夢を見た。
泣いてる小さな子供の夢だ。
誰だろうと凝視したものの、知ってる誰の顔でもない。
それでも、知り合いじゃないからって放ってもおけなくて。
声をかけようとしたら、ぱっと走って逃げられた。
所在無く佇む後ろから、囁くような声がした。
――君がいたら
――君みたいな人が傍にいたら、僕も強くなれたかな
――だけど、もう遅い
――僕はもう、救いなんか望まない
僕の願いは、僕の絶望の果てにある――
「ってちょっと待て! 望み絶っといて願うって何!!」
ピピ、ピピピピピ……
爽やかな鳥の鳴き声と、あたたかな朝陽の射す宿の一部屋で。
空中に裏拳繰り出しながら起きる宿泊客というのは、後にも先にも
だけではないだろうか。
夢でまでツッコミか、あたし。
天井に伸ばした手を空しくひらひらさせながら、
は、顔を真っ赤にして身体を起こす。
支えについた手が、ベッドのスプリングを伝えてくる。
ギシ、とベッドをきしませて、は床に足をつけた。
「……って、ベッド?」
一瞬身体を強張らせ、あわてて周囲を見渡す。
と、昨夜たしかに自分が包まったはずの毛布が床に落ちていた。ご丁寧にたたんである。
ということはだ。
「イスラさんー!?」
ダッ、と。
備え付けの洗面所に向かって、駆け出そうとした視界の端に。
何かの書かれたメモが一枚、朝陽にその白黒対比を浮かび上がらせていた。
急ブレーキをかけて、メモに走りよる。
手にとるのも惜しいとばかりに、ざっと目を走らせた。
『へ』
メモは、簡単な手紙だった。
――へ
待ち合わせが早朝なので、もう行きます。
チェックアウトは10時だから、ゆっくりどうぞ。
寝坊したら判らないけど、ね。
それでは、これで。
君はよい旅を。
イスラ・レヴィノス――
ぱら、と。
落ちてきた髪を適当に払って、
「……レヴィノス?」
は、そうつぶやいた。
名前のあとにある、ということは、家名だ。
ということは、イスラは家名を持つような身分の出身だということだ。
召喚師には見えなかったから、貴族だろうか。
そういうふうにも見えなかったが……
「あ、もしかして軍人のほうかな?」
イオスから以前聞いたことがある。
帝国は軍に重きをおき、なかでも功績をあげた軍人の家は貴族と同様、もしかそれ以上の国家的待遇が与えられると。
「…………ちょっとまて軍人」
いいのか、聖王国からの不審人物()捕まえなくって。
半眼になってつぶやいたものの、実際、彼が軍人だとして、そんな意志はなかっただろうと思い直した。
だって。
楽しかったし。
一緒にいてくれたし。
うん。 楽しかったね。