どしたの。ケンカでもしたの?」
「……いや……してないけど……」
 なんだかそわそわしてるし、小さな物音にもびくついてるし。
 定位置のはずのの頭の上にだって、朝から一度も乗ってない。……割と軽いとはいえ、最近肩凝りが怖くなってきたところだったから、それはそれで助かるんだけど。
 ソノラの問いに曖昧に返しながら、は、剣の手入れのために借りていた砥石を彼女に返した。
「ん」
 軽く応じて受け取って、ソノラも自分の投具を研ぎ始める。投擲武器は使い捨てっていう印象があるかもしれないが、回収できるものは回収して再利用。これぞ正しい節約の道。
 船の周辺からなるべく離れないようにする、と決めたので、なんとなく暇な心持ちになっちゃった一行。
 金属武器の使い手たちは、それなら武器の手入れでもやるかーと、やっぱりなんとなし集まっていた。
 ちなみに、レックスとアティは、予定どおり風雷の郷に赴いている。
 ちらりと窓の外を見て、いまごろミスミ様と話してるんだろうなーと考えてみた。
 たちがいるのは、船の調理室。
 潮風の当たる砂浜での武器の研ぎなおしは、ちょっとためらわれた。ので、ちょっと頑張って湖から水を多めに汲んできて運び入れ、ここで作業と相成った次第。
「……ってかさあ。の剣て、研ぐ意味あるのか?」
「そうですよ。刃こぼれひとつしてないじゃないですか」
 帝国軍との戦い以来、真剣を持たせてもらえるようになったナップとウィルが、作業を終えたばかりのの剣を見、しみじみと云った。
 勿論、ぼんやりと白く輝いている、材質不明の謎の剣のことだ。
「だよね。そもそもその刃って、砥石で研げるの?」
「……と、思うけど」
 布でふき上げた剣を、窓からの陽光にさらしてみる。
 剣は、いつもと同じに、ぼんやりと淡い光を発して輝いていた。
「謎って点じゃ、センセたちのとどっこいかしらね」
 ベルフラウに鏃の手入れを教えていたスカーレルが、くるっと振り返ってそう云った。
 さすがに反論できず、は再び曖昧に笑う。
 だって、しょうがないじゃないか。そもそも、入手手段からして謎なのだ。サイジェントに時間旅行したとき、病気のおじいさん(サモナイトな剣をハヤトたちにくれた)ことウィゼルさんが、“に返しておいてくれ”って云ってたもの。それがこの剣。
 ところが、としてはウィゼルに剣どころか他の何かを預けた覚えさえないのだ。別のさんと勘違いしてたんじゃなかろか、最初のときもあらぬこと云って、ちょっとボケ始めてたみたいだし。
 ……と、実に失礼なことを考えていると、
「いや、やっぱ先生たちの剣が一番謎だろ。変身すんだし」
 会話の流れを、ナップがそこに引き戻した。
 自分の剣より他人の剣、もとい他人の噂話。も、いそいそとそれに便乗する。
「すごいよねー、あれ。かなり見た目とか印象とか変わっちゃうし」
「物語の、勇者様みたいです」
「……アリーゼ、好きだものね」
 夢見るまなざしでつぶやく妹を、ベルフラウが苦笑して見やった。
「そもそも、あれこそ“何”なんでしょうね」
「“何”って?」
「普段は先生たちの“内”にいて、いざ喚べば出てきて剣になる。しかも姿まで変える。さんの剣だって不思議ですけど、先生たちのはすでに剣って範疇におさまってないじゃないですか」
「バーカ。だから“魔剣”なんだろ?」
「魔剣ならなんでもありだって云いたいわけ? ナップ」
「魔剣ってそういうもんだろ?」
「……理屈になってないよ、それ」
「理屈つけるのが間違いなんだよ、そういうの」
「…………」
 久々に、ウィルをやりこめられそうなのが嬉しいんだろうか。ナップ、いつになく勝ち誇った表情である。
「でも……」
 アリーゼが、そこにつぶやきを挟んだ。
「そういうものと一緒にいて、先生たち、だいじょうぶなのかな?」
「だいじょうぶか、って?」
「剣は、最初、先生たちに呼びかけたんでしょ? それって、意志があるってことでしょ? ……別の人が自分の中にいるようなこと、ずっと感じてて、先生たちは、混乱したりしないのかしら」
「……」
 的確だった。
 当然ありえる不安を指摘したアリーゼのことばに、全員が押し黙る。
 ひとつの肉体にひとつの魂。生き物は、そういうふうに出来ている。
 その決まりを、今のレックスたちは冒している状態だ。

 ――声が聞こえたのだと。
 あの夜。この島で眠った最初の夜、レックスとアティは云った。
 ふたりは、それを子供たちに話したんだっけ?
 それを、カイルたちは知ってるんだったっけ?
 ……この島の人に、そのことを、話してたっけ……?

 ――声が聞こえたのだと。
 剣は常に裡にあり、喚べば応えて顕れるのだと。

 も少し、その感覚には覚えがある。
 ただ、彼女はずっと眠りつづけていたし、会話を交わしたのは自分の表が気絶してたときだったし、大した負担は覚えなかった。
 ふたり一緒に在ったのは、それこそたかだか数秒だったろう。
 それでも、混乱したのだ。
 彼女の抱える記憶が零れたのか、理由はよく判らないけど、彼女と自分をイコールで結びつけていた時期が、たしかにあった。
 眠っていてもなお、それほどの影響があったのだ。
 ……喚べば応える、声の主。つまり、覚醒した状態の意志。
 そんなものを、ずっと内側に置いておくということは、もしかして――

「ぷー!!」

 暗雲にも似た不安が、頭をもたげようとしたときだ。
 それまで、挙動不審ながらも大人しくしていたプニムが、突然声を張り上げた。
 当然、一同はばね仕掛けの人形のように声の主を振り返る。
「な、なに!?」
「ぷーっ、ぷぷー!」
 落ち着いてジェスチャーくらいしてくれればいいものを、プニムは窓辺によってじたばたしてるばかり。
 意をつかみかねて硬直したの横、てこてこと、テコがプニムに近寄った。
「ミャミャー?」
「ぷっ、ぷぅ!」
「ミャ」
 今ので意思疎通出来たんだろか。
 固唾を飲んで見守る一行を、くるりとテコは振り返る。
 心得たもので、ウィルがテコにペンを渡した。主の影響なのか、性分なのか。わりと勉強熱心なテコ、今ではリィンバウムの簡単な単語なら読み書きできるのである。……もっとも、あまりに前衛的タッチに溢れているため、ウィルでなければ読み取れないが。その点、プニムのジェスチャーとどっこいか。
 ともあれ、テコによって書き出された文字を解読にかかるウィル。
 じっ、と見つめる他一同、待つことしばし。
「……」
 心なし肩を落とし、ウィルは、視線を字から離した。
 ちらり、と眼だけでを振り返り、

「……トイレ、だそうです」

 おいおいおい。
 一同、がくりと崩れ落ちる。
 が、そんな暇のない奴が約一名。

「ぷー!!」

 語尾に重ねて、プニムがまたも叫んだのだ。
 ぎゅーっ、と身体を縮めて身体を震わせて……ここまでくれば嫌でも判る。もう我慢できない、って仕草――――!
! さっさとトイレか外に連れて行きなさいー!」
 船で粗相なんかさせたら、島から出るまで掃除当番よ!!
「わわわわわかってますー! プニムもうちょっと我慢して――――!!」
 殺気さえ発して指示を下したスカーレルのことばに、大慌てでプニムを抱きかかえてダッシュするであった。


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